日常26 被害そこそこ。男時代の習慣が抜けないまひろ
授業が始まり、初手から困ったことと言えば、
「前が見えぬ……」
前が見えないことじゃった。
そもそもの話、今の儂は小学生レベルの体をしておるので、高校生相応の体をしている者しかほぼいない学園では、まず前が見えない。
というか、隙間を使って黒板を見ようとしても、その先におる者たちで隠れて全然見えんし、そもそも椅子が合っていないのも問題じゃ。
高い。この体には高すぎる。
え? 体を成長させればいいって? んなもん、デメリットがきつすぎるわ。儂、昼休みになる前に腹が空いて倒れてしまうぞ。
色々と面倒なデメリットしかない儂の能力は、日常生活だと家の中とかでしか使うことはない。いや、買い物の時とかには使っておるな。力弱いし。
じゃが、学園ではそうもいかん。
第一、あっちのサイズは作ってもらってないからの。
となると、作ってもらえばいいということになるのじゃが……そもそもの話、一日に何度も変身するのはめんどくさい。何がめんどくさいって、腹が空くし、いちいち着替えなければならんのがめんどくさい。
あと、採寸するのがめんどくさい。
よって、作らん。
そもそも、この体の方が楽なのじゃ。
瑞姫に抱っこしてもらえるからの。
もう儂、あれなしでは生きられんかもしれん。
だって、気持ちよすぎるし、楽なんじゃもん。
まあ、さすがにトイレの時は我慢してもらうが。
「まひろちゃん、黒板見えますか?」
ふと、儂が困っているのを察したがごとく、瑞姫が儂の方を見ながらそう尋ねて来た。
「見ての通りじゃ。前がよく見えなくての。ちと困っておるところじゃ」
「やっぱり、そうなのですね。うーん……では、こうしましょうか」
「む?」
「先生」
何かを考え込んだ後、体を前に戻すと手を挙げた。
『羽衣梓さん、どうかしましたか?』
「えっと、まひろちゃんがちっちゃくて黒板が見えないそうなので、一緒に授業を受けてもいいでしょうか」
『あぁ、そう言えば桜花さんは小さな女の子になってしまった、とのことでしたね。はい、構いません。授業をちゃんと受けられないのは問題ですから』
「ありがとうございます。では」
そう言うと、瑞姫は儂の勉強道具を全て自分の机に移動させ始めた。
一体何をする気なんじゃろうか?
小首を傾げて不思議そうに瑞姫を見ていると、瑞姫が席から立ち、儂の横へ来た。
すると、儂の体を持ち上げてそのまま抱っこし、自分の席に座ると、儂をそのまま自分の膝の上に乗せた。
ふかふかで弾力のある太腿が、儂の尻の下から感じられる。
「あー、瑞姫? これは、どういうことじゃ?」
「見えないと言っていたので、これならば見えるかな、と。あと、仮に見えなかったとしても、わたしのノートを見れば問題ありませんから!」
「……いや、それはそうじゃが、これ、おぬしが勉強しにくくはないか? 二人分のノートとか、さすがに書きにくいような……」
実際、瑞姫の机の上には、所狭しと二人分の勉強道具が置かれている。
教科書は瑞姫の物のみじゃが。
「いえ、決してわたしがまひろちゃんのキュートなお尻を感じ取りたいとか、授業中でも触れあいたいとか思っているわけではなく、純粋に心配だったので、こうしてまひろちゃんのお尻を堪能しているのです」
「……欲望が漏れ出ておるし、そもそも、隠しきれておらんぞ」
これが休み時間であったならば、儂は大声でツッコミを入れたかもしれんが、今は授業中。変に教師に目を付けられるのは、めんどうなので避けたい。
そのため、声は小さくなるわけじゃ。
それにしてもこやつ、言っていることが完全におかしなことになっておるぞ。
最後に至っては、本音と建前が逆になっておるし。
アウトじゃろ、限りなく。
……まあ、なんかもう慣れてはおるんじゃがな、儂も美穂も。
瑞姫の変態的行動が発生した授業終わりの休み時間。
「儂、ちとトイレに行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
「いってらっしゃーい」
トイレだけは一緒に行くのは勘弁! と言った結果、二人は渋々ながらも了承してくれた。
いくら結婚したとはいえ、さすがに、のう?
