日常33 お店は大忙し。修羅場突入?
「用件はなんじゃろうか?」
時乃と話しおる最中に客に呼ばれて出てきた儂は、声がしたテーブルへとやってくるなり、そう尋ねた。
これがもし、普通のファミレスであったのならば、今の言葉遣いは間違いなく説教ものじゃが、この店ではこれが許されておる。
というより、店長の方針で、
『そこに気遣いや思いやりさえあれば、言葉遣いは素でいい! というか、そっちの方がなんか受ける。特に、まひろ君』
だそうじゃ。
客曰く、『爺口調の接客は新鮮だから全然あり。というか変えないで!』とか言って来るそうじゃ。
心が広いのか、単純にバカなのかはわからぬが、まあ、普段通りできるならばと、儂は普通にリラックスした状態で仕事に臨めておるわけじゃ。
ちなみに、この店の店名は『喫茶 友愛』。
あの店長の容姿からは想像できん名前じゃろ? 儂も未だに似合わないとか思っておる。
しかし、この店の方針としては合っておるのじゃがな。
コンセプトとしては、友達のような接客、みたいな感じじゃからのう。そこが受けておるようじゃ。
と、そんなわけで、いつも通りに来たわけじゃが……
「む? どうしたのじゃ? お客様よ?」
儂の姿を見るなり、なぜか硬直してしまっておった。
客の数は三人。
歳は三十~四十と言ったところか。
……ま、普通に常連なんじゃがな。儂も顔見知りじゃし。というか、こやつらはあれか。さっき高畑が言っておった、儂を見に来た酔狂な者たちか。
ふむ。
「あー、固まっておるところすまぬが、儂じゃ儂。桜花まひろじゃ」
『『『え!?』』』
固まっている理由を大体察した儂は、事実を伝えた。
「お、動いたな。ほれ、あれじゃ。『TSF症候群』じゃよ。儂、あれを発症してしまってのう。結果、今のような姿じゃ。なんで、今後はこの姿で頼むぞ」
『ま、マジ? 君が、あのまひろ君なのかい?』
『うっそだー。だって、まひろ君と言えばぐーたらな男の娘だったじゃないか』
『そうそう。まひろ君はぼっさぼさの黒髪黒目だろ? それが、あの伝説的病を発症しただけで、こんなとびきり可愛い幼女になるとか……』
『『『ないない』』』
「……嘘ではない。儂じゃ。というかじゃな、こんな口調しておる店員なぞ、儂くらいのもんじゃろ」
むしろ、この店で特徴的な口調をしておるのは儂くらいじゃからな。
他は、割と普通な感じじゃし。
『……ふーむ。言われてみれば、たしかにそうだな!』
『んだな! いやー、身近に発症者がいないから、突然知り合いが発症すると戸惑う、ってよく言うけど、理解理解! こりゃ、たしかに戸惑うわ!』
『爺口調の男の娘がのじゃろりとか。属性変わりすぎだって! まひろ君最高!』
『『最&高!』』
「……まったく。調子のいい奴らじゃ」
わははは! と三人で大笑いする常連を見て、儂はふっと笑みを零す。
この店に来るものは、みなこう言うものばかりじゃからのう。あまり心配はいらなさそうじゃな。
めんどうごとがなければ、別段問題はなかろう。
「して、用件はなんじゃ? テーブルを見る限り、注文かの?」
『おっと、そうだった。俺、ハンバーグ定食とコーヒーね。あ、ブラックでよろ』
『今日のおすすめとカモミールティー』
『オムハヤシとジンジャーエール』
「うむ。ハンバーグ定食、ブラックコーヒー、今日のおすすめにカモミールティーと、オムハヤシ、ジンジャーエールがそれぞれ一つずつじゃな。かしこまりじゃ。少々待っておれ」
注文票に品々を書き、儂は軽く微笑みながらそう告げて厨房に引っ込んでいった。
『やっべ、のじゃろりのまひろ君とか、可愛すぎだろ』
『まひろ君ファンの常連とか、悶絶するんじゃね?』
『しそうしそう。だが、とりあえず俺達は見守る方向で行こう。迷惑はかけられないしな!』
『『その通り!』』
愛されている、のじゃろりだった。
さて、そんなこんなで久々のバイトじゃが……
『すみませーん! こっちもお願いします!』
『あ、こっちも!』
『お冷のおかわりをください!』
「な、なんじゃ!? なんでこんなに忙しいのじゃ!?」
今日はとことん忙しかった。
というか、マジでなんなんじゃ、この忙しさは!
