日常146 お開き。色々と予定を決める二人
「しっかし、凪兄ぃも大変だったんじゃなぁ」
「大学では、武人君に助けられたかなぁ……」
ド天然の疑いが出て来たことはともかくとして、儂は一ヶ月も経過していない凪兄ぃのことを考えて、苦笑しながら大変だったんじゃな、と言葉を零す。
それに対して、凪兄ぃも苦笑しながらそう返す。
ふむ、どうやら本当に手助けをしておるらしい。
アドバイスのおかげ、などとおこがましいことは言わんが、さすがじゃなぁ、葛井先輩は。
やはり、親友とはよい物じゃ。
「やはり、ナンパ的な?」
「そうだねぇ……大学内でも、夏休み前だからか、かなりあったかな。特に、海とかプールに誘う人が多かったかも」
あはは、とさらに苦笑いを深める凪兄ぃ。
「なるほどのう。儂は既婚者故、そう言った誘いはなかったが……のう、翔に未久斗。もしや、おぬしらも夏辺りはそうなるのか?」
儂自身、かなり特殊すぎる日常を送っておったと言うことや、そもそも経験が薄いということから、先輩発症者である翔と未久斗の両名に実際にあるのかどうか、疑問をぶつけてみる。
「あー、そりゃ高校生や大学生じゃあるあるネタだな」
「そうだね。私もあるよ。海というより、プール系の施設が多いかな。というより、必然的に露出度が上がるような場所に誘われやすい、と言った感じかな」
「だな。別に普段から仲良くしてた奴らならいいんだけどさぁ、知り合い程度から、『友人で集まってプール行くんだけど、一緒に行こうぜ!』って言われても、下心が丸見えなせいで、行く気が無くなるんだこれが」
「わかるわかる。私も、女子のクラスメートからよく言われたよ。正直、少女マンガのヒーローたちのような気持ちが理解できたわ。あれは無理」
「だなぁ。俺も、ラブコメのモテるヒロインもこんな気持ちなのかって思ったわ」
などなど、二人は思うところがかなりあるようで、お互いにラブコメや少女マンガで例えておった。
たしかに、あれらはかなりモテるからのう……現実になると、厄介なことこの上ないじゃろうな。
「で、四月朔日さんはどんな感じ?」
「僕も似たようなものかなぁ……あ、この姿になってからサークル勧誘とか増えたかも。僕、アルバイトをしているからやる気ないし……」
「そう言えば、バーでバイトをしとるんじゃったか?」
「うん。僕の叔父さんがマスターでね。一人暮らしの条件で働くことになっているの」
「ほほう。いい店なのかの?」
「すごくいいよ。隠れ家がコンセプトで、日常に疲れた人がやって来て、そこで好きなようにお酒を飲むの。時間があれば、店員と話しをしたりとかね」
「へぇ、それはいいのう。今度、結衣姉や祥子姉辺りに勧めてみるわい。あの二人、割と酒が好きじゃからな」
あ、婆ちゃんもかなりの酒豪じゃったのう……ならば、婆ちゃんにも勧めるとしよう。
「ありがとう、きっと叔父さんも喜ぶよ」
「いやいや、いいってことよ。それに、うちの店にも来てくれておったんじゃろ? ならば、反対も然り、じゃ」
「僕はまひろ君とは会ったことがないんだけどね」
「それ、葛井先輩から聞いたわい。なんでも、儂が休職中の時期なんじゃろ?」
「うん。ただ、一応男性の頃のまひろ君には会っているみたいだけど」
「あぁ、そう言えばそれも葛井先輩が言っておったのう……」
まあ、憶えてないんじゃがな。
「お? なんだなんだ、二人は住みが一緒なのか?」
と、儂らの会話を聞いて、同じ地区に住んでいるのかと、未久斗が少し驚いたように尋ねて来た。
「ううん、一緒じゃなくて、お隣同士なんだよ、街が」
「へぇ、そりゃまた珍しいなぁ」
「そうだね。私や未久斗もそうだけど、かなりバラつくんだけどね、発症者って。隣街で、歳も近いとか珍しい限り」
