日常35 呼び方。アリスティアの家の事情が解決
まさかの嫁が増えると言う事態が発生した儂。
「書けたよ!」
「えーっと……はい、大丈夫ですね。あとは、ご両親に残っている項目を書いてもらってくださいね」
「うん! というわけで……まひろ君、これからよろしくね!」
「う、うむ。よろしくな、時乃」
「ぶー! ダメだよ!」
「いきなりなんじゃ」
よろしくと返したら、腕で×を作ると、いきなりダメと言われた。
なんじゃ、一体。
「まひろ君、まだ正式じゃないとはいえ、名字で呼ぶのはおかしいと思うの」
「……む、言われてみればそうじゃな」
それは時乃の言う通りじゃな。
流れやらなんやらが原因ではあるものの、結婚することになってしまったわけじゃし、そうなれば『時乃』と呼ぶのは何かと変じゃな。
「でしょでしょ? だから、名前で呼んでほしいな!」
「とすると、アリスティア、と呼べばいいのかの?」
「それでもいいし、愛称でもいいよ!」
「まあ、アリスティアってちょっと長いものね。ほら、まひろ。責任重大よ。いい感じの愛称を決めてあげなさいよ」
「女の子にとって、好きな人が自分を呼ぶ際に特別な呼び方をするということは、かなりグッときますからね。さ、まひろちゃん」
「そう急かすな。しっかり考えるわい」
そう言うと、パッと笑顔を浮かべて期待を込めた視線を儂に向けてくる時乃。
ふーむ……呼び方……愛称のう……。
時乃は普段、同僚の女子からは『アリス』とか『アリスちゃん』とか呼ばれておったな。正直、それでもいいと思うのじゃが……いや、駄目じゃな。
つい先ほど、特別な呼び方にグッとくる、と瑞姫が言っておった。
それは時乃と同じ女子の視点からの発言であると考えれば、時乃自身もそう思っておるに違いあるまい。
ともなれば……もっと別の愛称を考えるのがよかろう。
時乃=C=アリスティア。
ふーむ……。ときの……クロック……時計……ウォッチ……違う。そもそも、名字とミドルネームを愛称にするのは、絶対に変じゃな。
となれば『アリスティア』の方をどうにかうまい具合に愛称にするのが一番よさそうじゃな。
しかし、アリス、と言うのは既に使用されておるからのう……。
となれば、それ以外に考えねばならぬ。
リステ……は、なんか違う。ティア……は、悪くはない。候補。リティア……は、なんかちょいと無理矢理な気もする。違う。アリア……ふむ。アリアか。悪くはない、な。
「アリア、なんてどうじゃ? ちと安直かもしれぬが」
個人的に一番いいと思った愛称を口に出して尋ねる。
時乃は言葉を反芻するように目を閉じて考え込むと、一度大きく頷き満面の笑みを浮かべて言った。
「うん! いいね!」
どうやら、受けたらしい。
割と安直な考えだったのじゃが……まあ、本人がいいのならよいか。
「では、アリアと呼ぶとしよう」
「――っ! まひろ君!」
「む、なんじゃ? アリア」
「わぁ~……! すっごく嬉しい!」
名前を呼ばれたので、アリアと呼ぶと顔を赤くさせながらはにかみ顔を浮かべつつ、とても嬉しそうに言う。
ふむ、やはり女子的には特別な呼ばれ方は受けるらしい。
覚えておくとしよう。
『……なぁ、見ろよ、あの桃色空間』
『あの野郎、羨ましすぎる……』
『女に変わってもなお、一途に思い続けるとか、マジ時乃はヒロインだと思う』
『そりゃ鈍感朴念仁睡眠大好き野郎の桜花でも落ちるわ』
『すでに二人嫁がいたがな』
『『『クソがッ!』』』
……野次馬がうるさいのう。
というか、男どもの怨嗟の籠った視線が半端ない。
やはり、ハーレム状態の儂に対して嫉妬心を隠し切れないのじゃろう。
儂は別に他人がどうなろうと関係ないが、一般的な男であれば嫉妬を持つのは割と普通であると言う。何せ、優弥がモテていることに対して、嫉妬心を抱く男たちが学園にいたからのう。
儂と健吾は特に何も思わなかったが。
『わぁ、アリスちゃんのあの幸せそうな笑み! 素晴らしすぎる!』
『念願だったもんね、桜花君と結ばれるのは』
『でもすごいよね、桜花君。だって、もうすでに二人も旦那さんがいるのに、さらに受け入れるんだよ? やっぱり、どこかずれてるよね』
『きっと、ドンファンなんだよ!』
『『『まあ、天然女たらしだからね』』』
女は女で、なんかうるさいし。
というか、『天然女たらし』て……。
儂、そのようなものになった覚えはないんじゃがなぁ……。
「……あ」
「む、どうしたのじゃ、アリアよ。急に気まずいような表情を浮かべて」
「あ、いや、その……お恥ずかしながら、うちは貧乏で、結婚式とか厳しいなーって……」
「あら、そうなのですか?」
「うん……。実はね――」
と、アリアは話し出した。
どうやら、アリアの家――というより、父親が勤めている会社と言うのはまあ、ドブラックらしく、休みがほとんどないというのに給料は安い。
