日常78 酒癖。アルコールに弱いまひろ
夕食を食べて、しばしのくつろぎタイム。
「して、交流会の話じゃったか?」
そのくつろぎタイムにて、儂は交流会の話をすることに。
本当ならば、夕食時にするつもりじゃったが、まあ飯がなかなかに美味く、ほぼそっちの話題になってしまったため、こうして夕食後に話すこととなった。
「交流会と言うても、そう面白くはないぞ?」
「あたしたちは中を知ることができないからね、そのお話を聞けるだけで面白いと思うよ!」
「……それもそうか。あれは、発症者のみの集まりじゃからのう」
故に、当事者たちにしか理解できぬことを話し、そして共感し、同情できるわけじゃが。
「で、あんた以外の発症者ってどんな感じなの? 性格とか」
「ん~、そうじゃのぅ……変わり者が多かったな」
「変わり者~?」
「うむ、変わり者。そうじゃな……まず、会場の扉を意気揚々と開けたんじゃが、その先の光景を見て、この儂が一瞬で扉を閉めるくらいには変わり者が多かったな」
「うっそでしょ、あんたが動揺するレベルなの?」
儂の感想を聞き、美穂が驚きの表情を浮かべた。
他の者も、大体同じような感じじゃな。
まあ、うむ。儂のことをどう思っておるのかがよくわかる。
「うむ。驚いた原因は……なんというか、能力の展覧会になっとったからなんじゃが」
「……一体何が?」
「まず最初に儂の目に飛び込んできたのは……室内花火じゃった」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味じゃ。そうじゃな……場所は、瑞姫の家が経営するホテルのパーティー会場だったんじゃが、これが広くてのう。僅か百四十人ほどのパーティーだというのに、明らかにその数倍以上の人数が入れる場所だったんじゃ。で、まあ……何故そんな広いのじゃ? と思った次の瞬間には、その理由がわかったわい」
「どういった理由なのでしょうか?」
「…………能力と言うのは、儂のように自分自身に限定するタイプもあれば、周囲に影響を与えるタイプ、もしくは体から何かを出す、某休載マンガ風に言うと、放出系というものがあるわけじゃが」
「それがどうかしたのよ?」
いきなり能力について話す儂に、美穂が首をかしげる。
そりゃ、突然話題と少し違う話をされればそうなるか。
じゃが、ゴリゴリに関係があるわけじゃな、これが。
「儂のようなタイプであれば、大した問題はない。じゃがな……他のタイプ、特に放出系はそうもいかん。広さがなければ、危険なんじゃよ」
「……それで?」
「つまりじゃな…………意気揚々と入ろうとした会場の扉を開けてみれば、炎を口から吐く者や、空を飛んでおった者に、リアルテトリスをする者。果ては室内花火をするような奴がいる会場じゃぞ? 儂、マジで『あ、これやばいわ』とか本気で思ったわ」
「「「「「うわぁ……」」」」」
「ついでに言えば、一部ではストレスからか、一升瓶でラッパ飲みする奴もおるわ、野球拳しとる奴もおるわ、麻薬でもキメてるのか? と思うほどに、ラリッてる奴もおったからのう……」
「「「「「うわぁぁぁ……」」」」」
「な? 儂が展覧会とか言った意味がわかったじゃろ?」
「それはわかりましたけど……最後のは、単純に頭のおかしい方たちなのでは……?」
「その気持ちはわからんでもない。じゃがな……発症者はクッソストレスが溜まるんじゃよ。見た感じ、儂以外もストレスマッハじゃったからなぁ……」
未久斗たちにも、それぞれ嫌な出来事があったみたいじゃからな。
伊夜に関してはわからぬが……それでも、あやつもそれなりの苦労を感じておったんじゃろう。
その内、また遊びに行きたいものじゃ。
「あー、やっぱストレスとか溜まるのね」
「当り前じゃ。自分が今までとは違う生活を余儀なくされれば、必然的に困る部分が出るというもの。その困る部分、というのがストレスに直結しているのじゃ。実際、日常生活、特に学園でのことなんか、儂はまだマシな方じゃったからな」
「そうなの~?」
「うむ。そこで友人になった者たちの愚痴の内容は、概ね同じようなもんじゃったな。儂と同じく、男から女になった者は、今まで知り合い以上友達未満の奴や、友達以上親友未満の奴らに、まあ……ヤらせてくれ、とか言われるらしい」
「「「「「うわぁ……」」」」」
