日常125 当日。乙女マシマシなまひろ
翌朝。
心なしかいつもより早く目覚める。
「……遂に来たか、結婚式当日が」
ついさっき寝たばかりと思えば、一瞬で数時間が経過しているとは、睡眠とはなんとも不思議なものよ。
特に、次の日大事なことが控えている時は殊更に。
「……元々、入籍済みではあったが……本当の意味では、今日が結婚なんじゃよなぁ」
なんせ、指輪は未だに付けてはおらんしな。
一応、大本のデザインは全員同じじゃが、各人によって微妙に異なるとのこと。
中でも儂の指輪が一番手が込んでいるとかなんとか……。
別に、普通でいいんじゃが、指輪制作を依頼したのが、とんでもグループの社長と考えると、ほぼシンプルなのにとんでもない物が生み出されそうな気がするが……。
「そう言えば時間は……って、まだ五時か……ちっと早く起き過ぎたな」
うぅむ、二度寝……という気分ではないし、目は覚めてしまってるしのう……。
「んー……ま、本でも読んでるか」
暇つぶし用に持って来た本が役に立ちそうじゃ。
カバンから本を取り出すと、儂は椅子に座って本を読み始め、本に集中すること一時間ほどで、美穂たちが儂を呼びに来て朝食を食べたが、どうも気持ちが浮ついて飯の味がよくわからなかった。
それはどうやら他の面々も同じったようで、強いて言えばましろんと祥子姉だけはある意味普段通りじゃった。
気に入ったのか普通におかわりしておったし、祥子姉の方は特に変わった様子もなく、
『ふむ、さすがと言うべきか……なかなかに美味しい』
とか言っておった。
平常運転じゃのう……。
そんな、あまり食べた気がしない朝食を摂ったら、着替え等を行うことになる。
尚、儂と旦那共でポジションが違うため……
「では、まひろお嬢様こちらへどうぞ。瑞姫お嬢様方は向こうにて着替えを行います」
儂だけ一人になった。
儂は柊さんに先導されつつ、別室へ。
案内された部屋に入ると……そこには、何名かのメイドさんがいた。
あれ、屋敷にいるメイドさんじゃよな? ん? どういうこと?
「というわけで、まひろお嬢様。早速お着替えと行きましょう」
「あ、う、うむ……というか、やっぱり儂、ウエディングドレスなんじゃなぁ……」
「当然でございます。まひろお嬢様がお嫁さんとなるのですから。それから、まひろお嬢様の体型に合わせた特注品ですよ?」
「マジで!? あ、いや、そりゃそうか……し、しかし、ウエディングドレスかぁ……」
少し頬を引き攣らせながら、目の前に置かれているマネキンを見て呟く。
しかし、あれじゃな。
やはりスカートがクッソ長い……。
あれって、絶対引きずるよな? 汚れないのか?
そもそもそうなること前提?
んー……わ、わからんっ。元々男じゃからまったくわからんっ!
一応、かなりの種類があることはわかるんじゃが……これはどういう種類なんじゃろうか?
前はミニスカート丈じゃが、後ろは丈が長い……うーん?
「何か問題が?」
「あ、いや、まさか儂がこれを着ることになるとは思っておらんかったからな……」
「まひろお嬢様は元々男性でしたから、当然の感想かと」
「ははは……」
柊さんの言葉に、儂は乾いた笑いを零す。
「で? これからこれを着る、と」
「はい。それから、メイクも施します」
「え、メイクもすんの……?」
「当然です。結婚式という、まひろお嬢様の晴れ舞台。完璧なメイクを施さねば、我々まひろお嬢様にお仕えするメイドとして、一生の恥となってしまいますので」
「なんか、儂メインで仕えとらん?」
「「「当然ですが?」」」
「あれ!? なんかやっぱりおかしくね!? おぬしらの主って、瑞姫じゃないの!?」
「まひろお嬢様に決まっているではありませんか。そもそも、我々桜花邸のメイドは、苛烈極まる争奪戦を勝ち抜いた猛者でございます」
「争奪戦ってなんじゃ!?」
なんか知らん単語が飛び出したんじゃけど!?