急に人が多く来始めたのじゃが!
くぅっ、三人でホールを回すのが地味にキツイぞ!
「まひろ君、あっちの片づけはあたしがやるから、向こうの注文お願いできる!?」
「ま、任せよ! 何とかする!」
「桜花先輩! 6番テーブルの人が水を零しちゃったらしいっす!」
「マジで!? て、手が足らん! 店長―! 助っ人! 助っ人が欲しいぞ!」
「おーう、んじゃ、適当に応援を呼ぶんで、そいつらが来るまで持ちこたえろや」
「超特急で来てくれと言っておいてくれ!」
「りょーかい」
くっ、他人事だと思って気楽そうに……!
まあ、とにかく応援を呼んでくれるのならば構わん。とにかく今は、この馬鹿みたいに忙しい状況を三人で持ちこたえねば!
「ああああああぁぁぁ……無理。まぢむりぃぃ……」
「あ、あたしも、さ、さすがに、疲れたっ……」
「………………」
「まひろ君はだいじょ――って、ま、まひろ君!? な、なんかぐでっとしてるけど! というか、白くなってるよ!?」
「へ、へへへ……じ、爺ちゃん、そっちか? そっちに行けばよいのか……? ふっ、今行くぞ、爺ちゃん……二人で永住――」
すごいのう……ここは随分と綺麗な花畑なのじゃなぁ……。
爺ちゃんはやはり、素晴らしい場所で暮らしておったのか。
儂も行かねば……。
「ちょっ、桜花先輩しっかり! ってか、そっち行ったら死ぬ! 絶対死ぬって!」
「まひろ君起きて起きて! そっち行ったら死んじゃうから!」
「ハッ! わ、儂は一体……」
「よ、よかったぁ……。突然、亡くなったお爺さんのことを言うんだもん。びっくりしちゃったよ」
そう言う時のは、目に見えてほっとしおった。
よく見れば、高畑も胸をなでおろしておる。
「……なんじゃ、夢じゃったか」
しかし、儂はと言えば、がっかりじゃった。
「なんで露骨にがっかりしてるんすか!? というか、どんだけ爺ちゃん好きなんすか!」
「儂にとって、爺ちゃんは親みたいなもんじゃったからのう……。両親は滅多におらんかったからな。爺ちゃんによく面倒を見てもらっておったのじゃ」
それならば、好きでもおかしくなかろう。
ある意味、両親以上に親をしておったわけじゃからな。
「筋金入りっすね」
「別に何と言われようと構わぬ。……しかし、今日はやけに忙しいのう。応援が来るまでてんてこ舞いじゃったぞ。おかげで、体力がほぼ空じゃ」
「だねー。やっぱり、まひろ君が原因なのかな?」
「儂?」
「あー、絶対そっすよ。だって、桜花先輩マジで可愛い幼女になっちゃいましたっすから。常連の間では先輩の話題で持ちきりっすよ」
「マジか。となると、儂が接客した時に、やけに視線を感じたのは……」
「まあ、それが原因っすね。さっきも言いましたけど、先輩ってそれなりに人気だったっすから。そんな人気者がロリになったら、そりゃ話題にもなるっすよ」
「……なるほどのう」
たしかに、高畑の言うことには一理ある。
何度も言うように、儂のこの容姿は儂の理想の異性を具現化したもの。
日本人と言えば、サブカルチャー大好きな者が多い。アニメやらゲームやらに好みのキャラがおれば、大体理想像として好みのキャラを当てはめるもの。
となれば、儂のこの容姿も割と受ける、ということ。
儂とて、鏡を見る時には『ふむ。まあ、それなりに可愛い、かのう』とか思っておるしな。まあ、理想じゃから当然ともいえるが。
