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日常142 相談。年上の同僚との話

「え、仕事?」

『あぁ、どうやら、たまたま研究の進捗状況を確認しに行ったら、今日新たな発症者が出てしまってね。このまま、私が担当することになった』


 鬼ごっこ大会が終わった二日後の日曜日、土曜日から研究所の方へ赴いておった祥子姉から電話がかかって来て、放していく内に、新しい発症者が出たという話を聞かされた。


「そうなのか。ということは、儂の後輩的立ち位置になるのかのう?」

『ま、発症者という意味ではね。実年齢は、君より上だ』

「ほう、そうなのか」

『が、結衣君より二つ下だがね』

「ということは、二十歳か? 大学生?」

『正解。しかも面白いことに、隣町にある如月大学に通う男子大学生だったわけだね』

「ほほう、世界は狭いのう。まさか、隣町とは」


 如月大学とは、隣町である若葉市にある大学のこと。


 たしか、この学園の卒業生の多くはそちらへ進学する者が多く、ましろんの志望校もそこらしい。


 儂としても、大学へ行くのならば如月大学がいいと思っておるので、おそらくそこが志望校になることじゃろう。


『だから、帰宅が少し遅くなりそうだ』

「ん、了解じゃ。適当に美穂たちにも伝えておくとしよう」

『助かるよ。さて、面白い能力だといいんだけど』

「ほどほどにな」

『当然。……おっと、どうやら来たみたいだ。それじゃあ、切るよ』

「あぁ、頑張ってな」


 そこで通話は終了。


「ふぅむ、かなり特殊な病気で、滅多に現れないはずなんじゃがのう……まさか、儂がかかってから四ヶ月ほどで新しい発症者とは」


 案外、未来では大して珍しくもない病気になるのやもしれんな。


 となると、今月の交流会には出席するとするかのう。


 実際、五月と六月は参加できんかったし。


「ま、その前にまだ学校があるがな」


 ふふ、と小さく笑みを浮かべながら、儂は私服に着替えた。



 と、まあ、ここからどこかへ出かけるのか!? みたいな感じではあったが、実際の所何もなかった、が正しい。


 ただ、今日はどうも旦那共全員が何やら用事があるとかで屋敷におらんらしく、珍しく一人で過ごすことになった。


「うぅむ、たまには外食でもしようかのう」


 料理人の作る料理は美味いが、味が完全にプロ過ぎて困惑するというか……たまに、THE庶民、みたいな飯が食いたくなる。


 というか儂、元々庶民的な飯しか食わんかったから。


 高級なもんとか、基本的に食わんかったから。


 なんとか儂の説得により、材料自体は商店街の物になりはしたが……それでも、腕前が凄すぎて、なんか違くね? と思ってしまうわけで。


 うぅむ、となると……。


「うむ。やはり、あそこじゃな」


 というわけで、儂は適当に外出する準備を整えると、屋敷を出て目的地へ向かった。



 カランカラン


「いらっしゃいませ! って、あ、桜花先輩じゃないっすか! どうしたんすか? 旦那さんたちいないみたいっすけど」

「いやなに、今日は儂以外全員家族と出かけるらしくてな。今日は一人になった。なので、飯を食いにな」

「なるほど! んじゃ、カウンター席でいいっすかね?」

「うむ、大丈夫じゃ。適当に空いてるところに座らせてもらうわい」

「了解っす」


 儂が今日やって来たのは、見ての通り『喫茶 友愛』。


 なんだかんだ、ここの飯は美味いし、気に入っとるのでな。


「お、なんだまひろ君、来てたのか」

「うむ、ちっと飯を食いにな」

「へぇ? なんだ、離婚か?」

「んなわけあるかい。単純に、全員用事があるだけじゃ。結婚したとはいえ、まだ学生じゃぞ、儂ら。普通に、家族との交流も多かろう」


 まったく、縁起でもないことを言いおって。


 まだ新婚したてほやほやじゃぞ、儂らは。


「なるほどなぁ。まいいや。注文は?」