うむ、そのドン引きする気持ちはわかる。
「これが、幼少期からの長い付き合いである幼馴染であればいいんじゃが、そうでもない者とは死んでも嫌だ、という話になってな。まあ、儂も同じ考えじゃったな」
「あ、あはは……たしかに、それは嫌だね……。あたしも、まひろ君意外とそういうことをするのは嫌だし……」
「私も」
「わたしもです」
「……右に同じく」
「私もよ~」
儂、愛されとるなぁ……。
……しかし。
「それ、儂が男のままじゃったらどうするつもりだったんじゃ? おぬしら。もとの姿じゃ、多重婚ができなかったわけじゃが……」
「さぁ? 争奪戦になってたんじゃない? それこそ、血で血を洗うような、凄惨な」
「……もしそうなっとったら、儂は普通に自殺するわ」
「まあ、まひろ君はだらだら生活したいタイプだから、争いごとは嫌いもんね」
「そりゃな。ってか、好きな奴の気が知れん」
むしろ、ハーレム系の主人公とか、あっちにこっちに目が行きすぎじゃろ。
一人をすぐに絞ればよいものを……。
……いやこれ、儂にブーメランじゃな。
だって儂、結局一人と付き合うのではなく、五人と結婚したわけじゃからして。
「……まひろん。女から男になった人はどうなの?」
「あ、うむ。そうじゃな……とりあえず、『女子がめんどくさい』とのことじゃったな」
「どういうこと~?」
「この病の大きな特徴は、『その者の理想的な容姿の異性になる』というものじゃろ? じゃからまあ……イケメンになるわけじゃな。いや、美男子とも言うかもしれぬ。中には、以前の儂のように女顔の者もおったが……まあ、それは置いとくとして。要は、あれじゃ。モテるのが問題らしい」
「それ、問題なの?」
「うむ、問題じゃ。そうじゃな……おぬしら、少女マンガは読むか?」
「あたしは好きだよー」
「それなりに読むかしら」
「わたしは生まれてこの方、百合系しか読んでいません」
「……人並み程度」
「私も少し読むくらいかしら~?」
と、儂の質問に対し、五人がそれぞれの回答をする。
「約一名、明らかにおかしなことを言っておった奴がおるが……まあ、それはいい」
第一、瑞姫のことを気にしとったら、先に進まんしな。
……ってか、百合マンガしか読んでないは強いわー……。
「それらの内容、まあ、儂は最近あまり読んどらんからあれじゃが、ああいった物は基本、主人公の女子が作品のメインの男キャラに気に入られ、ボス的存在の性悪女子にいじめられる、みたいな展開じゃろ?」
「それは言いすぎだとは思うけど、まあわかるわ。昔とかそういう作品よくあったし」
「じゃろ? それでじゃな。男になった者は、そんな陰湿な部分を目にすることが多いらしくてのぅ……。しかも、気づかれていないと思っておるせいで、やけにこう……胸糞らしいのじゃよ」
「あー……それはたしかに、嫌ですね……」
「……いじめられてる人の気持ちはわかる」
「ましろんも、そっち側じゃったからなぁ……」
今は過去を乗り越え(というか、割と最初から乗り越えてた気がする)、普通にこうして、何の問題もなく話せるのようになっておるからな。
ある意味、すごいと思う。
「つまり、男の人になったことで、女の人の黒い部分が嫌というほどわかったから、ストレスが溜まっている、っていう事こと~?」
「そういうことじゃ。少なくとも、儂が友人になった者たちから聞いたのはこんなところかの。……あ、そういえば、同人作家の奴もおったな」
「まひろ君、そんな人と仲良くなれてるの、何気にすごいね……」
「いや、なんか普通に仲良くなったグループの者の一人が、そういう事をしておったんじゃよ。で、そやつ曰く『作家が発症者になるということは、それだけで宣伝になるから、羨ましいよな』と、同業の者から言われるらしい。発症者は発症者で苦労しておるのにのう……」
「うっわ、腹立つ」
「じゃろ? あるものに無い者の気持ちはわからない、とは言うが、その逆もまたしかり、ということじゃ」
「なるほどです」
儂だって、現状には苦労しておるからな。
……主に、夜的な意味で。
とはいえ、これに関しては美穂たちが原因ではあるんじゃがな……。
「にしても、能力ねぇ……」
「む、どうしたのじゃ? 急に」
「いえ、『TSF症候群』は不思議だなぁ、って思っただけよ。特に、能力の部分」
