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上手くいかない

 次の授業になると、夏葵は教室に顔を見せなかったがその後は教室に戻ってきて普通に授業を受けていた。

 もちろんこちらには視線を寄越さない。

 まるで、たまたま同じ空間にいるだけの人って感じだ。

 避けられているのは相変わらずなわけだが、こうやって教室に帰ってきてくれた。

 それだけで不思議と嬉しい。


 放課後。

 とりあえず、今日はもう一度声をかけておこうと思う。

 執拗いと更に嫌われるだろうが、何度も話しかけることで相手が折れて話をしてくれるパターンも有り得る。

 話しかけるという行為はメリットもあると同時にデメリットも存在する行為なのだ。

 メリットを捨てることなく、デメリットの発生確率を抑える方法は試行回数のみ。

 だから、間隔をあけてもう一度声をかける。

 これ以上声をかければ間違いなくウザがられるし、ここで声をかけなければ夏葵が「話してやるか」と折れることも無い。


 「夏葵、もう帰るのか?」

 「はぁ、またアンタ? もう帰るから」

 「そっか。俺も一緒に帰って良い?」

 「さっきの話もう覚えてないの? 鶏なわけ? 私はアンタの顔を見たくないの。だから近寄らないで」

 「そこをさ」

 「鬱陶しいから!」


 夏葵は俺を巻くようにして教室から出て行った。


 「あちゃー、本格的に不味いパターンだねぇ」


 バトミントンのラケットケースを肩にかける宮本は俺の手を肩に置いて溜息を吐く。


 「な、嫌われてるだろ?」

 「うーん、そうだね。こんなことになってるとは思わなかったし」

 「ぶっちゃけもう手遅れなんじゃないかって思ってる」


 俺は心の中の感情を吐露する。

 あそこまでバチバチに拒否されてしまうと、そんな気持ちになるのも仕方ない。


 「じゃあこっちでも色々頑張ってみるから」

 「何するつもりなんだ?」

 「とりあえず恵那っちとかも含めて、爽ちゃんと話す機会作ってみようかなって」

 「それだったら話してくれるかな。逃げるような気もするけど」

 「アタシ達がいたら流石に逃げないっしょ。なんか、夏葵の優しさに漬け込むようで罪悪感はあるけど」


 まぁ、別にこれくらいであればやって失敗したところで、被る害はかなり少ない。

 精々これでもダメなんだと俺の心がいつものように抉られるくらいだ。

 心が抉られることに関しては何もしても変わらないので、実質受ける被害はゼロだと考えられる。


 「ありだな」

 「っしょ?」

 「じゃあ、頼んでも良いか?」


 俺はパシンっと手を合わせる。


 「アタシに任せて。そろそろ夏葵にも調子戻して欲しいし、アタシは全力でサポートするって決めたから」


 宮本は俺に向かって白い歯を見せ、親指をあげた。

 そしてすぐ教室を出たのだった。



 帰宅する。

 リビングに荷物を置いたのと同時に鳴り響くインターホン。

 玄関を開けると、そこにいたのは結芽と四帆。


 「来たよー」


 結芽は髪の毛を撫でながら、空いている手を控えめに挙げた。


 「いらっしゃい」


 俺はそう口にし、家へ上げる。

 部屋へと三人で向かいいつものようにそれぞれがそれぞれのこもをする。

 この光景を見る度に思うが、ここでやる必要は無いよね。


 そんなことを思いながら時間を過ごす。

 結芽は突然ゲームのコントローラーを床に置き、俺の元へとやってくる。


 「爽くん。今悩んでること当ててあげよっか」


 結芽は俺が読んでいた漫画を取り上げて、近くにあったレシートを漫画に挟み、机の上に置く。


 「今悩んでること?」

 「うん、爽くんが悩んでること。学校でも、今ここでも」

 「俺悩んでるように見えたか?」


 学校では確かに悩んでいた。これは間違いない。認めよう。

 しかし、今はどうか。少なくとも俺は漫画の世界に入り込んでいたつもりだった。

 無意識のうちに考えて、勝手に悲しくなっているのかもしれない。

 というか、もしも悩んでいるように見えるのなら十中八九そうだろう。それか、結芽の感性がぶっ壊れているか。どちらかだ。


「うん」


 優衣は頷く。


 「そうか」


 無意識って怖い。


 「なっちゃんのことでしょ? 悩んでるの」

 「……」

 「なっちゃんとずっと仲悪いもんね。気にしてるんでしょ」


 結芽は俺の肩を触る。

 気付けば四帆も俺の目の前にやってきた。漫画を脇に挟んでいる。


 「私も気になる。でも、どうせ結芽の意見が正解」


 そう口に出すと、四帆は数回頷いていつもの定位置へと帰っていく。

 なんだか癪だが、それが正解なのでモヤモヤしてしまう。


 「……そうだよ、夏葵だよ」


 口を尖らせた。


 「そっか。仲直りしたいの?」

 「そりゃね。出来るならしたいよ。これでも長いこと一緒に居たんだから」

 「うーん。そうだよね。原因は?」


 結芽は口元に手を当てる。


 「分かってたら苦労しない」

 「そうだよね……」


 結芽は腕を組み、首を傾げる。


 「なっちゃんともっとコミュニケーション取ってみるね」

 「おう、助かる」

 「ううん。私がやりたいことだから」


 結芽はそれだけ言うと、俺の元から離れ、またゲームのコントローラーを手に持った。

 宮本達の手も、結芽の手も借りる。

 ここまでして、上手くいかないのならちゃんと諦められる気がする。

 現状これが最善策だからね。


 また漫画の世界にのめり込み、気付けば外は真っ暗になっていた。

 これ以上時間が深くならないうちに俺は結芽達を帰宅させたのだった。

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