日常33―裏 修羅場前。一途な同僚
遡ること数分前。
高校生バイトはこの時間で終了し、それぞれ更衣室で着替える。
終了となると、いち早く着替えて帰り支度を済ませるのはまひろである。布団が大好きなまひろは、基本的に終了となるや即座に更衣室に駆け込み、三十秒以下で着替えを済ませて帰って行く。
今日もそのような感じであり、すでにまひろは帰った――と、同じ時刻に上がる者たちは思っていた。
しかし、実際は異なっており、現在まひろは美穂と瑞姫と合流する直前である。
それを知らない者たち――特に、アリスティアはあることを考えていた。
それは、
(きょ、今日こそ……今日こそはまひろ君と一緒に帰る!)
というものである。
見てわかる通り、アリスティアはまひろのことが好きである。
それはもう、大好きである。
アメリカ人の血が流れているが故か、アリスティアの愛情表現はアメリカンであった。
要は、抱き着いてくることなど当たり前、のレベルである。
当然、まひろはそれを男の時代に喰らっている。しかし、しかしだ。相手は、超鈍感朴念仁睡眠大好き羞恥心ほぼ皆無人間のまひろである。効かなかったのだ。それも、全くと言っていいレベルで。
例えば、まひろがモノローグで語っていたように、ハート型のチョコレートを渡したとしよう。アリスティアにとっては、人生で最も頑張ったバレンタインチョコと言える完成度であり、味も最高。装飾も凝った。これなら、いくら鈍感なまひろと言えど、絶対に伝わるはず! 告白の文字は別の言語だけど!
そう、思っていた。
しかし現実は非常にも、伝わらなかったのだ。
その時の光景がこう。
『まひろ君、これ上げる!』
『む? なんじゃ、時乃。これは……チョコレートか?』
『うん! もらってくれる?』
『うむ。もちろんじゃ。儂は甘いものが好きでな。素直にありがたい』
『いいのいいの! そ、それで、開けてみてくれる?』
『よいのか?』
『うん』
『ならば、開けるとしよう。……ほほう。ハート型とな。おぬしは、可愛いもの好きじゃからのう。わざわざ、それで攻めてくるとは。さすがじゃ』
『え、あの、その形を見て、何も思わないの……?』
『む? うーむ……わからぬ。すまぬ。昔からハート型のチョコレートを貰うものでな。これが義理チョコのスタンダードなのじゃろ? やはり、ハート型は定番なのじゃな!』
という風に、うんうんと頷きながら笑うだけだった。
その時に、アリスティアは思った。
(……鈍感系主人公を落とそうとするヒロインって、強いね!)
と。
普通の思考回路をする者であれば、無理と思い直して恋を終了させるのかもしれないが、割とヒロイン属性なアリスティアは、むしろ燃えた。
意地でも落としたい! そう思ったのだ。
結果として、アリスティアによるアプローチは激化した。
平気で薄着状態(と言っても生地が少し薄い普通の服)で抱き着いてきたり、プールに誘った上で水着姿でまひろの腕を抱き抱えるという、健全な男子高校生であれば一発で落ちそうなアプローチをし、クリスマスにはまひろが好きそうなプレゼントを渡したり、誕生日もプレゼントを渡した。
他にも色々と仕掛けてはいたものの、やはりまひろは手強かった。
まったく、通じなかったのである。
この域にまで行くと、まひろは同性愛者なのでは? とアリスティアも薄々思い始めていた。それかもしくは、単純に興味がないだけなのか。
まあ、事実を言ってしまえば、これらのアプローチは表面上では効いていないように見えたものの、そこそこの効果はあったのだ。
といっても、そこまで強くもなかったのだが。
ちなみに、なぜここまでアリスティアがまひろにご執心かと言えば……まあ、色々あったのだ。一目惚れではない。
実はアリスティア。
日本に住むようになったのは、去年だったりする。
所謂帰国子女、というものだ。
もともとは日本に住んでいたのだが、両親、アメリカ人の父親が急遽アメリカに渡ることとなり、それに合わせて母親とアリスティアは付いて行ったのだ。