生活自体も厳しく、アリアがバイトをしてもギリギリらしい。あと、両親が優しすぎるのか、アリアがバイト代を渡しても『大丈夫』と言ってアリア自身の貯金にさせておるそうじゃ。
しかし、家計はどんどん火の車になり、今はそれなりにもっているものの、おそらく夏までにはさらに深刻化するかもしれない、とのこと。
「なるほどのう。アリア、おぬしの祖父母はどうなのじゃ?」
「……パパの両親はもう他界しちゃってて、ママの方は駆け落ち同然だったから勘当されちゃってるみたいで……援助とかは期待できないの」
「それはまたとんでもない家庭ね……」
「うん……。冷静になってみれば、まひろ君たちに迷惑がかかっちゃうかも……」
と、しょんぼりとした様子のアリア。
何やら、今にも先ほどのやりとりを撤回しそうな雰囲気。
……ふぅむ、どうしたものか……。
「あの、アリスティアさん」
と、儂がどうしたものかと唸っておると、瑞姫がアリアに話しかける。
「あ、えと、羽衣梓さん、なにかな?」
「あ、わたしのことは瑞姫で大丈夫ですよ」
「じゃ、じゃあ、瑞姫ちゃんで。それで、えっと、何かな?」
「つかぬことをお聴きするのですけど、アリスティアさんのお父様って、ウィリアム、というお名前でしょうか?」
「パパを知ってるの?」
「あ、やっぱり。はい、知っていますよ。お父様も知っているのです。なんでも、かなり評価しているとか」
何やら、瑞姫はアリアの父親を知っておるらしい。
それに、父上の方も。
「評価?」
「はい。営業のお仕事をされていることも知っています。そして、その取引では必ずと言っていいほどに信頼を獲ってくるとか」
「そう、なの?」
「間違いありません。たしか、アリスティアさんのお父様が勤めている会社は、わたしのお父様が経営している会社の傘下の子会社の一つだったはずです」
「会社……? あれ? 瑞姫ちゃんのお父さんってどんな人なの……?」
「あ、そう言えばその辺りはまだ言っていませんでしたね。えーっと、わたしのお父様は羽衣梓グループの会長です」
何でもない風に瑞姫が父親のことを言うと、店内が騒然となった。
まあ、あの羽衣梓グループの令嬢がここにおればなぁ……。
『ちょっ、羽衣梓グループ? 今羽衣梓グループって言ったか!?』
『とんでもねぇ大企業じゃねーか!』
『ちょっと待て! てことは……桜花の野郎、逆玉しやがったのか!?』
『羨ましすぎんだろ!』
『うっわー、桜花君とんでもない人と結婚してたんだ』
『……そのお嬢様と結婚してるのに、まったくそれを大っぴらにしないとか、やっぱずれてる』
『天然女たらしは、お嬢様にも発揮したんだ』
『『『さすがすぎる……』』』
うーむ、店内はざわざわしておるのう……。
まあ、当然か。
「ま、まひろ君そんなとんでもない人の娘さんと結婚したの!?」
「まあ、そうなるな」
「早く言ってよぉ!」
「はは、すまんすまん。というか、名字で察しておるのかと思ったのじゃが……なんじゃ、気づいておらんかったのか」
「気づかないよ!」
怒ったように強く言うアリア。
ふむふむ。あの元気溌剌としたアリアがこうなるということは、それだけすごい企業なんじゃな、羽衣梓グループというのは。
……ふーむ。となれば、尚更儂の父上と母上が気になるところではある。
なぜ、知り合いじゃったのか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないな。
「変ですね……」
「どうかしたの? 瑞姫」
「あ、はい。アリスティアさんの家のことでちょっと」
「あたしの家? えと、何かおかしい事でもあるの……?」
「そうですね。お父様のグループの傘下の会社とは言え、アリスティアさんのお父様が務める会社の給料はそれなりだったはずです。それなのに、家計が火の車、と言うのは変だと思ったのです」
「ふむ……。となると、何かが原因でしっかりとした分の給料が払われていない、ということかの?」
「可能性はありますね。お父様が知るほど評判がいい方の給料が安いなんて、あるはずありませんから」
なるほど。
儂は別に経営や給料についてはよくわからぬが、それでもなんとなく悪い可能性と言うのは思いつく。
「……ねえ、それって結構まずいことなんじゃないの?」
「そうですね。もしかすると、給料を誰かが減らしている可能性がありますから。一応、アリスティアさんのお父様が、実は裏でお金を使っていた、という可能性もありますが――」
「パパは絶対にそんなことしないよ!」
「まあ落ち着け。あくまでも、可能性じゃ。誰も、おぬしの父親がなにかよからぬことをしているとは言っておらん」
「ご、ごめんね」
