日常62 馴れ初め。美穂の場合
※ ちょっと長め
「となるとまずは……美穂か。たしか美穂は――」
儂は美穂との馴れ初め話を始めた。
儂と美穂が出会ったのは、高校一年生の時。つまり、去年じゃな。
と言っても、最初から仲が良かった、とか言うわけではなく、最初はお互い『ただクラスが同じなだけの異性』という関係性じゃったな。
しかもまあ、最初の頃はと言えば……
「ちょっと桜花君、いつまで寝てるのよ! もうすぐ、集会が始まるわよ!」
「あぁ……? なんじゃ、音田か……儂は眠い…………さぼり、たい……」
「何言ってんのバカ!」
バシンッ!
「いたっ!? な、なにをするのじゃ!」
頭を叩かれ、儂は音田に食って掛かる。
「あんたがサボるとか言うからでしょうが。まったく……ほら、さっさと行くわよ!」
「うおっ!? は、離せ! 自分で歩ける!」
が、腕を掴まれそのまま連れていかれる。
「うるさいわね! ほら、きびきび歩く!」
とまあ、こんな感じでお世辞にも仲が良い、とは言えなかった。
学園では喧嘩ばかりだったような気もするしのう。
正直、最初の頃は鬱陶しいとか思っておった。
「くそぅ、本当に容赦ないのう、委員長は」
「ははは、お前音田によく突っかかられてるもんな」
「儂の睡眠の邪魔ばかりするんじゃよ、あやつは」
「ですが、それは当然のことじゃないですか? さすがに、集会に遅れさせるわけにはいきませんよ」
「ってか、眠いからサボるとか、んな理由でサボるのお前くらいだろ」
「いやいや、儂以外にもいるはずじゃと思うぞ?」
ゴールデンウイークが終わって最初の学園。
大型連休の後ということもあり、生徒たちは気怠そう。
しかも、朝っぱらから学年集会があると言うめんどくささ。
儂の場合、ゴールデンウイーク中は、健吾と優弥の二人と遊んでいるか、ただただ寝てるだけじゃったからのう。
おかげで、人一倍……いや、人二倍くらいは眠い。
そのため、学園に登校してからずーっと机に突っ伏して寝ていたのじゃが……そこを音田に起こされた、と言うわけじゃな。
「いや、お前の場合ちょっと異常だからなぁ……特に、睡魔が」
「普通だと思うんじゃがのう」
「それはないですね」
「おぬしも、たった一ヶ月そこらで言うのう」
「お二人との距離感はすでに把握しきっているので。あとは、意外と居心地がいいというのもありますよ」
「はは、そうかよ。しっかしまあ、お前はほんっと、女子に絡まれやすいよなー、まひろ」
「そうか? どっちかと言えば、喧嘩を売られている気がするのじゃが」
健吾に苦笑いで言われるが、儂としてはそうとしか思えぬ。
いやまあ、過去にも儂に話しかけてくる者はおったが、音田ほどではないがな。
「まー、お前は鈍感だしなー」
「鈍感? なんじゃそれは? たしかに儂は寝ていたりするが、それでも割と周囲のことには気づくぞ?」
「まひろさん、そう言うことではないと思うのですが」
「む? どういうことじゃ?」
鈍感と言うのは、周囲の状況に疎い者に使う言葉ではないのか?
むむ?
「はぁ~……ま、お前はそうだよなぁ。仕方ないや、まひろだし」
「そうですね」
「なんじゃ、もしかして儂、呆れられておるのか?」
「そう見えるのなら、そうなんじゃないか?」
くっ、バカにされてる気分……。
健吾にそういう態度を取られると、ちとイラッと来るのう。
「お、そのハンバーグ美味そうだな」
「食べるか? 正直、満腹に近い」
「ラッキー、んじゃもらうぜ。むぐむぐ……うん、美味い」
「そうか。ま、昨日の夕飯の残りじゃがな」
ハンバーグは楽でいいからのう。
挽肉と玉ねぎ、パン粉、卵、牛乳、塩コショウを混ぜるだけでタネができ、あとは焼くだけじゃからな。
まあ、儂はそこに牛脂も混ぜ込むんじゃが。
「まひろさん、僕ももらってもいいですか?」
「あぁ、構わんぞ。ほれ、食え食え、育ち盛りの男子高校生よ」
「いや、お前も育ち盛りだろ」
「そうは言うが、中学三年生くらいから身長があまり伸びなくなってのう……」
「あー、そういやそうかもな。実際、去年のお前と比べて、一センチ程度しか変わってない気がするし」
「じゃろ? もしかすると儂、今年一年使っても、百六十九センチで止まるのではないか、と思っておったりする」
「随分具体的かつ、中途半端な数字ですね」
「んー、なんでじゃろうな。そこで止まる気がしておる」
理由はわからん。
勘と言う奴じゃな。
「というか、おぬしらがでかすぎるのじゃ。特に優弥。おぬし、優男な風貌のくせに、なんじゃ百七十八センチとは」
「いえ、僕もなんでここまで伸びたのかわかりませんので」
くっ、その余裕がなんかムカつく……!