そこでは色々とありつつも、用事も済ませた三人は去年日本に帰ってくることになる。
アリスティアが三歳だった時にアメリカに渡ったこともあり、日本語はあまり話せなかったのである。
日本に帰ると知らされたのは中学三年生程の頃であり、その前に最低限の日本語は母親に教えてもらいながら、独学で学んだ。
本人が言っていたように、割と貧乏であるため、日本語を学ぶための学校には行けなかったのだ。
そうして、高校に入学すると同時に、アリスティアは日本に帰って来た、というわけである。
公立高校と言え、学費はそこそこ。
アリスティアの家は経済的に少し厳しい部分があった。
実際、無理をして高校の学費を捻出していたようなものであり、それを見たアリスティアは心の底から申し訳なく思い、バイトをして少しでも学費を稼ごうと思った。
そう決めるや否や早速行動に移したアリスティアだったが、独学と母親による教えのみでの勉強であったため、まだまだ日本語が不慣れだったのだ。
それが原因で、なかなかバイトが決まらず、どうしようかと途方に暮れている時にこの店を見つけ、張り紙に『バイト募集! 飛び入りも歓迎!(履歴書はなくても大丈夫!)』という文字を見て、ダメもとで面接を受けた。
初めて見た店長にはさすがに驚き、少しだけ怖がったものの、普通にいい人であるとわかると、すぐに笑顔を見せ、拙いながらもなんとかバイトをしたい理由を話した。
アリスティア的には、多分ここもダメだろうと思ったのだが、その考えは大きく外れ、店長は満面の笑みで了承した。
店長は驚きと戸惑いと言った二つの表情を浮かべているアリスティアに、こう言った。
『日本語なんて覚えればOK! というか最近、めんどくさがりだけど面倒見のいい男子高校生がバイトで入ったんで、そいつに色々と教えてもらいな! 頭はそこそこいいからな! あと、可愛ければいいし、帰国子女なんてレア中のレア! うちは別に言葉遣いとか関係ないし、友達のような感覚でいいからな! というわけで、今後よろしく!』
外見こそ強面であるものの、店長はとても懐の深い人物だった。
そうして、あれよあれよといううちにバイトに入る日が決まり、初バイト当日。
店長は、アリスティアとまひろを引き合わせた。
『む、おぬしが店長の言っておった帰国子女じゃな? 儂は、桜花まひろじゃ、よろしく頼む』
『時乃=C=アリスティア、デス。よ、ヨロシク、おねがします……』
『……ふむ。なるほどのう。日常会話レベルならば、そこそこ問題ない、と。して、店長におぬしの面倒を見るように言われたのじゃが……儂でよいのか? こう言ってはなんじゃが、儂はあまり、参考にはならぬぞ? 普通、とは言い難い口調じゃからのう』
この時のまひろと言えば、初めて会った時のを前にそんなことを言っていた。
理由はまあ、まひろらしいものである。
会う前はめんどくさいと思っていたが、いざ会ってみて、その拙いながらも頑張ろうとする姿勢を見て、まひろ的には『自分でいいのか?』と心配になったのだ。
まひろはあまり教えるのには自分は向いていない、と思っていた。
そう思っての発言だったのだが、
『だ、ダイジョブ、デス。えと、オーカさん、でダイジョブ』
困ったような笑みを浮かべるまひろを見て、なんとなく本心を見抜いたのか、アリスティアはまひろでいいと答えた。
それに対しまひろは、『そうか』と軽く微笑みそう返す。
それからと言うもの、まひろは付きっきりアリスティアの面倒を見た。
アリスティアは客観的に見てもかなりの美少女である。
まひろのように、恋愛ごとに疎く、そして一般的な男子高校生よりも興味がなかったが故に、間違いなどが起こることもなかった。
下心があった者であれば、間違いなく、嘘を教えて色々とやらかしていたことだろう。
とはいえ。そのような不届き者は、店長が即刻クビにするか、そもそもバイトとして受け入れないのだが。