あと、この体になってから、どうにも我慢がしにくくなった。
なんでも、男と女では色々と体の構造が違うらしく、女の方が我慢しにくいのだと。難儀なものじゃ。おかげで儂も、最近ではトイレが近くなってしまった。
何かと不便ではあるのう……。
一人で歩いておると、儂が物珍しいのか、やけに視線が儂に飛んでくる。
まあ、幼女じゃしな。
小学生くらいの小さな少女が、制服を着て歩いておれば、気になって見てしまうというもの。儂だって、逆の立場なら見るしな。
『『『!?』』』
ガチャリと扉を開けて、中に入るとなんかやけに驚かれた気がする。
気のせいじゃろう。
なので、儂はいつも通りに用を足そうとスカートを下ろそうとしたところで、
「ま、まひろさん!? なんで男子トイレに入ってきてるんですか!?」
優弥が慌てて儂に駆け寄ってきた。
「む? ……おっと、間違えてしまったようじゃ」
「いや、間違えたってレベルか!? お前は女子トイレの方だろ!」
「ははは! いやー、学園のトイレに入るのは今日初だったもんじゃから、ついつい男の時の習慣で入ってしまった。すまんな」
いかんのう。
女になってから、そこそこの時間は経ったものの、未だに男時代の癖が抜けておらんようじゃな。
まさか、トイレを間違えるとは。
「笑い事じゃなねーから! 見ろよ、あっちで用を足してる男たちなんて、お前の登場でびっくりしすぎて、クッソ恥ずかしそうじゃねーか!」
「んー……あぁ、そうか。自分が小さいということを気にしておるのか?」
「お前ドストレートに言うなよ!」
「健吾さん、そんなことよりも、一刻も早くまひろさんを外に出しますよ! これでは、色々とまずいです!」
「合点承知!」
「おぬしらのこういう時の息の合わせ方はすごいのう」
「「呑気に言ってる場合か(ですか)!」」
いやー、失敗失敗。
「ったく、本当に肝を冷やしたぞ……」
「本当ですね……まさか、学園でここまで慌てるとは思いませんでした」
「ははは、すまんすまん」
「笑い事じゃねーよ……」
まあ、仕方ないと思うんじゃよ。
だって儂、十六年男として生きてきたわけじゃし?
二週間やそこらでこの生活に慣れるわけがない。むしろ、すぐに慣れるような奴はあれじゃろ。性的なことに対してやけに積極的な人間とか、女になりたかったような人間だけじゃな。
儂は違うし。
「なんかお前は危なっかしいな……。先週の二日間はあの二人とキスした以外問題らしい問題はなかったから安心していたが、まさか今日やらかすとは……」
「正直、男子トイレに入って、そのまま用を足そうとするとは思いませんでしたよ」
「まあ、元男じゃから、そこまで問題ないと思うんじゃが」
「大ありだよ!」
「む、そうか?」
「当たり前ですよ。いいですか? たしかに、まひろさんは元男性です。ですが、今のまひろさんはハッキリ言って、とても魅力的な容姿をしています」
「まあ、たしかにそうかもしれんが……この姿の儂に興奮する奴とか、普通に変態だと思うんじゃが?」
「お前それ、音田と羽衣梓に言えるか?」
「……言われてみればそうじゃな」
考えてみれば、あの二人はこの姿の儂に興奮するような変態じゃったな。特に瑞姫は。
いや、美穂はもともと儂が好きだったから何とも言えんが……あー、待て。結婚した日のあれを考えると……間違いなく、変態じゃな。ノリノリじゃったもん。
「まあ、まひろさんはとても愛らしい姿をしているので、十分気を付けてください。と言っても、この学園にまひろさんを襲うような方はいないと思いますが」
「む? どうしてじゃ?」
「お前、あの二人と結婚しただろ?」
「したな」
「羽衣梓はとんでもない金持ちの娘だ。当然、そこも有名。OK?」
「うむ、OK」
「となると、そんな金持ちの嫁を襲う、もしくは寝取ろうものなら、そいつは間違いなく……社会的抹殺が待っていることだろう」
「あ、なるほど」
ぽん、と手を叩く儂。
そんな儂を見てか、二人は『はぁ』とため息。
「俺、あの二人がこいつに対してやけに世話を焼く理由がわかった気がするぜ」
「奇遇ですね、僕もです」
「「このマイペースさじゃなぁ……」」
「む? 疲れておるのか?」
「……誰のせいだ誰の」
「儂」
にっこりと笑ってそう言うと、二人は一瞬顔を赤くしつつも、再び『はぁ』と溜息を吐いた。
大変じゃなぁ、男って。
あの後、二人が美穂と瑞姫に言ったことで、今後はトイレすらも一緒に行く羽目になってしまった。
おのれ、健吾と優弥め……。
まあ、これは仕方ない。仕方ないと思うことにしよう。
なんてことを思いながら、体育前の休み時間。
「んじゃま、着替えるかの」
そう言うと、儂はその場で着替え始める。