「大丈夫です。わたしも悪いですから。……ともあれ、アリスティアさんのお父様のことですね。少し、お父様に訊いてみましょう」
そう言うと、瑞姫はスマホを取り出して電話をかけ始めた。
その状態が数分ほど続く。
その間、瑞姫は丁寧に説明を行っていた。
話は順調に進んでおるようで、瑞姫の表情は柔らかい。
「――ありがとうございました。はい、確認が取れました」
しばらくし、通話が終了すると同時に、瑞姫がそう切り出す。
「早いな」
「確認と言っても、あくまでも会社の方だけです。ですが、何やら不正をしていた疑惑が出ていますね、アリスティアさんのお父様が勤めていた会社は」
「そ、そうなの!?」
「それは、驚きね。あの羽衣梓グループの傘下が……」
「いくら傘下と言っても、それこそかなりの数がありますから。すべてを細かく把握しきるのは不可能です。どうやらそれが裏目に出たようです。ただ、アリスティアさんのお父様が本来得るべき給料が払われていない部分があるようです」
「え!?」
突然のカミングアウトに、アリアは驚愕の表情を浮かべる。
これには、アリアだけでなく美穂の方も驚いておった。
「なので、お父様が即刻調査させると言っていました」
「仕事が早いのう……。今日からとな」
「はい。これは由々しき事態ですので。まあ、不正をしていた以上、縁を切ることになりそうですが」
「そ、それじゃあ、パパのお仕事は……」
父親が職を失うことになるのでは、と不安そうにするアリアじゃったが、瑞姫が優しく微笑む。
「安心してください。お父様はこう言いました。『ならば、時乃さんをもっと上の方へ引き込むチャンスというわけだな! あと、不正に関与していない者たちは、別の会社に異動させるとしよう』と」
「そんなことまで……」
さすが、瑞姫の父親じゃな。とんでもないことを言いおる。
「なので、安心してくださいね」
「じゃあ、結婚式って……」
「挙げられますね。というより、この辺りはわたしのお父様が色々としてくれるそうなので、あまり心配とかいらないのですけど」
「あ、そうなんだ」
瑞姫の父親は、家を建てるのに社員を総動員して土地を探させるほどじゃからのう……。
それくらいは当然なのじゃろう。
「ですので、アリスティアさんのお家は結果的にお父様が支援することになりました」
「え、なんでそうなったの!?」
「概ね、『結婚するということは、間接的に娘になるということ。つまり、娘が増える。それなら援助しても全く問題ない! むしろ、バンバン援助するぞ!』とか言いおったんじゃろ」
「あ、正解です、まひろちゃん」
「……とんでもないわね、瑞姫のお父さん」
「でも、なんだか申し訳ないような……」
さすがに援助を受けるのは、とあまり乗り気でない様子。
たしかに、いくら相手がとんでもない金持ちだからと言って、ほぼ無償で援助してもらうと言うのはかなり気が引ける。
じゃが、それすらも折込済みだったかのように、瑞姫がこんなことを言った。
「ちなみに、今援助を受けると、『水無月学園』へ通えるようになります」
「ほんと!?」
「はい。わたしと美穂さんは同じなのに、アリスティアさんだけ違うと言うのもへんですからね。それに、アリスティアさんは将来有望そうですからね。先行投資みたいなものだそうですよ。水無月学園は色々と揃っていますし、進路も充実していますから」
「た、たしかに……」
瑞姫の言う通り、アリアの成績の観点から見れば、翁里高校はちと役不足と言えるかもしれぬ。こやつは地味に成績がいいからのう。
そう考えれば、進学校でもある水無月学園に通うの一番いいかもしれぬ。
「儂は、おぬしと同じ学園に通えれば嬉しいぞ」
「じゃあ行く!」
「即決かい!」
儂が嬉しいと言っただけで、さっきまでの申し訳なさそうな態度は何だったんだと言わんばかりに、眩しい笑顔で即決した。
さすがすぎる。
「それはよかったです。では、お父様に連絡しておきますね。あ、試験は受けることになりますけど……大丈夫ですか?」
「うん! 予習復習は欠かしてないから、問題ないよ!」
「それはよかったです。では、そのように」
「楽しみだなぁ」
なんだかのぅ……。
この後、忘れていた遅めの夕食を食べて、この日はお開きとなった。
後日、マジで不正が発覚し、縁を切ることになったそう。
それに伴い、不正に関与していないかった者たちは軒並み異動となったそうじゃ。結局はグループ内の別会社じゃがな。なので、転勤と言えるかもしれぬ。
ともあれ、まさかすぎるご都合展開により、アリアの貧乏が解決された。
お嬢が強すぎる。
どうも、九十九一です。
とんでもねぇご都合展開になりましたが、許して。単純に、アリスティアを水無月学園に合流させたかっただけなんで……。あと、眠かったので……。
明日も10時だと思いますので、よろしくお願いします。
では。