「そうじゃのう……やはり、トルコライスじゃな」


 一瞬だけ悩むが、ここに来たのならば、やはりトルコライスじゃな。


 あれ、一番美味いと思っとる、この店で。


「ホント好きだよな、それ。ま、俺も嬉しいけどな。んじゃ、少々お待ちをってな」

「うむ、楽しみにしとるよ」

「おう。……っと、そうだ。まひろ君、ちょっと武人君の相手してくんね?」

「む、葛井先輩の?」


 厨房に引っ込む直前、思い出したように店長が葛井先輩の相手をしてほしいと言って来た。


「おう。ちょうど、まひろ君に連絡しようか迷ってたんだと」

「そうなのか。まあ、儂でいいなら、話し相手になるぞ」

「そいつは助かる。……だとよ、武人君」

「すまんな、桜花」

「いや、別に構わんが……」

「んじゃ、オレは作りに行くから、ごゆっくり~」


 そう言って、店長は引っ込んでいった。


「して、どうしたのじゃ? 儂に話とは?」


 たしかに、時たま相談に乗ることはあったが、それは滅多になかったんじゃが。


 そう言うと、葛井先輩は隣に腰を下ろし、口を開く。


「実は、俺の親友が、発症させてしまってな」

「発症……もしや、TSF症候群か?」

「あぁ。今朝、連絡が来たと思ったら、『女の子になっちゃった!』という内容のメッセージが届いてな」

「なるほどのう……」


 確かに、親友がある日女の子に! などと言う状況になったら、そりゃ相談もしたくなるわな。


「それで、桜花に聞きたい事というのは……やはり、態度を変えられたらどういう気分になるのか? ということなんだ」

「あー、なるほどのう」

「どうだ?」

「ふむ、そうじゃな……」


 少し考え込んでみる。


 儂は基本的に、寝られればいい、という考えが強かった故、仮にそのような状況になっても大して何も思わない、というのが正しいんじゃろうが……。


 それでも、今まで親友であった者、例えば儂で言うところの健吾や優弥じゃな。この二人が急によそよそしい態度になれば、それなりに悲しいとか寂しいと言った感情が出たじゃろうな……。


 ふぅむ……。


「ま、そうじゃな。クラスメートのような者たちならばいざ知らず。親友からとなると、態度を変えてほしくない、というのが率直な気持ちじゃな」

「だよな。いや、それが聞けて安心した。やはり、いつも通りでいるとしよう。まだ、会ってはいないが」

「ならよかったわい。……あー、それと。これは儂が経験者で、尚且つまだ日が浅いからこそのアドバイスなんじゃが……」

「あぁ、アドバイスは助かる。俺としても、まさか親友が発症させるとは思わなかったからな」

「うむ。で、じゃな。まず、着替え。これが大事じゃ」

「やはり、そうなのか」

「まあのう。特に、下着じゃな。儂は基本的にはこの時期裸族で過ごすんじゃが……」

「桜花、今それはここで言う事じゃない。周りがぎょっとしてるぞ」

「おっと、失敬」


 うぅむ、こういうところは気を付けろとは言われとるんじゃが、なかなか直らんのよなぁ。まあ、仕方あるまい。


「で、じゃ。案外、下着選びというのは重要でな。しっかりと自身の体に合った物でないと、色々問題が出る。なので、もし女友達がおるのならば、そやつを頼るといいじゃろうな」

「なるほど、それはたしかにそうだな。他には何かあるか?」

「そうじゃのう……あとは、儂は普通にあったが、最初の頃はマジでトイレを間違える」

「……あー、男子トイレに入ってしまう、ということか?」

「うむ。いやぁ、もう息子はないと言うのに、ついつい入ってしまってな。思わずパンツまで降ろしてしまったわい」

「桜花、だからその話はこういうところではしない方がいい。空気が凍る」

「あー、すまん。なんか、ついな」


 恥ずかしい黒歴史を暴露されるとクッソ恥ずかしいんじゃが、こういうことを自分で言うのは大して恥ずかしないんじゃよなぁ。


 やはり、自身で話すからか?