とはいえ、儂自身そこまで身長を気にしておるわけではないんじゃがな。
「んで、話は戻るけどよ、実際どうなん? 音田って」
「どう、とは?」
「いやほれ、あいつってリアル委員長キャラじゃん? なんと言うか、ちょっと口うるさいというかなー」
「そうですね……進学してから一ヶ月半程度なので何とも言えませんが、割と柔軟な思考をしているようなので、別段嫌われている、ということはないと思いますよ」
たしかにそうじゃな。
音田の奴は、委員長キャラで注意とか平気でしてくる。
しかし、頭が固いというわけではなく、柔軟に対応できるんで、あまり嫌われているようには見えない。
あとはまあ、容姿が整っているから、というのもありそうじゃな。
「そっか。まあ、あいつちょっと怒りっぽいしな。それを言うなら、意外とまひろなんて煙たがってるんじゃないのか?」
「ん、儂か?」
「おうよ。だってお前、睡眠を邪魔されるの好まないじゃん? ってか、場合によっては容赦なくぶん殴ってくるし」
「それは、起こす方が悪い」
睡眠を妨げるもの、死すべし。
「睡眠と言うのは、自由でなければいかん。誰かに邪魔をされることも、己自身で諦めることもダメなのじゃよ。やはり、安眠こそ、人間にとって至高の休息方法じゃからのう」
「お前、本当に睡眠に対する熱意クソ高いよな」
「ですね。普段はもっとこう……ぐでーっとしていて、常にやる気がないのに」
「ふっ……寝る、それこそ儂にとっての最高の娯楽じゃからな」
それ以外にも娯楽はあるが、やはり睡眠が一番じゃ。
「まあ、それはいいとしてよ……実際どうなん? 音田のことどう思うん?」
「そうじゃのう……別段、気に食わない、とか、うざい、とか思ったりはしておらんよ」
「へー、そりゃ意外。邪魔されてるのに」
「理由なく起こしているのであればムカつくが、あやつはそうではない。他人のことを考えての行動じゃからな。それはすごいことじゃ。尊敬こそすれ、恨むなどあってはならんよ」
むしろ、儂をどんな人間だと思っておるというのか。
反対に、音田のような奴は割と好む方なんじゃがな。性格的に好ましい。
「……やっぱお前、地味―にイケメンだよな、精神が」
「何を言うか。顔立ちもイケメンじゃろ?」
「「いや、それはない(です)」」
「殺めるぞ、おぬしら」
すっごい失礼。
「わりいわりい。んで? それだけ?」
「それだけと言われてものう……まあ、今はそれだけ、じゃな」
一応気になることはあるにはあるものの、現段階では問題なさそうじゃからな。
そう思いながら、ちらっと音田の方に視線を向ける。
『ねえ、美穂ちゃん、悪いだけど、仕事をお願いしてもいい……?』
「仕事? なんの?」
『先生に資料のとじ込みをちょっと……』
「まあ、別にいいけど、理由は? いくら私と言えど、さすがに変な理由じゃ代わらないわよ?」
『実は、今日部活の方で大事な練習があって……それに出ないと色々とまずいんだよぉ』
「なるほど。そう言えば、一年生でもチャンスがある運動部だったわね。……OK。そう言うことなら代わってあげるわよ」
『ありがとー! このお礼は必ずするから!』
「いいってことよ。その代わり、しっかり頑張りなさいよ」
『もち!』
……ふむ。何とも、面倒な生き方をしておるのう……。
おぬしにも、やることがあるはずじゃと言うのに。
内心苦笑いを浮かべながら、儂は視線を外し、再び昼食と摂りだした。
で、それからは最初のように喧嘩のようなことをしながらも時間は進んでいき、気が付けば秋になっていた。
そんなある日のこと。
「これが、こうで……こっちはこう。で、これは――」
「……おぬし、損ばかりじゃな、本当に」
放課後の教室で一人、黙々と作業をしている音田に声をかけていた。
まあ、呆れた声音、じゃがな。
「お、桜花!? なんでここにいんのよっ?」
「なんでもなにも、ここは儂も通うクラスじゃぞ? いても不思議ではあるまい」
儂がいることになぜ驚く必要があると言うのか。
儂、嫌われておるのかのう?