「ちなみに、儂の一つ上の旦那の志望校は、凪兄ぃが通う大学じゃな」
「あ、そうなんだ? それじゃあ、入学出来たら来年は後輩さんかな?」
「うむ。ま、あやつのことじゃ。下手すりゃ主席合格もありえるな」
「なに、そんなに頭がいいのか? その人」
「うむ。生徒会長をしておってな。なんか、要領がいいんじゃよ。羽衣梓グループの令嬢曰く、応用を教えれば、即会社経営できそうな逸材だそうじゃ」
「「えぇぇぇぇ」」
瑞姫がましろん相手に言った事を話すと、翔と未久斗の二人はドン引きしたような、困惑したような、そんな声を漏らした。
わかる。
儂も思うけど、ましろん絶対頭おかしいと思う。
「ま、かなり信頼できる相手じゃ。あと、友人が少ないのでな、できれば来年、凪兄ぃに気にかけてもらいたいところじゃが……どうかの?」
「うん、もちろんいいよ! まひろ君のお嫁さんなら大歓迎。それに、既婚者だから問題も起こらないと思うしね」
「問題?」
「うん。なんと言いますか、僕の半同棲相手の二人って、その……嫉妬深くて、僕が他の女性と話しているとちょっと怖いと言うか……まあ、そこも可愛らしいんだけどね? だから、危険が減るなぁ、って」
「……え、それもしかして、俗にいうヤンデレ……」
「みたいだね。あまり気にしていないけど」
「「「強い……」」」
ヤンデレと付き合っとると言うのか、凪兄ぃ……。
しかも、そこを可愛らしいと言い切った挙句、気にしていないときた。
うぅむ、すごい感性じゃのう……いやまぁ、ヤンデレが可愛いのはわかるが。
「それに、まひろ君なら許されそうだしね。同じ元男同士だから」
「それ、俺も許される?」
「うーん、未久斗君は……ギリギリ許されない感じ?」
「なんで!?」
「結婚していないから安全と言い切れなくて……実は今日の交流会だって、かなり渋々だったから」
「愛されとるのう……まあ、儂も一部渋々OKした者がおったがな……」
「じゃあ、その人はヤンデレさんなのかな?」
「いや、ヤンデレじゃなくて、ただの変態じゃ」
「そっか、変態さんなんだ」
「変態さんなんじゃ……」
うちの旦那共の中で、一番の変態じゃろうな、間違いなく。
とはいえ、最近はそれを面白いと思っとるし、変態じゃない瑞姫は変態じゃないとさえ思っとるがな。
「あ、そうじゃ。凪兄ぃよ。もし、うちの旦那に会った際は、お嫁さんではなく、旦那、と呼んでやってくれ」
「あれ? まひろ君が旦那さんじゃないの?」
純粋な眼差しと心が混ざった言葉が儂の心に突き刺さった。
……いや、うん、そうじゃよなぁ……。
「……儂が嫁なんじゃよ」
「それじゃあ、旦那さんが六人?」
「……そう言う事になる」
「ちなみに、女の子になっちゃった人たちって、結婚するとどっちがお嫁さんで、どっちが旦那さんになるの? 一般的に」
「「なっちゃった方」」
「ぐふっ……」
一般的というある種常識に限りなく近い情報が、儂の脆い心に鋭利な刃物が突き刺さり、儂は吐血しかけた。
「だ、大丈夫?」
「や、やはり、発症した方が、旦那なのか……儂って一体……」
「まあまあ、それはそれでいいじゃんか。ってか、まひろだけじゃなくて、伊夜辺りも結婚したら間違いなく、嫁側だろうぜ?」
「……ま、マジで?」
「マジマジ。あいつ、乙女っぽい所があってさ、しかも生まれた時から女子してる奴らよりも、恥じらいが凄まじいんだー、これが」
「あれは元女の私としても、負けた気分になったものよ」
「なんと……ならば儂、あやつが嫁になるよう祈っとくわい」
「それはそれでひでぇな」
「仲間、欲しいんじゃよ」
「すっごい切実な言葉だね……」
なんとでも言えい。
儂は、是が非でも嫁仲間を増やすからな!