「そうじゃな。これに関しては未だに解明されていない、『TSF症候群』において最も謎とされる部分じゃからな。その上、物理法則を無視した能力ばかり」
「……むしろ、物理法則を無視しない能力の方が少ない。というか、ない」
「それもそうじゃな。儂も、変な能力じゃからのう……」
黒に変色させた自分の髪を一房手に取り、くるくると指に巻くようにいじりながら、そう呟く。
儂が持つ者と言えば『成長退行』『獣化』『変色』の三つなわけじゃが……どれも特殊すぎるものばかり。
後二つに関しては、まだ普通のレベルを逸脱していないとのことじゃが、問題は最初の一つじゃからのう。
何故、こんな能力なのか。
「わたしとしましては、変と言うより、むしろ最高の能力だと思います! 色々な姿のまひろちゃんが見られますから!」
「そりゃおぬしは儂大好きじゃからな!」
「オフコース! 嫌いになる要素など、何一つありませんとも! むしろ、まひろちゃんを嫌う人が現れようものなら、羽衣梓グループが持つ力全てを用いて、その方をせんの――こほん。まひろちゃんラブにします」
「何しようとしとんの!? 儂大好きに洗脳するとか、頭おかしすぎるわ!」
ダンガ〇ロンパかい!
「まあ、瑞姫だし……ね。あの家なら、それくらいしそうだし」
苦い顔をする美穂。
「あ、あははー。あたしもそう思うなぁ」
アリアは苦笑い。
「……羽衣梓家は魔窟」
ましろんは頭痛をこらえるかのような表情。
「魔窟……は、少し言いすぎ……ではなさそうね~……」
お、おおう、いつもは、『あらあら、うふふ』とアルカイックスマイルを浮かべる結衣姉ですら、微妙に引きつった笑みを……!
「おぬし、信用無さすぎじゃろ」
「そんなっ! わたしほど信用が一心に集中する魅力的なロリコ――こほん。女性はいないと思うのですけど!」
「今ロリコンって言いかけたじゃろ、おぬし」
というか、自覚あったんかい。
「気のせいです!」
「気のせいて……まあよい。とりあえず、話を戻すぞ」
今はロリコンの話などどうでもよいしな。
「あー……何話してたんだっけ?」
「交流会の話じゃ」
「そうだった。じゃ、お願い」
「うむ。……とは言っても、他に話すことはないんじゃよなぁ……」
「そうなの?」
「うむぅ。……強いて言えば……なぜか途中から記憶がない、という部分かの?」
「記憶~? ひろ君、何かされたの~?」
儂が記憶がないと言うと、全員がやや強張った表情を浮かべ、代表するかのように結衣姉が尋ねてきた。
おっと、これは発症者が儂に何か良からぬことをしたのでは? と思っている顔じゃな、こやつら。
「安心せい。何かされたわけじゃないぞ」
「……それなら安心」
「でも、何かあったの? まひろ君」
「ん~、次の日の朝、仲良くなった者から謎のLINNが来ておったり、発症者が創り出した酔い覚ましとウコ〇の力が置いてあったくらいじゃな……」
「……」
「む? どうしたんじゃ? 美穂」
急に押し黙ってしまったんじゃが……。
首をかしげておると、美穂が恐る恐ると言った様子で口を開く。
「ね、ねぇ、まひろ。あんたもしかして……お酒飲んだ?」
「酒? いや、飲んだ記憶はないんじゃよなぁ。記憶が途切れる前、何かを食べたような気はするんじゃが……」
「食べた………………あんたが食べたのって、もしかしてだけど……チョコレート、じゃなかった……?」
「ん~…………おぉ! そうじゃそうじゃ! たしかその時、チョコレートに手を出しとったよ! で、それを口にした後から記憶がなく……あれは一体、なんじゃったんじゃろうか」
そうじゃそうじゃ、あの時の儂、チョコレートを食っておったな。
味は良かった……気がするのじゃが、いまいち覚えてないんじゃよなぁ。
「OK、理解した」
「え、マジで!? 美穂、何かわかったのか!?」
今の情報で一体何がわかったというのか。
美穂に訊いてみれば、なぜか苦い顔をしておった。
なぜに。
「わかった、というか……私にとって苦い記憶と言うか……いや、これは私だけでなく、三島君と笹西の二人も被害者ね……」
「健吾に優弥? あの二人も被害者、とはどういう事じゃ?」
「あ、あー、いや、うん。まひろは知らない方が幸せよ……いやほんとに」
「む、むぅ……?」
「とりあえず……旦那陣、集合。まひろはちょっと待ってて」
「う、うむ」
一体どうしたんじゃろうか?