「そ、それはそうだけどっ……な、なんであんたがこんな時間に教室に来るのよ」
「ふむ……儂がおぬしの手伝いをしようと思ったから、と言ったらどうする?」
「は? 普段から寝てばっかのあんたが? ないない。冗談は死んでからどうぞ」
「おぬしの儂に対する評価がどんなもんかはわかった」
やっぱ儂、嫌われてるんじゃね?
まあ、今はよいが。
「それ、今度の学園祭のパンフレット作りじゃろ? うちは、そう言うところは学生で作れ、というタイプじゃからな」
「そ、そうだけど。何? なんか文句でもあんの? それとも、冷やかし?」
「儂がそんな面倒なことをする奴に見えるか?」
「……そんなことをするんだったら、寝てるわね、あんただし」
「ははは、よくわかっておるではないか」
「そりゃ、半年近くも同じクラスで、あんだけ言い合っていれば理解もするわよ」
「それもそうじゃな」
なんじゃ、言い合っている自覚あったのか。
わかっていてやるとは……変な奴じゃ。
「で、本当は何しに来たのよ」
「いや、今さっき言ったじゃろ? おぬしの手伝いをするため、と」
「え、あれマジだったの?」
「マジじゃな」
「……あんた、本当に桜花? もしかして、どこか体調が悪い……とか? ハッ、まさか新種のウイルス!? や、やめてよ!? うつすとか!」
「んなわけあるかい。……まったく、人の善意を素直に受け取れんとは。本当に、面倒くさい奴じゃな」
「あんたに言われたくないわー……」
まあ、儂も十分面倒くさい存在だと理解しておるからな。
しかし、こやつほどではないと思うのじゃが……。
「それで? この仕事は本来、おぬしの担当じゃないはずじゃろ? たしか……実行委員か。なぜ、おぬしが?」
「別に。実行委員の人が、今日は大事な用事があるって言って代わりを頼んできたのよ。私も特に何か用事があったわけじゃないし、了承したの」
「……ふむ、そうか」
たしか、その例の実行委員はついさっき、遊びに行っていたんじゃがな。
まあ、こやつのことじゃ。どうせ、気が付いていて代わったのじゃろう。
変なところで優しい奴じゃからな
「それで? 何をすればよいのじゃ?」
「え、本当に手伝ってくれるの?」
「なんじゃ、嫌なのか? 嫌であれば、儂は帰って寝るが」
「…………でも、悪いような気がするのよね。だってこれは、私が引き受けた仕事なわけだし」
あー、ほんっとうに面倒くさいのう。
「構わん。それに、見たところ三割程度じゃろ? このペースで行くと、帰る頃には外は真っ暗じゃ。おぬしだって年頃の女なわけじゃからな。変質者に襲われないとも限らん。であるならば、ささっと二人で終わらせた方が安全じゃろ?」
ふっと軽く笑みを浮かべながら、本心と建前両方混じった言葉を伝える。
まあ、八割方本音なんじゃがな。
「――っ」
「む? どうしたのじゃ? 顔を赤くして」
すると、なぜか美穂の顔が赤くなっていた。
何か変なことを言ったかのう?
「な、なんでもないわよっ。あ、あれよ、夕陽が差し込んでるから赤く見えるだけ!」
「ふむ……まあ、おぬしがそう言うのならそうなのじゃろう。……ほれ、どうするか教えてくれ。ささっと終わらせるぞ」
「なんか言い方がムカつくけど……まあいいわ。とりあえず、仕事は簡単よ。大きい数字から順番に上に重ねて行って、最後それをホチキスで止めれば終わり。止める時は、折り目じゃないところね」
「うむ、了解じゃ」
簡単な説明を受け、儂も椅子に座って作業を始める。
パパっと進めておると、不意に美穂の方から視線を感じた。
「なんじゃ? 儂の顔に何か付いておるのか?」
「そ、そうじゃないけど。……なんか、手際が良いなと思って」
「あぁ、これか。ま、経験じゃよ。あとは、普段からの積み重ねでな」
「何よ。あんた、普段かこんなちまちましたことしてるの?」
「いや、そういうわけではない。ただまあ、応用が利くからのう、これは」
元々手先は器用な方じゃからな。
それに、昔から家事をしていたため、こういうちまちまとしたことは得意じゃ。何せ、服のほつれやら、取れたボタンを付けたり、他にもたまーに縫物とかもしておったからのう。
なのでまあ、こう言うのは得意じゃな。
「……変なの」
「変て」
儂、変なのかのう?