「ちなみにじゃが、凪兄ぃ的には、その二人と結婚した場合、どっちが旦那で、どっちが嫁がいい、とかというのはあるのか?」
「僕? うーん、そうだなぁ……家だと、僕が家事をやっているし、お料理をして、その喜ぶを顔を見るのも大好きだから……うーん、そこを切り取ると、お嫁さん側なのかなぁ。違和感もないし」
少しだけ考える素振りを見せた後、凪兄ぃはあはは、と笑いながらそう答えた。
「マジか!」
「でも、どちらかというと旦那さんの方が、七割くらい傾いているかな」
「ちくしょーめ!」
上げて落とされた気分なんじゃが!
やりおる、凪兄ぃ……!
「まあでも、好きな人と一緒になれるのなら、お嫁さんでも、旦那さんでも、きっと幸せになれるんだろうな、っていうのが本音かな」
えへへ、と照れたようにはにかむ凪兄ぃ。
「「「……」」」
「あれ? どうしたの?」
「……い、いや、すっごい良いセリフが飛び出してきたもんじゃから……いやぁ、今のは名言じゃなぁ……」
「だなー。そうだよな、元の性別とか関係ないよな。いやぁ、さすが大学生」
「私も気にしないようにしよう」
「うーん?」
何故尊敬の眼差しを向けられておるのかわからない凪兄ぃは、こてんと可愛らしく首を傾げるのじゃった。
……仕草もいちいち可愛いのう。
そんなこんなで、そろそろ交流会の時間もそろそろお開きに。
ずっと水中にいると言う不思議状況じゃが、慣れると快適なもので、動きやすいし、なにより立ったままということがないのが素晴らしい。
つまり、寝ころんだまま移動ができるようなものじゃな。
おかげで、かなり楽じゃったわい。
さて、そんな儂と言えば……
「凪兄ぃ、この後ホテルの方で一緒に話さんか? せっかく、友人になったしのう」
「うん、もちろん!」
二人で話すことにした。
地元が近いし、何より歳が近いと言うこともあり、儂らは意気投合した。
そして、お互いにホテルに泊まっていくとのこともあって、このまま二次会的なノリでホテルで話そうと言うことになった。
場所は儂の部屋である。
「しかし、お互いに共通の知人がおるとは、驚きじゃのう」
「そうだね。僕も驚いたかな。それに、武人君の言う通り、まひろ君はいい人だったしね?」
「ははは、それを言うなら儂もじゃ。葛井先輩からは、気が合うだろうとは言われておったが、まさにその通りであったわ」
「うんうん。僕としては、多重婚の先輩がいたのは心強かったよ。少しだけ、気にしているところもあったから」
「そりゃそうじゃろ。日本では、多重婚は原則認められとらんからな。そんな特例、儂ら発症者のみじゃからな。あ、そうじゃ。凪兄ぃは知っとるか?」
「何がかな?」
「儂ら発症者はどうも、最低でも二人と結婚せんと、強制的にお見合いをさせられるらしいぞ」
「あ、うん、神さんから聞いたよ。最初に聞いた時はびっくりしたよー」
そう答える凪兄ぃは困ったような笑みを浮かべておった。
どうやら、祥子姉から伝えられておったらしい。
凪兄ぃは割と天然っぽいんじゃが、そんな凪兄ぃですら困るようなものなんじゃなぁ、あれ。
「儂もじゃ。とはいえ、儂は六人と結婚したし、おぬしはおぬしで二人と結婚する予定なんじゃろ? ならば、問題はなさそうじゃよな」
「そうだね。それに僕、二人以外とは多分付き合わないと思うから、安心だよ」
と、二人だけで良い発言をする凪兄ぃに、儂の頬が引き攣った。
「……凪兄ぃ、そのセリフは儂に効く……」
「うーん?」
が、儂の言葉の意味がよくわからないようで、凪兄ぃは腕を組みながらこてんと首を傾げた。
やはり、仕草が可愛い……。