まひろを一旦放置し、私は旦那を集合させた。
「美穂さん、わたしたちを集めて一体何を?」
「……あなたたちは知らないことを、私が今から教えるわ。これは、まひろに関することよ」
「まひろ君の? 何々? 恥ずかしいお話とか?」
「恥ずかしい話で済めば、一体どれほどよかった事かしらね……」
「……何があったし」
「あー、うん……まあ、簡単に言うと……まひろ、酒癖が悪いのよ」
「「「「……ん、んん~??」」」」
私が簡潔に情報を伝えると、みんなは理解が追い付いていない様子だった。
うん、その気持ちはわかる。
私だって、いきなり言われたらさすがに……って、なるし。
でも、これは事実。
「え、え~っと、美穂さん? 一応日本では飲酒は二十歳からと決まっているのですけど……」
「えぇ、わかってるわ」
「間違っても、十五歳からが成人です! という設定の異世界でも、ましてや唐突な多重婚設定が出てきているのに、実は『お酒は十五歳から飲める世界なんです!』という設定が出てきたわけじゃないのですよね?」
「瑞姫が一体何を言っているか理解しかねるけど……事実よ。いや、正確に言えばまひろはお酒を飲んだことがあるわけじゃないわ」
というか、設定って何よ設定って。
たまに瑞姫はよくわからないことを言うのよね……。
実は神様か、もしくは神様の代弁者的存在だったりしない?
「じゃ、じゃあ、酒癖が悪いって?」
「……一年生の二月頃だったかしら。あいつって、みんなも知っての通りモテるでしょ? なぜか」
「「「「モテる」」」」
ここで否定しない辺り、よくわかってるわ、まひろのこと。さすが旦那。
「その時に、多分間違って購入しちゃった人がいたんでしょうね……ウイスキーボンボンが混じってたのよ」
「「「Oh……」」」
「え、えと、ういすきー、ぼんぼん? って何?」
瑞姫、真白さん、結衣さんはウイスキーボンボンの名前を聞いて、『マジかー』みたいな反応をしたけど、アリスだけはウイスキーボンボンという存在を知らなかったみたいで、疑問符を浮かべていた。
「……ウイスキーボンボンは洋酒入りのボンボン菓子。砂糖製の殻でウイスキーを包んだお菓子。高級なものはそれをさらにチョコレートでコーティングしている。多分、まひろんがもらったのはそれ」
「お酒が入ってるの? それって食べて大丈夫なの? 法律的に」
と、至極ごもっともな質問をするアリス。
たしかに、その辺りってどうなのかしら?
いまいちよくわかってないのよね。
そう思っていたら、真白さんが解説を始めてくれた。
「……飲酒とはお酒を飲むという行為。この『飲酒』という部分は文字通りお酒を飲むこと。でも、酒税法において『お酒』はアルコールが1%以上含まれている飲み物を指す。1%未満であれば、飲んでも未成年飲酒禁止法に引っかからない」
「へぇ~。そうなんだ! じゃあ、ウイスキーボンボンは度数が低いんだね!」
それは初耳。
なるほど、法律だと1%以上が酒に分類されるのね。
「……普通に数%以上ある」
「え!? やっぱりダメじゃん!」
「……実は、あの法律には抜け道のようなものがあって、『酒税法』並びに『未成年飲酒禁止法』において、酒入りのお菓子は実はお酒と定義されない」
「え、えっと、つまり?」
「……極端な話、アルコール度数が96%のお酒が入っているお菓子でも、それはお酒に当たらずお菓子に分類されるため、未成年が口にしても問題ない、ということ」
96%て、それスピリタスよね?