それから黙々と二人で作業をしている途中、もうすぐ終わりそうなタイミングを見計らって音田に話しかけていた。
「……おぬし、少しは誰かに頼ったり、誰かの頼みを断った方がいいと思うぞ」
「な、何よ藪から棒に」
「いやなに。入学してからちょこちょこおぬしが気になってみておったのじゃが、おぬし、頼まれたことは基本的に受けておったじゃろ? それを見て、散々損な性格と思ったんじゃよ」
「……」
「まぁ、頼みを断るのは人によっては勇気がいる。おぬしがしたいと思ったのならば、儂が口を出すまでもないがな」
「…………」
む、てっきりいつものように軽く言い合いになると思っておったのじゃが……随分とまあ、真剣な表情じゃな。
いや、というよりむしろ……嘲笑に近いか。
「……あんたって、普段はぼーっとしていたり、寝ていたりする割には、よく見てるのね」
「偶然じゃよ。……ただまあ、クラスメートの女子がすこーしばかり困っているように見えたから、ちと気になっただけじゃ。気にするでない」
「……はぁ、あんたごときに心配されるとは……私もまだまだね」
「おぬし、本当に失礼じゃな」
こんな時でも、憎まれ口をたたくとは……。
いやまあ、儂は別に不快に思ったりはせんがな。面白いし。
「あんた、どうせこの仕事を代わってと言ってきた人が、どんな理由で私に代わってもらうよう頼んだのか、知ってるんでしょ?」
「そう言うということはやはり、おぬしも気づいておったのか」
「……まあね。ほら、私って空気読めるでしょ? だから、なんとなくね」
お茶らけたように話す音田じゃが、どうにも本調子じゃない。
いつもならば、もっとこう……キレがあるんじゃがな。
だからか、儂はいつものような緩い笑みを浮かべるのではなく、割と真剣な顔を音田に向けていた。
「……あんたって、実は私のことが好きだったりするの?」
「なんでじゃ?」
「違うならいいのよ。……ねえ、桜花。話聞いてくれる?」
「儂で良ければ、愚痴でもなんでも聞くぞ」
「そ。ありがと。……昔の話……というかまあ、小学生くらいの頃の話なんだけど」
そう言って、音田は話し始めた。
「私ってよく、委員長キャラとか言われてるでしょ?」
「そうじゃな」
否定する理由もなし。
「で、まあ……こういう人って、割と煙たがられるでしょ? こう、同じクラスの人を注意するだけで、反省の色を見せないで、はいはい、って」
「まあ、そう言う者は多かったな、小学校には」
純粋とはよく言うが、それはあくまでも大人に対してがほとんど。
同年代の者から言われるとその限りではなく、むしろめんどくさがったり、返事がおざなりになってしまう。
だからか、そういう人間は嫌われてしまったりするパターンがほとんど。
「それで、まあ……ある年のクラスでは、可愛くて人気者の女の子がいたのよ」
「ふむ、やはりどこにでもいるものなんじゃな」
「そうね……。それでまあ、その子が自分は遊びたいから仕事を代わって、とか私に言ってきてね。その時の私は何と言うか、純粋だったのよね。『自分のお仕事は自分でやらないとダメだよ』って言ったの」
「む? 何か悪いことを言ったわけではなかろう? 普通ではないか?」
自分の仕事は自分でやる、そう言って何が悪いのか。
「……まあ、そうなんだけどさ。相手が悪かったわー。その子がね、逆ギレしてきてね、私がクラスで孤立したことがあったのよ」
「……」
「その時の私は、まあ悲しくなったわよね。だって、無視されたりするんだもん。辛くて辛くて……。でも、耐えたわ。自分は悪くないって思って」
まあ、実際に悪くないしのう……。
「それから、しばらくそんな状態が続いてさ。辛くなって、中学校は同じ小学校の人がいない場所を選んだのよ」
「ふむ。しかし、仲の良い者はおらんかったのか?」
「……今学年で人気のある女の子って言ったでしょ?」
「言ったな」
「その子、実は相当黒くてね。陰ではいじめなんかしてたのよ」
「ふむ。話が読めた。つまり、自分もいじめられたくなくて離れていった、そういうことか」
「ええ、そうよ。おかげで大変だったわ、小学生の頃は」
いじめ、か。
意外と普通な奴に見えて、大変な過去があるんじゃな。