リボンをシュルっと取り、ブレザーを脱いで、そのままYシャツを脱ごうと上から順番にボタンを外そうとして……
「ストップストップ!」
「なんじゃ、美穂よ。儂、着替えておるんじゃが……」
「バカ! ここは教室よ! こっちで着替えるのは男子だから! 女子は向こうの更衣室!」
「そうですよまひろちゃん! まひろちゃんの可愛らしくも、美しい肢体をわたしと美穂さん以外に見せてはいけません! 見せたとしても、女の子だけです!」
「そうは言うが、正直あっちまで行くのもめんどい」
「めんどいじゃない! 見なさいよ、あんたがここで生着替えを始めるもんだから、男子たちガン見よ!?」
「む? ……いや、その件の男子たちは女子たちに目潰しされておるぞ?」
「え?」
儂の発言に、美穂が振り返ると、そこには
『『『目がァ……目がァァァァァァァァァァッッッ!?』』』
某大佐のように叫びながら、目を抑えて床にのたうち回る男子たちの姿があった。
あれは痛い。
「ちなみに、廊下にいる男子も、近くを通った女子たちに同じようにされておる」
「……女子、強いわね」
「そ、そうですね」
さすがの二人も、周囲の状況には若干引いた。
まあ、これはな。
「……まあ、ともかく行くわよ、更衣室。私が抱っこして連れってあげるから」
「……それならいいか」
「あんたの基準、ホント狂ってるわよ」
ただのめんどくさがりじゃ。
仕方ないので更衣室に来た。
初めて女子更衣室に入ったが……なんか、あれじゃな。甘い匂いで充満しておる。
やはりあれか、女だけだからか。
そう言えば、儂が普段寝ている布団も、朝起きるとふわりと甘い匂いがしたのう。男の時とは若干違っておったし。
たしか、ホルモンじゃったか? まあ、よく知らん。
「美穂よ、あそこにこの服をかけてくれ」
「はいはい。あんたは背が小さいものね。これくらいしてあげるわよ」
「助かる」
更衣室には縦長のロッカーが並んでいた。
しかし、儂には上の方に手が届かない。ハンガーを取ろうと思っても、儂取れんし。なので、美穂に頼んでおるわけじゃ。
「よいしょ……よいしょ……と。ふぅ。男の時と比べて、着替えが楽でいいのう。スカートとか下ろすだけじゃし」
「男子は、ベルトとか外さないといけないしね。あと、夏場とか汗で脱ぎにくそうよね、ズボンって」
「実際そうじゃったぞ。あと、暑い。夏場はキツイ」
あれだけはダメじゃった。
体育終わりに制服を着るのは、儂的には抵抗感があったしの。
「でも、これからはあまり気にしなくてもよさそうじゃな」
「……って、思うじゃない?」
「む? 何かあるのか? 夏場はね、たしかにスカートは涼しい。でも、問題は上よ」
「上?」
「そうですよ、まひろちゃん。夏場は絶対に気を付けてくださいね?」
「なんじゃ、瑞姫まで。夏に何があると言うのじゃ」
「「ブラ透け」」
「……あぁ」
納得。
そう言えば、Yシャツによっては汗とかで透けておったのう。
そう言うのを見て、男子連中が興奮したように話しておった。
「しかし儂、別に気にしないぞ?」
なんて、何気なーく呟いたら、
『『『ダメだよ、まひろちゃん!』』』
「うお!? なんじゃ、おぬしら!?」
周囲にいた女子たちが、一斉に駄目だと言ってきた。
思わず儂もびっくり。
『まひろちゃんのような可愛い女の子が透けたブラを見せるのを気にしないなんて絶対ダメ!』
『まひろちゃんが穢れちゃう!』
『男たちはみんな変態なんだから!』
「いや、そんなこと言ったら儂、元男じゃぞ?」
『『『いや、まひろちゃんって実害とかなかったし、いつも寝てたし、あと女の子っぽかったから全然気にしてない』』』
「……そうか」
……儂、男として見られてなかったんじゃなぁ。
『今度、おすすめのYシャツ教えてあげるね!』
『あと、透けない方法とか!』
『キャミも教えるよ!』
「お、おう、そうか」
女子、可愛い幼女には押しが強い。
それがわかった。
「よし、誰もいないな」
時間ぎりぎりまで粘り、儂は女子更衣室から人がいなくなったことを確認すると、目を閉じた。
「……まあ、リクエストに応えるかの」
そう呟いて、儂は能力を発動させた。
ふっ、なんだかんだで、儂も甘いのう……。
どうも、九十九一です。
なんか、変な切り方になりましたが、気にしないでください。
いやー、やっぱこっちの作品、何かと書きやすいですね。まひろが、ボケとツッコミ両方を兼ね備えているので、たまーに扱い難かったりしますが、まあ、大丈夫でしょう。今は。
ちなみにこの小説、マジでどうやって完結するのかわかりません。何も考えとらん。まあ、なんとかなるでしょ。
明日も10時だと思いますので、よろしくお願いします。
では。