 それとも、あまり恥ずかしくもない話題だからか……いや、両方じゃな、これ。


「で、じゃ。他にも注意すべき点と言えば……やはり、ナンパかのう」

「あぁ、容姿がかなり整うからか?」

「それもあるんじゃが……あー、これは何と言うか……発症者全体のせいとも言うべきか……まず、全員がそう、というわけではないんじゃが、割と性的なことを最初にする、と言うものが多いらしく、それ故に、なんと言うか……まあ、頼めばやらせてくれるのではないか、みたいな話はある。儂は早い段階で結婚したからなかったがな。知り合った者からそう言った話は聞いたぞ」

「そ、そうか……」


 実際、よっぽど仲がよかったらまあ、ちょっとくらいは? と思うかもしれんが、そうでもない人間から言われるとか、気色悪い以外の感想が出んぞ、マジで。


「とはいえ、街でも普通にナンパされる。ましてや、大学では尚更ではないか? 学生の身でありながら酒が飲める、というのは大学や専門学校と言った学校くらいじゃからな。それ故、葛井先輩や他の信用できる友人に護ってもらう、というのはかなり大事じゃぞ」

「なるほどな。俺の親友は、かなりお人好しだからな……俺たちの方でしっかりしないと、ってことか」

「そういうことじゃ」


 儂はまだ、酒が飲める年齢はないし、何より変に巻き込まれるよりも前に、旦那共と結婚したから、そう言った面倒ごとが回避できている、と言うべきじゃな。


 うぅむ、運がよかったと思うべきなのかどうか……。


「あぁ、実は儂ら発症者はとある組織というか、協会的な物に所属することになっとるんじゃが、そこが毎月必ず交流会を開いておってな」

「へぇ、そんなものがあるのか」

「うむ。で、儂は四月の交流会には行ったが、先月と先々月は行っとらん。じゃが、今回は行くつもりでな。正直、かなり気は楽になるぞ。同じ境遇の者がいる、それはかなり精神的安定に繋がるからのう。そして、発症者というのは心根の良い者ばかりじゃから、繋がりを持っておいて損もない。儂も、何人かと友人じゃからな」