「はい。簡潔に申しますと、瑞姫お嬢様がご結婚なさいましたまひろお嬢様という、素晴らしきご主人様を得られるのです。故に、羽衣梓グループのメイドたちは、百名という狭き門を通るべく、過酷で苛烈な争奪戦を行ったのです」
「えぇぇぇ……」
「ちなみに、決める方法は家事もそうですが、一番は武力でしょうか」
「武力必要か!?」
確実にメイドに必要がない要素な気がするんじゃけど!
重要なのは、家事能力ではないのか!?
「必要でございます。今後、まひろお嬢様は羽衣梓グループの社長、羽衣梓繁春様のご令嬢である、瑞姫お嬢様の伴侶となられるお方。さらには、まひろお嬢様のご実家の会社の令嬢であり、尚且つ、桜小路様の家とも繋がりを得ております。故に、まひろお嬢様の立場はかなり重要な物となっているのです」
「お、おう、そうなのか」
いざこうして儂の立場を言葉にされると……儂って、本当にとんでもない立場なんじゃなぁ……。
ってか、なんで儂の家も会社やっとんのじゃ。
それくらい言ってくれてもいいじゃろうに……。
「ですので、武力は必須でした。まひろお嬢様や旦那様方を守れなければ、一生の恥となります故」
「……なるほど? して、本音は?」
「我々の一目惚れでございます」
「じゃろうね!」
「このお幼女様に仕えられる!? 百人しか雇えない!? ならば戦争だ! と、なりまして」
「物騒すぎんじゃろおぬしら!?」
ほんとにメイドか!?
ってか、やっぱり羽衣梓グループに何らかの形で入る者たちって、確実にロリコンであることを条件としてないか!?
「恐縮です」
「褒めてないよ!?」
くそぅ、無敵なのか、こやつらは。
「……さて、お話はそこそこに。そろそろ準備と参りましょう」
「あ、お、おう、そうじゃな。ではまぁ……頼む」
「「「お任せください」」」
ぽりぽりと頬を掻きながら頼むと言うと、メイドたちはそれはもう素晴らしい笑顔で承諾し、すぐに儂のドレスアップを始めた。
その間、複数人のメイドに一斉に体を弄られるもんじゃから、なんとも手持ち無沙汰に。
まるで銃を突き付けられた人間のように、両手を挙げるというなんとも情けない状態になってしまっておるが……少しずつ姿が完璧になっていく。
元々太腿まで緩く伸びた髪の毛じゃが、今はなぜかウェーブがかけられ、ゆるふわ感が凄まじいことになっておる。
あと、華美ではないがそれとなく存在感を放つ花飾りも後頭部辺りに付けられた。
ドレスもこの体にぴったりであり、特に息苦しさはないな……。
しかし、普通の服に比べてちと重いか?
布が多いからのう。
ドレスを着せられる間、顔の方にはメイクを施される。
しかし、メイドさん曰く、
「まひろお嬢様は、素晴らしい素体ですので、ほんのりと施す程度で十分お綺麗になります。むしろ、施し過ぎないことこそ至高ですね」
とのことで、こちらはさほど時間はかかっておらぬ。
目元や頬、あとはリップくらいか?
