表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/26

結芽は「うん! 任せて」と胸を張る

 近所にあるスーパーマーケット。

 地域特有のスーパーマーケットである。他地域で名前を聞いたりはしない。

 一階建ての奥に広いタイプの建物だ。

 自動ドアの前に立つと、自動ドアは開き、店内から冷たい風が吹き付けてくる。

 ブルっと身体を震わせつつ、店内へと足を進める。


 「爽くん、寒いね」


 隣を歩く結芽は手を擦り合わせていた。

 少し歩き、ショッピングカートを見つけ、カゴを乗せて結芽が押し始める。


 夕方を少し過ぎた辺りにスーパーへやってくる男女。

 客観的に見ればカップルだろう。夫婦だと思う人だっているかもしれない。

 実際問題、俺は今、周りにいる男女はカップルなんだろうなと勝手に思い込んでいる。

 俺は別に結芽が彼女だと思われることに抵抗はない。むしろ、嬉しいまである。

 結芽に視線を向けると楽しそうに野菜を眺めていた。

 人差し指を口元に当て、「うーん」と無意識であろう声を出す。

 吟味し、歩き、また眺める。

 まるで主婦だ。


 「そうだ。何作るつもりなんだ?」


 このまま結芽を見ていると色々といけない方向へ思考が働いてしまいそうになったので、話を逸らすように声をかけた。

 結芽はフッとこちらに視線を寄越し、若干口角を上げる。


 「なんだと思う?」


 まさかの質問返し。

 少しだけ悩んだが、スーパーへやってきたという一点しか要素がない状況では分かるわけが無い。


 「わからん」


 サクッと考えるのを諦めた。

 見つけられない答えを悩むほど時間の無駄遣いは存在しない。


 「秘密!」


 結芽は真っ白な歯を見せつけると、カートを押して違う区画へと向かった。

 流れるようにカゴへと食材を入れていく。

 なんだか手馴れた手つき。

 結芽はそこそこ料理をする人間なので、こういう買い出しも慣れているのだろうか。

 幼馴染とはいえ流石にここまでは知らない。


 「あ!」


 結芽はなにか思い出したかのように足を止めた。

 突然止まるもんだから、俺は結芽にぶつかってしまう。

 ヤバいと即座に悟った俺は結芽を思わず抱きしめる。

 性的欲求じゃない。結芽が転ぶんじゃないかという思いによる行動だ。

 といってもほぼ無意識なのだが。


 「何?」

 「爽くんの好きな食べ物だからね」


 そう口にしながらバラの牛肉のパックを手に取った。



 帰宅して、結芽は冷蔵庫を一目散に開けた。

 そんな直ぐ腐ったりはしないだろうとか思っていたら、結芽は冷蔵庫から箱を取り出す。


 「じゃじゃーん! 今日はカレーにしちゃいます!」


 結芽は楽しそうにカレールーの箱を見せつけてくる。

 特に頭を働かせずにここまで結芽と共に歩いてきたが、ビニール袋に入っている食材は牛肉にじゃがいも、たまねぎ、にんじん、そしてビターの板チョコ。

 最後のはともかく、その他の食材はカレーっぽさ全開。

 シチューや肉じゃがなどなんでも作れるような食材たちではあるが、俺の好きな食べ物というヒントがある以上カレーという答えには辿り着けたはず。


「爽くんはそこで座って待ってて! 私が腕を奮ってあげる!」


 結芽はシンクで手を洗いながら、顔だけこちらに向けて話しかけてくる。


 「そうか、楽しみにしてる」

 「うん! 任せて」


 手伝った方が良いのかなという思考が一瞬頭を過ぎるが、少なくとも今日は結芽にやらせるべきな気がする。

 きっと、結芽は表情にこそ出さないが俺と家へ転がり込んできたことに少なからず罪悪感を抱いているはず。

 この料理を作るという行為は結芽なりのお礼に近しい行動なのだろう。

 だから、素直に結芽の行動を受け入れておくべきと考えた。


 しばらくすると良いカレーの匂いが俺の鼻へやってくる。

 食べられるかなと危惧していたタイミングもあったが今は普通に腹が減っている。

 やはり、匂いの力って大きい。


 匂いがし始めてから更に数分。

 コンロを切った音が聞こえた。

 ついに完成したらしい。


 「ご飯盛ろうか?」

 「ううん、もうやったから大丈夫。あとご飯にカレーかけるだけだから」


 流石と言うべきか。

 手際が良い。料理が上手な人の特徴だよなとつくづく思う。

 俺だったら完成してからバタバタとご飯を盛って、カレーをかけて……と忘れてたかのように作業をこなす。でもって、洗い物を溜めまくってるところまでがセットだ。


 「はい、お待たせ」


 しょうもないことを考えていると結芽はカレーが盛られた皿をリビングの机上まで持ってきてくれた。

 牛肉を含め、ゴロゴロとした肉の入ったカレー。


 「あ。福神漬け買ってくるの忘れた。家にないよね」


結芽は立ちながら冷蔵庫を指差す。


「福神漬けなんてあるわけない」

 「だよねー」


 俺の家に福神漬けなんてものがあるわけがない。

 まともに野菜すら置いてない家だぞ。自炊しない人間が福神漬けを常備していたら逆に怖い。


 「ま、良いんじゃない? 福神漬けなくてもカレーはカレーだし」

 「爽くんが良いなら良いかな」


 結芽も妥協した。


 「いただきます」


 俺はササッと手を合わせ、スプーンを持つ。


 口にカレーを含む。

 マイルドなコク。まるで、一日作り置きしたカレーのような美味しさ。


 「どう?」


 結芽はカレーに手をつけず俺のことをジーッと見つめながら微笑む。


 「うめぇよ! ちょーうめぇ!」


 手を止めずに口を動かした。


 「そっか、それは良かった。ちなみに隠し味はビターチョコね」

 「あれ、入れたのか」


 てっきり後で結芽が食べるように買ったのかと思ったが、そうでは無かったらしい。

 料理は奥が深くて分からない。


 「全部じゃないよ? 一欠片ね。全部入れたら胃もたれしちゃうから」

 「そうなんだ」

 「じゃあ私も食べちゃおっかな」


 幸せそうな結芽はそのままカレーを口に入れた。

 なんだかほのぼのとした空気が流れていたせいで結芽が家出して来てたのをすっかり忘れていた。まぁ、気を紛らわせているのならそれはそれで良いのかもね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