というか、そういうことになるのね。
なるほど……と言うかこの人、食に関することが書かれている法律全部覚えているんじゃないでしょうね……?
「え、じゃあ、食べてもいいの?」
「……そういうこと」
「へぇ~、あたし食べたみたいかも!」
「……やめておいた方がいい」
「え、どして?」
真白さんの発言に、小首をかしげるアリス。
それに答えたのは、真白さんではなく結衣さんだった。
「真白ちゃんの言う通りね~。いくら食べても法律的に問題ないとはいえ、まだまだ発展途上の体。まだ肝機能が成長しきっていないから、顔が真っ赤になったり、頭がぼーっとしたりするから、極力避けた方がいいのよ~」
「あ、そうなんだ。あたしが前に住んでた国だと、平気で飲んでる人とかいたからつい……。そうだね。お酒はダメだもんね!」
「そういうことよ~」
なんだろう、知らない間にお酒に関する授業になったわ。
教師役は真白さんだけど。
「……あれれ? じゃあ、まひろ君ってどうなったの?」
今の話を聞いて、アリスが当時のまひろに疑問を持った。
「……そう、そこよ。私が話したかったのは」
「まさか……まひろちゃん、酔ったのですか……?」
「イグザクトリー。当時の話なんだけどね――」
そう切り出し、私は当時のことを話し始めた。
それは、乙女が恋のバーサーカーとなって、獲物狩りをする日、通称バレンタインデーの日のこと。
いつもなら、私は特にチョコレートを用意することはなかったんだけど、その時の私はすでにあいつを好きになってたからチョコレートを作った。
でも、直接渡すのが恥ずかしかったんで、あいつの下駄箱にこっそり入れた。
……まあ、その時すでに先客がいたんだけどね、下駄箱の中に。数個ほど。
で、放課後。
まひろはその日、夕食を作るという事が珍しくなかったようで、笹西と三島君と一緒に放課後の教室でだべっていた。
私もその日は委員会の仕事があって、それを終えて教室に戻ったわ。
「はー、疲れたっと……あれ? まひろに、笹西、三島君? 何してんのよ?」
「なんだ、音田かよ。帰れ帰れ。しっし」
「いきなり何よ、脳筋」
「うっせ、がり勉女!」
「アァ?」
「アァン?」
とまあ、顔を合わせるなら喧嘩勃発な私と笹西。
止めたのはまあ、
「二人とも、落ち着いてください。喧嘩はダメですよ」
三島君だった。
さすが常識人ね。
三島君に言われちゃ、引き下がるしかないと思って、私と笹西は矛を収めた。
「……で、まひろは何を……って、何その箱の山!?」
まひろの机の上には、ラッピングされた箱が山のように積んであった。
さすがまひろ……モッテモテ! と当時の私は思ったもんだわ。
「うむ、実は大量の甘味をもらってしまってな。さすがに一遍には持って帰れんので、ここでいくつか食してしまおうと思ったのじゃよ。儂は、甘味が好きじゃからな!」
ほくほく顔で山の中から箱を一つ取るまひろ。
「どれ、早速摘まんでみるかの。まずは……うむ、これじゃな! 見たことない包みをしとるし! いただきます!」
手に持った箱を一旦戻し、中身が見えてるものを新たに手に取ったまひろは、いそいそと包みを開けると、チョコレートをぽいっと口に放り込んだ。
「おぉ、なかなかに美味いのう、これ! 甘くて、それでいて深いコクのある苦みが……苦み、が…………」
最初は幸せそうに頬張るまひろだったんだけど、徐々に様子がおかしくなっていった。
「ん? まひろ? どうかしたのか?」
「まひろさん? どうしました?」
一緒にいた二人も、まひろの様子に違和感を覚えたのか、まひろに声をかけていたわ。
「……なんらろ、このひょこ、あらまらぼーっとするろらら……」
「「「……ん!?」」」
いきなり黙ったまひろが再び口を開いたと思ったら、なぜかろれつが回っていなかった。
え、なにこれ!? どういうこと!?