ちなみに、もしもこれが儂自身でなければ、一目惚れをしておった自信がある。
「それは、応援の者たちには気の毒なことをしたのう……。応援で入ったら、ここまで忙しくなるとは思ってはおらなかったろうからな。後で、飲み物でも奢ってやるとしよう」
気の毒そうにてんてこ舞いでホールを動き回っている同僚を見ながら、儂はそう決めた。
あれは、それくらいした方がええじゃろ。
「桜花先輩って、地味に優しいっすよね」
「地味にとはなんじゃ、地味にとは。儂は優しい方じゃぞ?」
「いや、自分のことを優しいとか言う人は、あんなスパルタ方式で勉強教えないっすよ……」
「む? 言うほどスパルタか? あれくらいで音を上げておるようじゃ、まだまだじゃぞ」
「いやいやいやいや! あれはスパルタっすよ!? 普通、一問ミスっただけで電流流します!? あと、出してくる問題がマジでレベチすぎるし! それに、俺と先輩の学校全然違うし、偏差値もそっちの方が高いのに酷いっすよ! 知ってます? 俺、無駄に電気に耐性がつきつつあるんすよ!?」
そう言えば、そういう勉強法じゃったのう。
こやつはとにかく馬鹿じゃったから、数をこなす必要があった。
しかも、すぐに眠くなるのか、居眠りまでする始末。
そこで考えたのが、電気ショック勉強法。
寝そうになったり、解いた問題が間違っている度に、電流を流しておった。
あの程度であれば、問題ないと思うんじゃがな。
「ほう、それはよかったのう。では、次に勉強を教える際は、もっと電流を強くせねばな」
じゃが、耐性がついたというのであれば、話は別じゃな。
ちと威力を上げるとしよう。
「ほら、やっぱ優しくない! 俺、死ぬっすよ!?」
「安心せい。儂とて鬼ではない」
「絶対嘘だ!」
「嘘ではない。ギリギリ人体が許容できるくらいの電流を流すだけじゃ」
「あんた鬼だよ! それ、ほとんど生と死を彷徨うようなもんっすよ!? 俺を殺す気か!」
「死ぬ気でやらねば、身につかん。特に、おぬしの場合はな」
「ぐっ、畜生……言い返せねぇ……!」
悔しそうに歯がみしながら、拳を握る高畑。
「相手をボコボコする際は、やはり正論でボコボコせねばならんからな」
「……先輩、ぜってー俺の事嫌いっすよね?」
「そんなわけないじゃろ」
「……ほんとに?」
「うむ。この上なく……いじりがいのある後輩じゃと思っておる」
「やっぱひでぇ!」
ふっ、このやり取り、やはり良いものじゃのう……。
高畑はこうでなくてはな。
「あははは! 本当に、仲いいよね、二人とも。なんだか妬けちゃうよ」
「ちょっと待て時乃! どこに妬く要素あった!?」
「んー……付きっきりで勉強を教えてもらってるところ?」
高畑のツッコミに対し、顎に指を当てて考えるそぶりを見せた後、にっこり笑って時乃はそう言った。
「……お前もおかしいよ!」
「そうかな? でも、店長さんほどじゃないと思うけどな、あたし」
「たしかに。店長は変わっておるからのう。時乃は普通の可愛い女子高生じゃろ」
「あ、可愛いって言ってくれるんだ」
「そりゃ、時乃は可愛いからのう。当たり前のことを言っただけじゃぞ」
「そ、そっか。えと、あ、ありがとう……」
「む? なぜ顔を赤くしておるのじゃ?」
「ちょ、ちょっと風邪気味かなーって!」
「ふむ。どれ」
あたふたとする時のを見て、儂は座っている時乃の額に手を伸ばし、手のひらを当ててみる。