「しかし、よく折れなかったな、おぬしは」
「いやまあ、無駄にメンタルが強いだけが自慢みたいなところがあったから。それに、自分が正しいと信じていた、って言うのもあるかな」
それにしては、小学生でそれは強いような気が……。
普通であれば、折れてしまって不登校になっても不思議ではないはず。
だと言うのに、折れなかったとは、本当に尊敬する。
「……それで、私は思ったのよ。『頼みごとを断れば、また誰かが敵になるかも』って」
「……そうか」
「中学生になってからは、頼みごとをあまり断らなくなっていたわ。いえ、あまり、じゃないわね。全部、か」
「……」
「だからまあ……情けない話、怖いのよ。頼みを断るのが。断った後、また嫌われて、また孤立したら、って」
心の内を話す音田の顔は、泣き笑いに近いものじゃった。
なるほど、のう……。
「だから、仮にこの仕事を代わって欲しいと頼んだあの人が遊びに行きたいからって言うことは知っているわ。でも、だからこそ……怖いのよ」
孤立したくない、か。
たしかに、孤独は辛いものじゃ。
儂も爺ちゃんが死んだときは酷く悲しんだ。
うちは両親があまり家にいないから、実質的な親代わりじゃったからのう……。
普段から適当に生きている儂ですら、あれはきつかった。
しかし、音田の場合はその比ではない。
親に話せば無用な心配をさせてしまう、とか考えたのじゃろう。
こやつらしいと言うかなんと言うか……。
「のう、音田」
「……なに?」
「儂は別におぬしのそのトラウマを克服しろとか、気にせず断れ、などと言う無責任なことは言わん。第一、それができたらこんなことになってないからな」
「……うぅ」
「って、泣きそうになるでない。……まあ、あれじゃよ。儂らはもう高校生じゃ。半年前まで中学生だったガキじゃ。しかし、高校生ともなると、大分大人に近づく。精神は限りなくそちらに寄っている。だからな、おぬしはトラウマを克服したり、断る事よりも、人を信じる方が先じゃ」
「信じる……?」
「うむ。意外と難しい事じゃがな、信じると言うのは。気心知れた相手でも、本心から信じるなど早々できん。じゃが、人間関係と言うのは信頼で出来ている。目に見える契約書や婚姻届のような形ではなく、見えないものでな」
「桜花……?」
少し驚きながらも、音田が儂を見る。
その表情は悲しいというようなものではなく、単純に驚いているだけじゃった。
「一人でもいい。複数人いなくてもいい。とりあえず、心から信頼できる相手を一人作ることが、今のおぬしには必要じゃ。もちろん、そやつもおぬしを心から信頼することが必要ではあるがな。……じゃが、そんな相手が一人いれば、おぬしが孤立するようなことはない。なぜなら、その信頼する相手もいるからな。一人よりも二人、じゃ」
「……」
「それに、そうすればおぬしにも自信が付く」
そうか、今まで少し違和感を覚えていたのはこれか。
こやつ、自身がないのか。人間関係に。
「……じゃあ、何? 仮に私が孤立した場合、あんたは味方でいてくれるの?」
「む? そりゃぁのう。だって儂、おぬしを嫌いとか思ったことはないし。というかじゃな、おぬし、散々儂に口うるさく言っておるじゃろ。怖いとか言う割には」
「……だ、だって、なんかあんたってその……そういうこと、気にしない人間に見えたから」
「まあ、あまり気にせんな。誰が誰を嫌おうが、不特定多数の奴が一人の人間を嫌おうが、意味のない事じゃ。所詮、子供がすることじゃよ。大事なのは、平等でいること、じゃな」
やはり、平等が一番。
「……まあ、今さっき言ったように、怖い、って言うのは本当よ。だって、今まで友達だと思っていた人が離れていく、なんて経験をしてるのよ? 怖いに決まってるわ」
「……ふぅむ。しかし儂も赤の他人みたいなもんじゃろ? クラスメートなだけで」
「でもあんたって、良くも悪くも平等じゃない?」
「まあ、そうじゃな。贔屓する理由もないし、誰かを嫌うこともない。一番平穏じゃ」
誰かに肩入れをすることもあれば、反対に絶対に味方したくないなんてこともあるにはあるのじゃろう。
しかし、儂はそれはしない。