かなり軽めにしておるとはいえ、それでも初めての化粧は、なんともこそばゆく、むずむずとした。
あと、本当に男じゃなくなったんじゃなぁ、とどこか寂しさに似た感情も出てきたが。
そんなこんなで、ひたすらメイドさんたちのドレスアップを受けた儂の決戦状態とも言うべき姿へ変貌し……
「……あ、あー、ど、どうじゃ?」
目の前のメイドさんたちに変ではないかと、少し恥ずかしそうにしながら尋ねた。
すると、
「「「きゃあああーーーーーーーっっっ!」」」
メイドたちは黄色い悲鳴を上げた。
「大変すばらしいお姿でございます! まひろお嬢様!」
「世界一素敵なお姿です!」
「我々の技術が恨めしいくらいです! 本当にお可愛らしく、とてもお綺麗です!」
「ううっ、ぐす……まひろお嬢様、ご立派になられて……」
などなど、様々な反応を貰った。
全体的に、似合う、というのが共通的な感想らしいが……最後の者。ご立派になられて、などと言っておるが、儂がおぬしらと出会ったの、つい最近じゃよ? 四月末じゃよ?
なのに、何故小さい頃から見ておりました感を出しとんの? なんか怖いんじゃが?
「しかし……うぅむ、釈然としないのう……」
「男性でしたから当然かと」
「まあ、そうなんじゃけどな」
むしろそうだから困ると言うか……。
じゃが……ほ、ほほう……。
「……なんか、我ながら随分と綺麗になったもんじゃのう……」
鏡に映る自分の姿を見て、少し感嘆の声を零し、自分のことなのに、少し見惚れてしまいそうになる。
緩くウェーブのかかった桜色の髪に、純白の花飾りと、同じく純白のドレス。
顔には軽い化粧が施され、普段以上に綺麗になった儂の顔がそこにある。
なんと言うか……こう、新婦って感じがして、すごいのう……。
「力作でございます」
「うむ、これに関してはマジですごいと思う。本職に勝てるのではないか? おぬしら」
「その手の技術も習得しておりますので」
「マジか」
メイドさんたち超人過ぎん……?
「して、そろそろ旦那たちと合流すべきか? それとも、クラスメートたちに挨拶をするべきか……あ、いや、そう言えば美穂たちの両親への挨拶がまだだったような……?」
これから何をするべきかなのか考え込む。
考えてみれば、結婚式など参加したことがないから、新婦側が何をすればいいのかわからん……。
「ご安心ください。この後一度別のフロアへ行きます。そこでご挨拶等が出来ます」
「あ、そうなのか。ならば安心じゃな。……ちなみに、こう、会社の社長とかもいたり……?」
「おりますが、主役はあくまでまひろお嬢様方です。お祝いする方々も、ほとんどはお嬢様方のご学友やご家族がメインですので、無粋な真似はさせません」
「おぉ、なんと頼もしいことか」
正直、挨拶とか七面倒なことをされるのは勘弁じゃからな、助かったわい。
「ならば、一度そちらへ出向くかのう……」
「お供します」
「お供て。いやまぁ、助かるから別に良いが……」
「護衛も兼ねておりますので」
「護衛!? え、なに、儂狙われとんの!?」
「可能性のお話でございます」
可能性があるだけで怖いんじゃが……。
メイドさんたちという護衛なのか世話係なのかよくわからん者たちを引き連れ、儂は一度友人やらクラスメートたちやらが来ておるフロアへやって来ると、そこには大勢の人が。
繫春殿曰く、儂らと関りのあった者たちには招待状を送っておるらしい。
クラスメートであったり、友人同士であったり、バイト先の同僚であったりと様々。
そんな中、一際目立つ集団がいた。
制服姿の者が多い中、白いタキシード姿でクラスメートや友人らと話す集団が。
というかあれ、どう見ても旦那共じゃろ。
どうやら、挨拶をしておるらしい。
話に夢中なようじゃが、儂がフロアへやってくるなり、バッ! と一斉に視線がこちらへ向き、周囲がざわついた。
な、なんじゃなんじゃ?