店長は昔から本心を見抜くことが多く、下心があって近づく者には容赦しなかった。
むしろ、不思議なくらいにそれが的中する物だから、店長を知る者はそれをいつも不思議に思っていた。
と、まひろが付きっきりで面倒を見ていたことと、元々勉強熱心である方だったアリスティアの性格が功を奏し、半年経つ頃には最初の頃は何だったんだ、と言わんばかりに日本語を操れるようになっていた。
さらに言えば、勉強の一環かはわからないが、アリスティアはよくマンガやライトノベルなども読んでいた。本人曰く、『べんきょーです!』だそうだ。
まあ、結果的には日本のサブカルチャーにドはまりすることになったが……。
そしてそれが、まひろを意識させるに至ってしまった。
アリスティアは日本に不慣れだったとしても、れっきとした年頃の乙女。
当然、下心で近づいてくるものは理解していた。
正直なところ、男子高校生が自分の世話係として付けられると店長に告げられた時は、若干困惑した。同時に、もしかすると下心ありなのかも、と警戒すらもした。
ところが、いざその人物と会ってみると、本人自体に下心は全くなく、それどころか丁寧に教えてくれるほどだったのだ。
とはいえ、もしかすると少しずつ本性を現すのではないか? と思い、最初の内は警戒もしていた。
ところが、まひろは全くそう言う面を見せなかった。というより、全く感じなかった。
それに安堵したアリスティアは、それはもう心を開いた。
なるべくまひろと一緒になるようにシフトを組んでもらい、その都度一緒に仕事をしていた。
少しずつ蓄積されていった想いの正体に、最初こそ気付かなかったものの、約半年が過ぎた頃の自分の誕生日に、なんとまひろからプレゼントをもらったのだ。
それが、さきほど軽く触れたサブカルチャー、つまりマンガである。
しかも、少女マンガ。
当然というレベルで、中身は恋愛もの。
しかも何を考えたのか、まひろは全巻セットを贈って来たのである。
理由は単純で、
『面白いぞ』
だけだった。
まひろのマンガやライトノベルに対する趣味趣向は特に決まったジャンルはなく、雑食。それ故に、面白ければ何でも読む質であり、少女マンガもそれなりに網羅していた。
その結果として、自分のコレクションから、比較的読みやすく、同時に巻数もそこまでない本を渡したのである。
余談ではあるが、この時渡した本は、そこそこプレミアが付くような作品であったが、まひろは気にせず渡している。
初めての少女マンガに、目を輝かせながら読んだアリスティアは……そこで、まひろに対し恋をしているのだと自覚した。
まあ、うん。それなりに長い間一緒に仕事をし、しかも自身が通う学校の友人以上に仲がいい相手である。しかも相手は男。
めんどくさがりで口調は変だが、それでも優しい性格であった。
いくら人種差別が少ない日本と言えど、言葉が通じにくい相手だと自然と人が離れていく場合がある。その点で言えば、アリスティアはそこまで問題なかったが、それでもあまり積極的に話しかけようとするものは少なかった。
そんな中、まひろは普通に積極的に話してくれた。
アリスティアからの言葉もしっかりと聞いてくれて、ちゃんと返事を返す。
そんな当たり前のことではあるが、アリスティアにとってはとても嬉しい事だった。
懐くのも当然と言えるのかもしれない。
物心つく前にアメリカに行き、十三年以上向こうですごしたのちに、こちらに戻る。そこは、ほぼほぼ見知らぬ土地と言っていい場所であり、そんな場所で過ごすのはとてもストレスがかかる。
会話だってままならず、最悪の場合は塞ぎがちになるかもしれなかった。
しかし、まひろがいたことにより、そんな事態は起こることなく、順調に言葉を覚えて行った。
で、そろそろ大丈夫だろうと思ったまひろが、誕生日にマンガをプレゼント。
結果それが恋心を自覚させるに至ってしまった。
そうして、今に至る。