いやまあ、友人だから肩入れする時はあるがその反対はないな。
しても意味がない。禍根を残すだけじゃ。
「なるほどね……あんたって、すごいわね」
「すごい? 何がじゃ?」
「今の、素でしょ?」
「そりゃあな。儂はあまり嘘は吐かんよ。というか、嘘を吐いてバレた時がめんどくさい。そんなことするくらいなら、本音を語るさ」
「……でしょうね」
あとはまあ、爺ちゃんに、
『嘘を吐かず、なるべく正直に生きるのじゃぞ』
とか言われたしな。死に際に。
約束というものじゃ。他にもまあ、色々あるが……。
「でも、なんか意外……」
「む?」
「だってあんた、私に散々注意されてるのに、嫌わないんだもん」
「そりゃそうじゃろ。正論なんじゃから。それでなぜ嫌う必要がある? そんなもん、性根がひん曲がった奴がすることじゃよ」
「そっか……」
むしろ、今の話を聞いて、注意するところは注意する、と言う部分とか尊敬するぞ、儂は。
怖いと言いながらも、その辺りは強いようじゃ。
「まあ、なんじゃ。おぬしはどちらかと言われれば好かれている方じゃ。何事も柔軟に対応できているからな。安心するがよい」
「桜花……」
「まあ、それでも怖いと言うのならば……儂が話でも聞いてやる。断り難いことがあるのならば、儂も手伝おう。少なくとも、儂はおぬしを信頼しておるぞ。……なんてな」
「~~~~~っ!」
冗談めかして言ったら、音田がなぜかわなわなとしていた。
あ、あり? なんか、さらに顔が真っ赤になっている気がするのじゃが……どうしたのじゃろうか?
「……じゃ、じゃあ、私が助けてって言ったら……?」
「そりゃ助けるぞ? 今言ったばかりじゃからな」
「……そ、そっか。…………そっか」
むぅ? 今度は嬉しそうな表情……。
もしや、そこまで張りつめていたのか?
それにしては、何か違うような気がするが……。
「……ね、ねえ桜花」
「なんじゃ?」
「あの、さ。あんたのこと、名前で呼んでもいい……?」
「名前? 構わんぞ」
別に、名前呼びをされるくらい、大したことじゃないからのう。
それに、その方が距離が近くなった感じがして、音田も安心できるはずじゃからな。
「じゃ、じゃあ……ま、まひろ」
「うむ。……となるこれは、儂もおぬしのことを、美穂、と呼べばよいか?」
「……ふぁ!?」
「なんじゃ、驚いて。よいのか? 悪いのか?」
「べ、別にっ、構わないっ……わよっ? す、好きに呼べばいいじゃない」
頬を赤く染め、そっぽを向きながらも許可は得られた。
「そうか。ならば、これからは美穂と呼ぶことにしよう。……では、さっさと残る作業も終わらせるぞ、美穂。話過ぎた」
「わ、わかってるわよ! ……えへへ」
どうやら、調子が戻ってきたようじゃな。
……しかし、最後に軽く笑っていたような気がするが、そんなに嬉しかったのかのう? 名前呼び。
それ以来、儂と美穂はよくつるむようになった。
そこには当然、健吾や優弥もいたが、なかなかに楽しい状況だったことは憶えておる。
儂が美穂をそれなりに意識するようになったのは……あれ、いつじゃろ? 自然に『まあ、こやつと恋人関係になったら、それはそれで面白そう』とか思ったしのう……。
いつかはわからん。
「とまあ、大体こんな感じじゃな」
「「「「お、お~……イケメン……」」」」
「そうかの? まあ、あの頃の美穂は何と言うか、めんどくさい奴じゃったからのう」
「う、うるさいわね。別にいいじゃない。本当に怖かったんだし……」
「そうか。ま、今はこうして気心知れた者がおるし、心配もいらんじゃろうがな」
「そうね。そこの辺りは、本当に感謝してるわよ、まひろ」
「うむ、苦しゅうない」
「ぷっ、何よそれ」
はははは、と笑いあう。
うむ、今の美穂の方がよいな。
どうも、九十九一です。
なんか、真面目な話になってしまった……。一応、その場で考えて書いた話なので、ツッコミどころ満載ですが気にしないでください。特に美穂あれこれとか。単純に、正義感的な何かが強かったと思ってくだせぇ。
次の回は不明ですが、早めに出します。次は多分……瑞姫辺りかなぁ。時間はいつも通りか、もしかすると10時かもしれませんのよろしくお願いします。
では。