「ふ、ふふ……ふふふふ……はーっはっはっは!」
一瞬思考が停止した直後、いきなり笑い出した。
「「「まひろ(さん)が壊れた!?」」」
「んら~、んろ~……」
謎の言葉を漏らしながら、なぜかふらっふらしてる。
え、なにこれ? ほんとになにこれ!?
「お、おい、まひろ、どうしたんだよ!?」
「んぁ~……けんろら~? んん~……くふふっ……ぬぇぇぇい!」
ドゴンッ――!
「ごほぉっ!?」
笹西の声に反応したまひろは、不意に席を立つと謎の笑いを漏らした後、いきなりボディーブローを笹西に鳩尾に決めた!
「け、健吾さ―――――――ん!?」
突然のボディーブローを防げなかった笹西は、その場に倒れこみ、三島君が慌てて駆け寄る。
「お、俺、俺の鳩が尻尾で、ストマックがひ、ヒウイゴー……」
「何を言っているのかわかりませんが……しっかりしてください! まだ止まっちゃだめです、心臓!」
「と、止まるんじゃねぇぞ……」
「それ言いたいだけじゃないですか!?」
「……ぐふっ、お、俺、い、生きて帰ったら、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ、の、飲むん、だ…………がく」
「その状況でよく言えましたね、それ」
うん、そこは私も同意だわ。
鳩尾にボディーブローくらった状態でよく言えたわね、マジで。
あいつ、バカだけど天才なんじゃ?
「ははははは! なんらろ、すっごいきぶんがいいろら~。ひょこもうまいひろ~」
何がおかしいのか、まひろは笑いながらひょいひょいとどんどんチョコレートを口に入れていく。
あかん。まひろが何言ってんのかわからん!
なんとなーくはわかるけど、明らかにあれ、酔っぱらってる、わよね……?
そう思った私は、まひろが手を付けていたチョコの包みを回収し、確認。
その結果。
「こ、これ……ウイスキーボンボンじゃない!」
それがウイスキーボンボンだと判明。
私は驚愕した。
「本当ですか!?」
「え、えぇ、ほら」
「……本当だ。まひろさん、これを食べて酔っぱらってしまった、ということですよね? これ」
「……多分。というか、よくて数%程度のアルコールで酔っぱらうって……アニメのキャラみたいな弱さねこいつ。しっかし、どうしたものか……」
目の前では、とろんとした表情でチョコレートを食べ続けるまひろの姿がある。
笹西がボディーブローで退場してしまった以上、私と三島君でどうにかしないといけない、という状況だったわ。
「……とりあえず、先生を呼んだ方がいいかもしれないですね、これは」
「……そうね。とりあえず……私が残るわ」
「そ、それは危険では?」
「私は女子。三島君は男子。笹西が殴られたところを見るに、三島君もやられかねないわ。だから、私が残る。その方が、止められる確率高いし」
「……なるほど。一理ありますね。では、任せます。お気をつけて」
「えぇ、なるべく急いでね」
「了解です」
そう言って、駆け足で三島君は教室を出て行った。
やり取りが明らかに学校でするようなものじゃないけど、こればかりは仕方ない。
「んふぅ……んふふふ~」
だって目の前のまひろ……さっきから私をじーっと見てるし。
これは、あれよ。私が逃げたらこいつも一緒に追いかけてくるパターン打と思ったからこそ、私が残ったわけよ。
おのれ、まひろ。
「みほぉ~」
き、来たっ……!
ふらふらとしながらこちらに歩み寄ってくるまひろ。
私がいつでもこい、と身構えていると……
ぎゅっ。
「……へ?」
いきなり抱き着いてきた。
「ま、まひろ?」
「みほらぁ~……ひょうもひれいらろぅ……」
ろれつが回ってないせいでわからんっ……!
「やはり、みほはひれいらら~。んむぅ~……らいふひは~」
…………ろれつが回らないって、本当に意思疎通ができなくなるんだと、私は思った。
マジで何言ってるかわからない。
ってか……こいつに抱き着かれるの、なんかすっごい不思議な気分なんだけど!
「は、離れなさい、まひろ! さ、さすがにこれは……誤解されるわよ!?」
「んぅ~……ごはい~? ごはんはいっはい~」
「米の話じゃねーのよ」
ろれつが回ってないせいで、明らかに会話が嚙み合っていない……!
