日常118 語らい。共感点が多い祖父と孫
まさかの爺ちゃんと再会するという奇跡が起こり、儂は早速とばかりに爺ちゃんと話し込む。
その間、旦那共は気を遣ってくれたのか、リビング出て、別の部屋へ移動し、儂と爺ちゃん、婆ちゃんの三人だけにしてくれる。
途中、一度爺ちゃんが誰かに呼ばれたとかで席を外したが、すぐに戻って来て話を再開する。
『ほう、あの後そんなことが……』
とりあえず、爺ちゃんが死んでから、儂がこの姿になるまでの話をかいつまんで話すと、爺ちゃんはしきりに頷く。
「うむ」
「まったく、あんたがさっさと死んじまったから、まひろが一人になっちまったんだよ?」
『それについては死ぬほど申し訳なく思っておる……すまんかったのう、まひろ』
「いいのじゃいいのじゃ! こうして爺ちゃんとまた話せて、儂は嬉しい!」
過ぎてしまったことは仕方のないことじゃが、それでも今のこの再会は死ぬほど嬉しい。
『そうかそうか、まひろは本当にいい子に育ったのう……しかし、小夜子。おぬしが傍にいればよかったのではないか?』
「それに関しては、儂が婆ちゃんに自由でいてほしいと言ったからのう。儂も、そんな婆ちゃんが好きじゃった故」
爺ちゃんの指摘に、儂は当時のことを話す。
「そういうことさね。……ワシも残ろうとは思ったが、まひろが言ってくれたんだ。その厚意を受け止めたんさね」
『なるほどのう……』
「ま、安心しな。見ての通り……かどうかはさておき、まひろは肉体的にも精神的にも、立派になっとるよ」
『……それが聞けただけでも安心じゃ』
婆ちゃんの言葉に、爺ちゃんは安心したような笑みでそんな言葉を零す。
『ところで、先ほどのお嬢さんたちは一体誰なんじゃ? わしとしても、全く見覚えが無くてのう……』
「あ、うむ。それなんじゃが……あの者らは、その……儂の旦那でな?」
『ぬ? 旦那とな? それは、あれかい、夫婦の関係か?』
「う、うむ。実は儂、結婚してのう……あの六人と一緒に暮らしとるんじゃ」
少し気恥ずかしさを覚えながら、儂は美穂たちとの関係性を爺ちゃんに話した。
すると、爺ちゃんの顔がみるみるうちに苦い物へと変わり、恐る恐る婆ちゃんの方を向きながら口を開く。
『……さ、小夜子や。わ、わしの孫、修羅場っとるのかのう……?』
「修羅場にはなってないよ。そうだろう? まひろ」
「うむ、修羅場ではないな。……一応」
『一応!? そこはかとなく心配じゃが!? ま、まひろ、おぬし本当に大丈夫なのか!?』
な、なんじゃろうか、爺ちゃんが見たことないくらいに取り乱しとる……。
「じ、爺ちゃん? どうしたんじゃ? そんなに慌てて……」
『だ、だって、複数じゃぞ!? 複数の女子がたった一人を求める場合……それはもう、悲惨なことになると相場は決まっておる! 故に、まひろが心配なんじゃッ……!』
「ま、あんたもかなり苦労したからねェ。その度に、ワシがあんたを守ったもんさね」
あれはあれで面白かった、と笑う婆ちゃんに、儂はふと気になっておったことを訊いてみることにする。
「のう、爺ちゃんや」
『なんじゃ? まひろ』
「婆ちゃんから聞いたんじゃが、爺ちゃんは昔、いろんな女性に好かれまくったと聞いとるんじゃが……本当なのか?」
母上からも爺ちゃんが昔はそれはもうモテていた、という話を聞いておった故、かなり気になっておった。
過去に何があったのかー、とか、どういう経緯で婆ちゃんと結婚するに至ったのかー、とか、そんなようなことが聞きたくて質問したわけじゃが……爺ちゃんの表情は、なんとも言い表し難い表情を浮かべておった。
『……よいか、まひろよ。むやみやたらに、女性には優しくし過ぎるでないぞ……』
「どういう意味じゃ!?」
『……わしらが良かれと思って取った行動は、場合によっては凶器になり得る……そう、心を奪うと言う名の凶器にな……』
「爺ちゃん、マジで何があったんじゃ……」
遠い目をしながら話す爺ちゃんの表情は、どこか哀愁が漂っていた。
ほんとに、何があったんじゃ、爺ちゃん……。
『……あー、すまん、小夜子。男同士で話したいことがある故、一度席を外してはくれんか?』
「あいよ。ま、ワシがいたらできない話もあるだろうからねェ。ワシは嬢ちゃんらのとこに行ってくるよ」
『うむ、すまんな、久々じゃと言うのに……』
