しゃがみながら「喧嘩した」と嘆く
四帆とのデートを終え、帰宅した俺。
家の前で蹲る一人の女の子を目にした。
ついに疲労で幻覚が見えてしまっているのかと目を擦るが消えることは無い。
どうやら現実らしい。
しかも、家の前にある塀でちょうど隠れるところでしゃがんでいるので、普通に歩いているだけじゃ見つけられないような場所に居たため、尚更驚いてしまった。
「おーい。結芽さーん。生きてますかー」
蹲っている少女元い倉本結芽は俺の声を聞くなり、顔を見上げた。
涙目で俺の事を見つめてくる結芽。
頭を動かした反動でポニーテールが揺れている。
「爽くん……」
今にも泣きそうな弱々しく震える声を出す。
思わず頭を撫でたくなったがグッと堪える。
「何してんの? こんなところで座ってたら風邪引くぞ」
「喧嘩した」
「は?」
「ママと喧嘩した」
結芽は小さなため息を吐きつつ、そう投げやりに口にする。
「もしかして喧嘩したから来たの?」
「そう。家出して来た」
捨てられた子犬のような視線。
喧嘩したという事実に対してはそこまで驚かない。
驚きがゼロなのかと問われれば決してそういう訳じゃないのだけれど。
「じゃあ帰って仲直りして来い。どうせ、結芽が悪いんだろ。何で喧嘩したのか知らないけどさ」
「酷くない!?」
しょうがないだろう。
何も知らない状況じゃ、結芽の母親より結芽の方が悪いんだろうなと思ってしまうのは当然だ。
母親のことを知らなければ変わったのかもしれないが、俺は結芽の母親と何回も会話している。幼馴染という関係上、当然といえば当然なのだが。
「私の事匿ってよ」
「匿う? 家におけってこと?」
「そう」
この子は何を言い出すのだろうか。
家出して、他人の家に転がり込みたい。ここまでは理解出来る。
家にだって留まりにくいだろう。
だが! なぜ俺の家へ来てしまうのか。
選択肢は俺以外にもあったはずだ。
近いところでいうなら、四帆や夏葵辺りだろう。
「他のところ行け」
「爽くんじゃないとダメなの!」
心を鬼にして、結芽を睨むと結芽は俺の袖口をギュッと摘む。
そんな顔されてしまうと同情してしまう。
「なんでだよ……」
弱めな口調で問う。
「だって、四帆とかなーちゃんの家は家族家に居るでしょ? 気遣わせちゃうから」
「俺の家は親いないからって?」
「あ、別に深い意味は無いんだよ」
結芽は手をパタパタと交差させる。
別に気を使わせるつもりはなかったのでなんか申し訳なくなってしまう。
両親は家にいないが死別したわけでもない。
それに両親と離れる選択をしたのは俺である。
そこまで気を使う必要は無い……って言ってもこの感覚は本人じゃないと分からないんだろうな。
「家事とかするから! お願い!」
結芽は手をパンっと音を立てて頭を下げる。
交際関係にない思春期の男女が一晩屋根の下で過ごすのはどうなのかという思いはどうしてもあるが、ここまで結芽が懇願してくるのなら良いのだろう。
「結芽のお母さんに連絡するけど良いか?」
最低限これはしておかないといけない。
心配させるのは良くないし、警察に通報とかされても色々面倒だ。
「う、うん」
結芽はあまり乗り気じゃないがそれでも頷いてくれる。
「じゃあ良いぞ。上がって」
結芽を家へ上げて、俺は結芽の母親へ連絡を一本入れる。
<結芽が僕の家に来てます。不都合があるのなら引取りに来てください>
と送信すると結芽の母親から直ぐにメッセージが戻ってくる。
<爽くん、ごめんね。あの馬鹿娘、しばらく頭冷やした方が良いから面倒見てもらえるかな?>
こうして俺は結芽を合法的に保護することになったのだった。
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