誤解を、ご飯五杯だと勘違いしてるし。
「ほめ~、ほめ~……はははははは!」
「何に笑ったの!?」
「みほはおもひろいろぉ~」
「今のは何を言ってるかわかったわ。どこも面白くはないでしょ」
私にそんなセンスはない。
「ん~、ん~~……」
まひろはぎゅっと抱き着いたまま。
ってか……こいつ、顔近いわね。
私とこいつの身長差はほとんどない。強いて言えば、こいつの方が少し高いくらい。
……というかこれ、恋人がやるようなハグよね?
私、別にこいつとこ、恋人ってわけじゃないんだけど……。
……いつかはー、なんて思いはするけどさ。
だけど、さすがにその……キスができる数センチ前なのよ? これ。
ヤバいでしょ……。
とにかく、この状況をどうにかしないと、よね……。
三島君が戻ってきさえすれば、どうにかなるような気はするんだけど……まだ時間がかかりそうだし……どうすれば……。
と、当時の私は事態の収束を図るにはどうすればいいか、そう考えていて目の前のまひろに対する注意が散漫になっていたわ。
私がうーんと唸っていた時。
「ん……」
「……んむぅ!?」
いきなりまひろにキスをされた!
え、何? どういうこと!?
「ん……はぁ。はははは! みほろひふひらろら~」
「な、なな、なななな―――」
いきなり唇を奪われた私は、それはもう……動揺したわ。
キス、柔らかい、嬉しい、不可抗力、そんな単語が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
「ん~、もういっはいひらいろら~。んー……」
「ちょっ、なんでもう一度しようとしてんの!? って、力強っ!? ま、待ちなさいまひろ! さすがに私の頭がオーバーヒートするって!」
「ん~」
あかんやつやこれ!
私の言葉にちっとも耳を貸そうとしない、というか明らかに聞いてない!
ま、まずい……このままでは……!
「ん~………」
し、仕方ない!
「い、いい加減に……しなさ――――いっっ!」
「んぬぁっ!?」
ごちんっ!
まひろの頭に強烈な拳骨を振り下ろした。
あのどうしようもない状況になってしまった以上、武力行使に出るしかなかった……。
「きゅぅ~~~~……」
拳骨のダメージと、酔っぱらっていたことが上手く嚙み合ったのか、まひろは謎の声を漏らして気絶した。
酔っていたとはいえ、ほんっとうに申し訳ないと思ってるわ……。
「はぁっ、はぁっ……とりあえず、三島君を待ちましょう……」
気絶したまひろを椅子に座らせ、私は三島君が来るのを待った。
その後、三島君が連れてきた先生と共に、まひろを保健室に運び(笹西は放置)、なんとか正気に戻った。
その際、
「……なんじゃろうか、チョコを食した後の記憶がない上に、妙に後頭部が痛いのじゃが……」
と不思議そうな様子だったけど、私たちは何も言わなかった。
この日以降、まひろには絶対酒入りの物は絶対に口に入れさせない、ということを決めた。
「――ということがあったのよ」
「「「「うわぁ……」」」」
「おかげで、私のファーストキスは、酔っぱらいとのキスになったわ……」
好きな人だったからまだよかったけど、これが別の人だったらそいつを地獄に叩き落していたわね、絶対。
「あ、だから始業式当日に、堂々とキスができたのですね、美穂さんは」
「……えぇ、そういうことよ」
あの時、私がまひろに対してキスができた理由がこれ。
もうすでに一度キスをしていたから、もう今更! と思ったから。
ある意味、あれが後押しになったとも言えるわ。
「な、なるほどねー。……まひろ君に、絶対にお酒は与えちゃだめだね、今後」
「……異議なし」
「そうね~」
「そういうことだから、今後は気を付けて。瑞姫、屋敷に常備させているお菓子の中に、お酒入りの物がないか、帰ったらチェックして。もしあったら……急いで隠す、もしくは誰かに譲るようにして」
「了解です」
とりあえず、こうしておけば何の問題も起こらないでしょう。
……まあ、さっき語った内容、実はまだ言ってないことがあるんだけど……その辺に関しては、うん、言わなくてもよかったので言いませんでした。
第一、まひろの口にアルコールが入らなきゃいいわけだし。
ま、大丈夫でしょ。
「……もしや、まひろちゃんはキス魔……? であれば、それを用いたプレイも……」
「瑞姫?」
「あ、いえ、何でもありません。ともあれ、あとで柊さんに伝えておきます」
「お願い。……さて、話すことは以上。戻りましょ」
注意すべき点は共有できたし、ね。
「ただいま」
「戻ったか。一体何を話しておったんじゃ?」
「内緒よ」
「そうか」
内緒ならば仕方ないな。
まあ、こやつらのことじゃ。変なことは話とらんじゃろ。
「……さて、まひろ、ここからメインディッシュよ」
不意に、不敵な笑みを浮かべた美穂が、メインディッシュと言ってきた。
「メインディッシュ? もう話は終わったぞ?」
少なくとも、交流会のことに関しては、大方話したんじゃが……。
「えぇ、そうね。だけど、旅行と言えばあれでしょ」
「旅行と言えば……? ……はっ! ま、まさかっ――!」
「そう、そのまさかよ」
ま、まずい! 旅行=儂を食す、みたいな感じになっとるじゃろこれ!?