温水プールに行ったり、チョコを渡したり、二人で出かけたり、色々としたものの、まひろは友達付き合いだとずっと思いこんでいたため、全然気づいてくれなかった。
苦学生であるので、遊びに行く機会もそこまでなかったのも、余計にアリスティアにダメージを与えた。
不憫である。
というか、これだけわかりやすく積極的にアピールしているというのに、なぜ気づかないのか。同じく『友愛』でバイト、もしくは正社員として勤務する者たちは思った。
『あれだけされれば、どんな鈍感朴念仁野郎でも気づくだろ』
と。
しかし、気づかない。
もうこれ、精神疾患でも患っているのか、過去に恋愛ごとでトラウマでもあるのではないか、単純に空気が読めないバカなのか、それともとんでもねぇ筋肉モリモリマッチョマンが大好きなのでは、それはもう色々な憶測が飛び交った。後半二つはハーフ美少女であるアリスティアに惚れられている事実からくる、男たちのやっかみや嫉妬からではあるが。
とはいえ、この店に嫉妬から逆恨みするような者はいない。みんな、嫉妬はしつつもアリスティアの恋を応援していたのだ。
と言うのも、まひろに惚れた異性は結構いたからである。
ただ、その悉くが身を引いていったのである。
まあ……これだけ鈍感朴念仁であれば、大抵の者は身を引くだろう。
そう考えると、美穂とアリスティアは強い。ヒロイン属性が。
瑞姫に関しては……あれは単純にロリコンという性癖が強すぎた余り暴走して、婚姻届を書かせるということをしたので、一番苦労していない。
ただ、まひろと言えど誰彼構わず結婚するわけではなく、最低限の恋愛感情がなければ絶対に応じない。そこに関しては鋼の意思を持っている。
とまあ、そんなこともあり、男たちはアリスティアの純粋な恋心を応援したのである。
ちなみに、温水プールに行った時のチケットなんかは、そのお節介な男たち――ではなく、女たちからの支援物資であった。
やはり、職場での色恋沙汰というのは、どんな者も興味が尽きないのだろう。
さて、色々とアリスティアの過去話をしたところで現在。
(と、とりあえず、一緒に帰って……それで、できれば告白を……!)
着替えを終えたアリスティアは、燃えていた。
ぐっと握り拳を作り、今日こそは、と強く思った。
帰るのが早いまひろだが、今日ばかりは追いつく! と意気込み、まひろが入って行くのを確認してから、アリスティアも入って着替えた。
乙女パワー的なものが発揮されたのか、女子であるにもかかわらず、四十秒で完璧な着替えを終えた。
早い。
ちなみに、まひろが女になったことで恋愛感情がなくなるということはまったくなく、自分はちゃんと中身で好きになったんだと思ってむしろ喜んだ。
一途である。
そうして、絶対に告白する! と意気込み、裏から表に出ると――
『今日はどのくらい来たのですか?』
『店長が言うには、この時間帯の客入りでは過去最高らしいぞ』
『わ、随分とお客さんが入ったのですね』
『おかげで、非番の同僚も呼ぶ羽目になったがな』
『私たちもささっと食べちゃいましょうか。注文しないとね』
『うむ』
そんな会話が聞こえてきた。
会話の声からして相手が女子であると判断したアリスティアは、自身の第六感が警鐘を鳴らしているかのように感じ、急ぎ足にそこへ向かった。
そして――
「まひろ君。あの、そっちの二人は……誰?」
ドサ……と、自身が持つカバンを落としながら、呆然とした様子で尋ねていた。
「と、時乃……」
いつものはつらつな姿とは逆方向すぎる姿を見せたアリスティアを見て、まひろはなぜか、謎の焦りを感じながら頬を引き攣らせていた。
どうも、九十九一です。
なんか、ちょっとした時乃視点を書いていたら、無駄に話を掘り下げてしまった。どうしよう。美穂と瑞姫よりも特別扱いみたいになってしまったんですが。これはあれですね、その内二人の馴れ初め事態も書いた方がよさそうですね。まあ、区切りがいい所を見つけたら書こうと思います。
明日も10時だと思いますので、よろしくお願いします。
では。