「いいってことさね。ワシ以上に、まひろの方が大事だろう?」
『……わしからすりゃぁ、家族はみな大事じゃよ。もっとも、その中でまひろや月奈と言った、孫たちが上に来るのは否定しないがな』
「そりゃそうさ。ババアやジジイなんてもんは、なんだかんだ実の子供より、孫の方が大事ってもんさね。じゃ、二人でゆっくり話しな。終わった頃を見計らってワシも戻って来るとしよう」
そう言って、婆ちゃんはリビングを出て行った。
この部屋におるのは、儂と鏡に映る爺ちゃんのみ。
未だに信じられぬ気持じゃが……夢ではないのじゃな。
『さて……男同士、語り合うとするか、まひろよ』
「うむ! ……まあ、儂は今女なんじゃけどな……」
『それは言わんお約束と言うものじゃな。ま、それは良い。……まひろよ、まず先に伝えておく……女子とは、肉食獣と同じじゃ……』
爺ちゃん、なんかいきなりとんでもないことを言って来た。
じゃが、その言葉は今の儂にはよく理解できるものでもあった。
「……わかるぞ、爺ちゃん。儂も何度襲われたことか……」
『……まひろも、既に経験済みであったか……』
「告白され、結婚したその日には、な……二人から襲われて……」
『……わかるっ、わかるぞっ、まひろよっ! あやつら、気があると思うなり、即座に襲いかかるよなっ……!』
儂が初めての日のことを話すと、爺ちゃんがものすごい実感の籠った声でわかると同意する。
「じ、爺ちゃんもか!? いやもう、ほんとにその通りでな……儂、最高四人じゃから……」
『なんと、四人も……さぞかし苦労したことじゃろう』
儂の最高人数が四人であると告げると、爺ちゃんは儂に同情的な視線と共に儂を労わる言葉をかけて来た。
「……いやもう、ほんとに、しんどい……」
『体は一つしかないにもかかわらず、複数することは、わしらにとって地獄のようなもんじゃからなぁ……』
「……その口ぶりから察するに、爺ちゃんも……?」
『……まひろよ、憶えておくのじゃ。時として、非常にならねばならない、と』
「……爺ちゃん」
『……わしの若い頃はのぅ……そう言った行為は夫婦や恋人のすること、というのが一般的に認識だったんじゃ……なのに、儂を襲う女性たちはな、儂に睡眠薬を盛ったり、夜道で襲いかかり誘拐してくる者が多かったんじゃ……』
「……爺ちゃんっ」
本当に過去が色々とアレすぎるぞ爺ちゃん!
そして、その話をする爺ちゃんの目が死んどる!
どんだけ不幸な目に遭ったと言うのかっ……!
なんかもう、別の意味で涙が出そうじゃ、儂……。
『……まひろは幼い頃から、わしと似た性格、空気を持っておった……じゃから、死ぬ間際にわしは……『まひろがわしのように、多くの女性に迫られ、修羅場にならぬよう、平穏に、幸せに過ごしてほしい……』と思ったものじゃ……』
「……そんなことを想ってくれておったとは……ありがとう、爺ちゃん」
もっとも……その願いが叶うことはなく、むしろ多くの女性に言い寄られた挙句、結婚し、果ては襲われとるからのう……なんかもう、本当に申し訳なくなる……。
『いやいや、わしの祈りは通じなかったようじゃが……なんとなく、あのお嬢さんらとは仲良くやっておるのじゃろう? 良き事じゃのう。取り合いなどは起こらんのか?』
「幸いに、な。……儂は、ほれ、TSF症候群を発症させた特典と言うべきかあれじゃが、多重婚が認められておるからのう……案外あっさりじゃったわい」
『そうかそうか……』
「それに、瑞姫という、羽衣梓グループの令嬢が儂の旦那の一人でな、そやつが潤滑油のような存在になっとるからな、それが理由で新たに関係を結ぶ際のもめごとがなかったとも言えるからな。そこは感謝しておる……」
『それは、良い者と結婚したのう……わしのように、ひたすら襲われ続ける、などということが無くて安心じゃわい』
そう話す爺ちゃんの表情は、とても安堵に満ちていた。
爺ちゃん的には、儂一人を残していくことが、無念でならんかったらしく、死後あの世で過ごしている間も、儂のことを心配しておったそうな。
そう思われとるだけで、儂は感無量と言うものよ。
「……ところで、爺ちゃんは今あの世にいるわけじゃが、そこはあれなのか? 天国なのかのう?」
『うむ。わしはどうも、生前善行を多く積み重ねたことにより、即刻天国行きが決まってのう。今は平穏に過ごしておる。転生したいと願えばすぐにできるしのう』