じゃ、じゃが、入り口には儂が一番近い……逃げ切れるか!
「そう……枕投げよ!」
「逃げる……って、へ? 枕、投げ?」
「えぇそうよ? 私、仲のいい人でやってみたかったのよね、枕投げ」
「あ、わたしもやってみたいです!」
「あたしも! 面白そう!」
「……興味深い」
「私もしたことがないから、してみたいわ~」
まさかの内容に、儂は思わずぽかーんとした。
え、あっちじゃないのか?
……な、なんじゃ、そうじゃったのか………なんじゃ……。
「……まひろん、少しがっかりしてる?」
「い、いやがっかりなどしとらんぞ!? べ、別に、また襲われるのではないかとか思ってないからな!?」
「……あんた、なんでこう、自分で墓穴を掘るの?」
「はっ! ほ、ほんとに思っとらんからな!?」
「はいはい。ドMドM」
「ちょっ、なんじゃその投げやり感!?」
と言うか儂、ドMちゃうわい!
「あ、あははー。まひろ君の今の発言は、うん。あれだもんねー」
「あれってなんじゃあれって!」
「まひろちゃん、もしかして……シてほしいのですか!?」
「違うよ!? さすがに思っとらんよ!? ってか、旅行中は勘弁して!」
しまった、ロリコンが食いついた!
「……まひろん、素直じゃない」
「やめて!? マジで思っとらんからっ! ほんっとに勘弁!」
「今日は動き回ったものね~。みんな、今日はやめておきましょ~」
「ゆ、結衣姉……!」
さすが結衣姉、儂の良心!
「するのは、帰ってからよね~」
「いや違うぞ!?」
結局敵なんかいっ!
く、くそぅ、変なことを言わなければよかった……。
「ま、まひろを襲うのは帰ってからするとして」
「襲わんで!?」
「今は枕投げを楽しみましょうよ」
「ですね」
「うん!」
「……負けない」
「うふふ~」
「ちなみに、勝った人がまひろを抱き枕にしながら眠れる権利を得られるわ」
「「「「絶対勝つ!」」」」
「勝手に儂を景品にしないでほしいんじゃが!?」
というか、そんなもんでなぜ熱くなっとんのじゃこやつらは!
「じゃあ……開始ぃ!」
……こうして、儂らの旅行は幕を閉じた。
ちなみに、勝者はましろんだった。
尚、一緒に寝る際、どう見ても双子か何かにしか見えず、瑞姫がひたすら歓喜の声でうるさかった、とだけ言っておこう。
……どっと疲れた。
どうも、九十九一です。
一ヶ月近くお待たせしてすみません。色々な作品を書いたり、ゲームをしたりしていた影響で、なかなか書けておりませんでした。マジですみません。
今回、まひろが酒に弱い、という情報が出ましたが、うん。どっかの変態が多分やらかすでしょう、当分先だと思うけど。
あ、未成年は絶対にお酒を飲んじゃダメですからね!
次の投稿は……なるべく早めに出すつもりですが、気長にお待ちください。
では。