「まあ、それはよいとして……まあ、あれじゃ。もし何かあれば、遠慮なく相談してよいからな。これでも、たった数ヵ月とは言え、先輩みたいなもんじゃ。……あてにはならんかもしれんが」
「ううん、そう言ってもらえるだけでもありがたいよ。まだまだよくわからないこともあるから」
「うむうむ! ……そう言えば、凪兄ぃは普段の服装とかどうしとるんじゃ? ほれ、前は男じゃったから、当然女性ものの服などないじゃろ? 買いに行く時とか、どうしとったんじゃ?」
「あ、それについてはお姉さんの方が色々選んでくれたよ。モデルさんだからね」
「おぉ、そう言えばそうじゃったな。うぅむ、そういうことに詳しいと言うのは、こちら側としても助かるんじゃろうなぁ。儂も一応、女友達……というか、儂の旦那の一人が下着選びとか手伝ってくれたが、結果的に変態の旦那とそこで出くわし、着せ替え人形の如き仕打ちを受けてな……おかげで、まともな服選びにならんかったんじゃよ……」
「あらら……それは何と言うか……ドンマイ?」
「まあ、今は感謝しとるけど……」
当時と言えば、出会ったばかりの者と、仲が良かった女子から着せ替え人形にされまくったことは、マジでめんどくさく、そしてしんどいものじゃったと記憶しておる。
……なんか、このことが随分と遠い昔に思えてならんな……。
「そっか、やっぱり色々あるんだね。僕も変化してから色々あったし、これも宿命なのかな?」
「じゃろうな。TSF症候群を発症させると言うことは、素晴らしいほどに整った容姿を持ち、ちやほやされることを代償に、様々なトラブルに巻き込まれる、そういうことじゃろうからな」
「僕は、できれば平穏に、それでいて好きな人と幸せに暮らせればいいかなぁ、って思うけれど……まひろ君のお話を聞いていると、なんだか難しい気がしてきちゃったよ」
苦笑交じりに話す凪兄ぃに、儂も釣られて苦笑する。
たしかに、たった四ヶ月程度の儂でこの様なんじゃ、そんなことをして来たと知れば、凪兄ぃのような反応になるわなぁ……。
「ま、儂らは住みも近いんじゃ。今後は機会があったらこうして会わんか? お互いの旦那や恋人とも会わせてみたいしな」
「あ、うん、それはいいね! 二人もきっと、色々なお話が聞けて喜ぶと思う! 先駆者だもん!」
「うむうむ! では、そういうことで! あ、もしその時はうちに来ると良いぞ。美味い茶や菓子でも出すわい。それに、色々と設備も整っておるしな」
「いいの?」
「もちろんじゃ! 夏休みのどこかで一度来るか?」
「そうだね。夏休み中なら自由も聞くと思うし、是非是非!」
「じゃあ、決まりじゃ! 旦那共に話しをするんで、LINNで細かい日程を決めよう。それでよいかの?」
「もちろん! じゃあこれ、僕のID」
「助かる」
儂らはお互いのLINNを交換する。
うむうむ、こうして連絡先が増えると言うのは、嬉しいもんじゃのう……。
「僕の方も、二人に伝えておくから、楽しみにしているね!」
「儂もじゃ!」
と、まあ、そんなこんなで、ノリとその場の勢いで両者パートナーとセットで会うことが決まった。
楽しみじゃな!
この後は他愛ない話をして、就寝となった。
ちなみに、帰宅は家の方向が同じということもあり、途中まで共に帰宅した。
どうも、九十九一です。
出番は少ないと言いつつ、また出ることが決まった凪。お前、今別の方で主人公の話書いてるんだけどなぁ……と思いつつ、まあ、この作品の派生みたいなもんだから、仕方ないと割り切ろう。向こうでは、凪視点で書くことになりそうだけど……。
次回も以下略です。
では。