いきなり視線が集まったもんじゃから思わず後ずさると、儂に気付いた旦那共がこちらへ駆け寄って来る。
「「「「「「まひろ(君)(ちゃん)(まひろん)(ひろ君)」」」」」」
「お、お待たせじゃ」
「「「「「「……(ぽー)」」」」」」
いつも通りに話そうと思った儂じゃが、なぜかぽーっとした顔で固まる六名を見て、もしや似合ってないのか? と心配になった。
が、その直後。
「……え、ま、待って。無理、可愛すぎ……」
「――( ˘ω˘ )」
「すっごく綺麗……」
「……ん、破壊力、凄まじい」
「あ、あらあら~、素敵ね~……」
「……これは凄まじい。心臓が早くなってしまうね」
全員、そんなことを言って来た。
一人、死んでるが。
「……の、のう、に、似合っとる、かのう?」
正直、普段のような服ではなく、ウエディングドレスという特殊且つ、一生に一度しか着ない衣装であるためか、恥ずかしくなってもじもじとしてしまう。
うぅ、なんじゃろう、この恥ずかしさ……。
「「「「「「最高」」」」」」
「そ、そうか、ならば、よかった……う、うむ、よかったわい……えへへぇ」
全員が同じ言葉を全く同じタイミングで言って来て、儂は嬉しくなって、自然と笑みが零れる。
「「「「「「ぐふっ……」」」」」」
「なっ、ど、どうしたんじゃっ!? 胸元を抑えて……?」
「い、いやだって、あんたその笑顔は反則よ……」
「か、可愛らしさが留まるところを知りません……」
「すっっっっっっごく! 可愛いよ!」
「……はにかみ顔、グッドです」
「うふふ~、食べちゃいたいわ~」
「おやおや、照れているのかい? ふふ、可愛らしいね?」
「あぅぅぅぅ~~~~っ! しょ、正面から言うでないっ、ま、まともに顔が見られなくなる、じゃろ……」
なんか、いつもとは違う褒められ方に、顔が急激に熱くなっていき、思わず顔を両手で覆ってしまう。
うぅ、顔が熱いわい……。
「待って? 今日のまひろ可愛すぎじゃない? 私たちの嫁可愛すぎか?」
「わたし、気を抜くと天に召されそうなのですが」
「瑞姫ちゃん、少し魂が出てるよ? でも、わかるよ、その気持ち! 今日のまひろ君の可愛さはすごいね!」
「……襲いたい」
「真白ちゃん、それはまだ駄目よ~。でもぉ……うふふ~。気持ちはよく理解できるわ~」
「これはまた、破壊力が凄まじいね」
ほ、褒め殺しか!? 儂を褒め殺しする気なのか!?
く、くそぅ、恥ずかしい……。
「……し、しかし、あれじゃなっ。お、おぬしらもその……よ、良く似合っとるぞ?」
ましろん以外は基本的に髪が長いので、全員髪をまとめておるのがなんか新鮮。
美穂は基本ポニテじゃが、普段は普通に髪を下ろしておる瑞姫たちが髪を結んでおるのがこう、すごくドキドキする。
それに、白いタキシード姿がカッコいいし……うぅっ、な、なぜじゃっ。なぜ、旦那共の男装にドキドキするんじゃ儂ぃ!
思考回路がどんどん乙女になっておらんか? 儂……。
カッコよくて、つい目を逸らしつつも、ちらちらと見てしまう。
「あ、ありがと」
「照れますね……」
「う、うん。えへへ」
「……熱い」
「ありがとう~」
「君のそのはにかみながらの褒め言葉は心くすぐられるね」
お互いに顔を赤くさせる。
なんじゃろうか、この謎の空気感は……決して嫌ではないどころか、普通に嬉しくなるのがなんとも言えぬ。
「そ、そうじゃ! わ、儂、健吾やおぬしらの家族に挨拶せねば! で、ではなっ!」
すっごい気恥ずかしくなった儂は、逃げるように挨拶回りへ向かった。
どうも、九十九一です。
正直、結婚式の話を書いていると、あれ? なんか終わりそうな雰囲気あるんだけど? とか思ってしまいます。ですが、まだまだ終わりません。まあ、終わるにしても、この一年間の話で終える場合が一番早いですかね。まあ、終わり方とか特に決めてないけど……。
次回も以下略です。
では。