「ふぇ!?」
「……うむ。問題なさそうじゃな。風邪ではないと思うぞ」
儂が触った瞬間、ちと可愛らしい声を上げたが、気にせず計る。
しかし、特に熱があるようには感じなかったので、うむと頷き、儂は手を離した。
「しかし、顔は赤いしのう……。時乃よ。無理しない方がいいと思うぞ? 風邪は万病のもととも言う。大きな病気になれば、心配じゃからのう」
「し、心配って……。じゃ。じゃあ、仮に、あたしがまひろ君に看病して、って頼んだら、まひろ君は看病してくれる?」
「まあ、構わんぞ? おぬしのことは気に入っておるのからの。それに、同僚云々を抜きにしても、儂は心配じゃからな」
「……そ、そうなんだ。えへへ……」
む? なぜはにかんだのじゃろうか?
ふぅむ。時たま、こう言う仕草を見せるが、一体どういう意味があるのじゃろうか?
考えられる可能性の一つとして……儂のことが好きなのでは? と思ってしまうが、まあ、ないじゃろう。
こやつは、仲の良い相手には割とこういう面を見せていそうなものじゃからな。
知らんが。
「……俺、お邪魔じゃね?」
それは別として、こやつは一体何を言っておるのじゃろうか。
そんなこんなで忙しかった久々のバイトも終わり、儂は私服に着替える。
「お疲れ様じゃ」
「お疲れ様っす!」
「お疲れ」
「おつ!」
いつものように挨拶をすれば、他の者たちも返してくれる。
うむうむ。やはり、こういうアットホームな感じはよいものじゃのう……。
さて、そろそろ来ておる頃じゃろうか。
儂は裏から表に出てくると、目的の人物を探す。
すると、意外とあっさり見つかった。
とことこと近づくと、二人も即座に儂に気づき、パッと笑顔を浮かべた。
「お疲れ、まひろ」
「お疲れ様です、まひろちゃん」
「うむ。ふぃ~~……腹が空いたのう……」
「その様子ってことは、かなりのお客さんが来たってことね」
「それはもう、大変じゃった。モテる女は辛いのう」
「あんたが言うとギャグね」
「じゃろ?」
こう言う軽口のたたき合いをすると、こう、なんか落ち着く。
さすが美穂。
「今日はどのくらい来たのですか?」
「店長が言うには、この時間帯の客入りでは過去最高らしいぞ」
「わ、随分とお客さんが入ったのですね」
「おかげで、非番の同僚も呼ぶ羽目になったがな」
その者たちには、先ほど飲み物を差し入れしておいたので、問題ないと思う。
にやけられたが。
「私たちもささっと食べちゃいましょうか。注文しないとね」
「うむ」
「じゃあ、わたしが早速――」
と、瑞姫が言いかけた時じゃった。
「……え?」
ドサっと何かが床に落ちる音が聞こえた。
それは、儂らが座っておる場所からかなり近い場所からじゃった。
何の音かと思い、儂らは音のした方を振り向く。するとそこには……
「まひろ君。あの、そっちの二人は……誰?」
呆然とした表情を浮かべながら、そう尋ねてくる時乃じゃった。
…………な、何じゃこの雰囲気。まさか……修羅場か!?
どうも、九十九一です。
先に言っておきます。明日の投稿は、ちょっと時間がずれると思います。多分、午後。午前は厳しいかもしれないので、そう覚えておいてください。ただ、場合によっては出せない可能性もありますので、ご了承ください。
出せたら15時か17時だと思いますので、よろしくお願いします。
では。




