結芽は「爽くん! キッチン借りるよ」と笑顔を見せた。
「連絡返ってきたぞ」
俺は部屋に入り、結芽へと声をかけた。
さっきまでの怯える表情はどこへやら。
我が物顔でソファーに腰かける結芽の姿が声をかけてから見えた。
「あ、どうだった?」
パッと立ち上がった結芽は首を傾げる。
「なんか引き取るどころかお願いされたわ」
「爽くんは信用されてるってことだね」
結芽はポニーテールを揺らし、俺の元へと歩き始める。
「もしも私が誘惑したら爽くんはどうする?」
近付いてきた結芽。呼吸が俺の皮膚へとかかる。
突如心拍数を上げた心臓。
コイツを落ち着かせるために大きく息を吸った。
「誘惑に負けるようならとっくに襲ってるから」
「ママも分かってるんじゃない?」
結芽はそれだけ言うとクルッと体を反転させた。
そして数歩足を動かしたところでピタッと止める。
「爽くん! キッチン借りるよ」
「キッチン?」
「うん。ほら、泊めてもらうわけだからさ、何か料理くらい作らないとね」
「あー……」
本当であれば頭を下げてでもお願いしたいところだ。
だが、二つ返事でお願い出来ない理由がある。
「ん? もしかして私料理出来ないと思ってる? 残念! 私料理得意なんだよ」
いつの間にかに体をこちらへ向けている結芽は腕を組み、鼻を鳴らしながらドヤ顔をする。
いや、別に結芽が料理得意なのは知ってるんだけどさ。
これでも何年も一緒に居るんだ。
むしろ、なんで俺が知らないと思ったのか不思議で仕方ない。
「知ってるけど」
「……じゃあ、何? もしかしてキッチンになにか隠してるの?」
訝しむような視線を送ってくる結芽。
なるほど、俺の煮え切らない反応を見て、勘違いしてると思ったらしい。
でもって、更に変な方向へ思考を走らせてしまったと。
なぜ、キッチンに何か隠さなきゃいけないのか。
何か隠さなきゃいけないのなら、もっと押し入れとかそういう所に隠す。
「ちげぇよ。今冷蔵庫空っぽなんだよ」
結芽は「ふーん」とだけ口にする。
まだ何か疑われているんだなってのが伝わる。
「じゃあ、見るか?」
「いいよ」
結芽はそう口にすると俺よりも先にキッチンへ入る。
一直線に冷蔵庫へ向かい、冷蔵庫の扉を開けた。
光を照らす冷蔵庫。中にはお茶のペットボトルとコンビニで購入した既製品がチマチマと残っているくらい。
野菜や肉、その他諸々の食材はまともに置いていない。
結芽は冷蔵庫の中を見てポカンと口を開ける。
そして直ぐに俺の元へ近寄り、俺の肩をギュッと掴む。
不覚にも体温が気持ち良いと思ってしまった。
「爽くん……もしかして、いつも冷蔵庫こんななの?」
俺はつーっと結芽から視線を逸らす。
図星だからだ。
気が向いた時に料理をするぐらい。なので、基本的には冷蔵庫の中は空っぽだ。
入っていても既製品。
どちらにせよ栄養は偏るし、健康的でもない。
「良し。じゃあ買いに行こっか!」
「今から?」
「うん、どっちにせよ食べるもの無いでしょ」
「いや……うーん」
気乗りしないが結芽が先に出向いてしまったので仕方なく追いかける。
昼兼夜ご飯を食べてきたとは言えず、この気持ちは自分の胸に押さえつけたのだった。