「そうか。それはいいことを聞いた。桜花が参加するのなら、参加を勧めてみよう。案外、桜花と気が合いそうだからな」

「ほう、そうなのか。ところで、葛井先輩の親友とやらは、どのような者なんじゃ?」


 儂と気が合うという点がちと気になる。


 正直、儂は年齢差があろうが、大抵は気軽に話せるようになることができる。


 故に、もし気が合うのならば、友人になってみたいと思ったので、葛井先輩にどのような人物なのか訊いてみることにする。


「そうだな……まず、お人好しだな」

「ほう」

「それから、バーでバイトをしている」

「ふむふむ」

「常に笑顔でいるか、苦笑いになるか、のどちらか」

「ほうほう」

「それから、昨年女装させられたこともあったな、学祭の男装・女装コンテストで」

「ほほう?」

「ちなみに、準優勝だった」

「優勝ではなかったのか」

「あぁ。うちの大学に、びっくりするくらい女顔な男子生徒がいてな。そっちが優勝した」

「なるほどのう……しかし、女装かぁ……親近感が湧く話じゃのう」


 儂も女装させられたしなぁ……。


 いやもう、最近暴露された黒歴史が思い起こされるわい……。


「まあ、本当にいい奴だ。少なくとも、人の幸せのために何でもできるような、そんな奴だ」

「ほほう、それはまたいい人っぽいのう」

「あぁ、本当にな。俺も、親友としてそう思われるの嬉しい」

「ははっ、本当に仲がいいんじゃな」

「まあな。……そんな親友が、発症させた、か。一体どんな姿になってるんだろうか……」

「んー……その辺りは、発症者自身の理想の姿じゃからな……」

「理想か……たしか、あいつは青みがかった銀髪が好き、とか言ってたな……」

「ならば、その髪色になるじゃろうな。顔や体型は知らんが」


 実際、理想と言うのはなんとなく朧げな物じゃ。


 しかし、いざ発症させて、鏡の前で自身の姿を見てみると、かなりしっくりくるというか、思わず見惚れてしまうくらいになる。


 あれは、無意識下の理想すらも汲み取るらしいからな。


「……会うのが怖くなってきたな。一応、明日から大学に来るとは言っていたが……」

「あー、儂は春休み初日じゃったからのう……夏休み前じゃと言うに、タイミングが悪いのう……」

「そうだな。我が親友ながら、運が悪い」


 儂とて、この姿になっての初登校は内心かなりドキドキじゃったからな。


 しかし、儂は基本的にめんどくさがりで睡眠が基準な性格故、ほんの少し程度で済んだが、通常であればかなりドキドキするじゃろうなぁ……。


「ま、その辺は、葛井先輩たちがフォローすればよいじゃろ。幾分か、気分はマシになる」

「はははっ、お前は本当にいい性格をしてるな。……だが、その通りだ。そうだな、俺たちがフォローすればいい。それだけだな。いや、変に身構えすぎてただけのようだ。ありがとう、桜花」

「いや、これくらいなんてことない。儂は同じ境遇じゃからな。しかし、おぬしも大概じゃのう。たった一人のためにそこまで思えるとは……なんじゃ、おぬし、同性愛者でもあるのか?」

「はははっ! それはない。あいつは、ただの親友だ。それに、好きな人は他にいるしな」


 からかう程度の発言だったんじゃが、なんか面白い言葉が聞けたぞ?


 それに、珍しく顔が赤い辺り、マジじゃな、これは。


「……ほっほ~~~う? あの、誰とも付き合わなかった葛井先輩に、好きな人とな? これは、明日は槍の雨でも降るのかのう?」

「おいおい、勘弁してくれ。俺とて男だ。好きな人の一人くらいはいる」

「そうか。ならば、上手く行くとよいな、その相手と」

「……ま、ぼちぼちやるさ」

「ま、それがええじゃろ。儂のように、超スピード婚というのは、色々問題があるからな」

「そうか? お前たちの結婚式はかなり良かったがな。桜花の告白も、良かったぞ」

「……ま、まあ、ほ、本心じゃからな。うむ。おぬしももし、結婚するのならば、色々と考えた方がよいぞ。あと、身構えておくのも大事じゃ。不意打ちパンチ貰うぞ」

「あぁ、肝に銘じておく」

「話の途中ですまんが、トルコライス二人前だ」


 ぬぅ、と極太の腕が目の前に伸びて来て、儂らの前にトルコライスが二つ置かれた。


 店長である。


「おぉ、これじゃこれ! いやぁ、これが美味いからのう……では早速。いただきますじゃ」

「いただきます」

「おう、食え食え。んじゃ、オレは厨房に戻る」


 店長は話に参加せずに、そのまま厨房に引っ込んだ。


「ともあれ、俺はその交流会ってのを勧めておこう。あと、桜花のことも詳しく話しておく」

「詳しくとな? つまり、それ以外は知っとるのか?」

「まあな。というか、何度かこの店に客として来てるぞ」

「む、そうなのか。気付かんかったな……」

「その時はまだお前が男の時だったからな。今の姿になった後は、お前と時乃が休職した後だったが」

「なんじゃ、そうなのか」


 客として来ておった、か。


 ふぅむ……大学生くらいの人物……いや、いっぱいおるからわからんな。


「ともあれ、じゃ。態度は変えず、いつも通りに接すれば、その親友も安心するわい」

「……あぁ、相談に乗ってくれてありがとう、桜花」

「いいってことよ。葛井先輩には、何かと世話になっとるからな。……おぉ、やはり美味い。ここのトルコライスは最高じゃのう!」


 さらに、葛井先輩の話を聞きつつ、儂は美味いトルコライスを空きっ腹に収めるのじゃった。

 どうも、九十九一です。

 新しい発症者が出ましたが、本編での出番は少なめの予定です。この人には、別で頑張ってもらう予定ですので。

 次回も以下略です。

 では。

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