「ほほう、転生とな。しかし、死後の世界が本当にあるとは……」
『わしも驚いたわい。それと、転生はどうも二つの世界から選べるようでな』
「む? 二つ? どういう事じゃ?」
『なんでも、閻魔大王様が言うにはな? まひろたちがいる世界とは別に、もう一つ世界があるらしくてのう。そっちへ転生することも可能とか言っておったのじゃ』
「そうなのか! ほう、そのようなこともあるんじゃなぁ……」
つまり、異世界が本当に存在しておる、ということか。
なるほどのう……。
「……む? では、爺ちゃんもいつかは転生するのか!?」
と、ここでいつでも転生できるという言葉を思い出し、儂は慌てていつか転生してしまうのではないかと爺ちゃんに尋ねた。
すると、爺ちゃんは優し気な笑みと共に首を横に振る。
『安心せい、まひろよ。どうも、その鏡を通せば、わしといつでも話ができるそうでな。先ほど、閻魔大王様の部下の人が来て、こそっと手紙を渡しに来たんじゃ。そこには、こうして孫といつでも話すことができる権利ともう一つ、年に一度、お盆の時期限定でそちらへ行くことできるようになる権利が与えられた、と書かれておったようでなぁ』
「な、なんじゃと!? そ、そそ、それは本当なのか!?」
爺ちゃんがとんでもないことを言い出し、儂は歓喜する心のままに、聞き返す。
それに対し、爺ちゃんはうむ、と頷く。
『うむ。その際は、仮初の肉体を用意してもらえるとのことでな。なので、今年はそっちへ行こうと思う』
「わ、わかったのじゃ! 儂、楽しみにしとるからな! 絶対来るのじゃぞ! 約束じゃからな!?」
『はっはっは、そこまで念押しせんでも大丈夫じゃよ。わしも、孫にまた会えると思うと、とても嬉しい。……故に、最低限まひろが死ぬまでの間は、儂は転生はせんことに決めたんじゃ』
「なるほどのう……しかし、よくそのような許可がもらえたもんじゃのう……儂は死後の世界など知らんからあれじゃが、そうそうないのではないか?」
まさか、死後の世界が存在するとは思ってはおらんかったが、それでも死者が年に一度とはいえ、こちらの世界に肉体を伴って戻って来るなど、通常はあり得ないのことなのではないかと考え、儂はそれを爺ちゃんに話す。
それに対し、爺ちゃんもうむ、と頷き返し、それから説明をしてくれる。
『まひろの言う通り、そうそうないことらしいがな、じゃが決していないとも限らんらしい。閻魔大王様が言うには、小夜子も死後は間違いなく同じことが出来るらしいからのう』
「ほう! 婆ちゃんもか!」
『まあ、小夜子ならば当然じゃろうがな』
「じゃな」
少なくとも、単身で戦争を止められるような人じゃ、間違いないじゃろう。
『とはいえ、最近はめっきり減った、と言っておったがな』
「ほほう、そうなのか」
『善行とは言っても、色々あるからのう。なんでも、ポイント制らしく、善行によって得られる量が変わるとか』
「なんか、俗物すぎん?」
もう少しこう、ないのじゃろうか?
ポイント制て。
『はっはっは、案外、あの世もそんなもんじゃよ。あの世も、時代に合わせて変化しとるようでな、こちらにも様々な娯楽施設がある。退屈せんぞ』
「それはまた気になるのう……」
娯楽施設が多い死後の世界とか、それどうなんじゃ?
しかし、それはそれで見てみたいのう……ゲームセンターやら映画館などのような娯楽施設がある死後の世界とか……うわ、すんごい気になる。
『間違っても死ぬでないぞ、まひろよ』
「そりゃそうじゃろ。儂とて、今は結婚した身。早々死んでしまっては、あやつらに申し訳が立たんからな」
『そうかそうか、まひろも大事にしとるんじゃな。うむうむ、良いことじゃ。その気持ちを忘れないようにな』
「うむ!」
やはり、爺ちゃんの言葉は、なぜかすっと入って来るのう!
尊敬する人物だからじゃろうか?
『それにしても……まさか、まひろがわしでもなし得なかった、複数の女性との結婚を成し遂げるとは、なんたる運命のいたずらか』
「儂もまさか、今の状況になるとは思わんかったわい……」
『じゃろうな。わしですら、襲われることは予想外じゃったと言うに』
「……まあ、儂も睡眠薬盛られたことあるし……気持ちはわかるぞ、爺ちゃん」
『なんと、まひろもか! なんか、あれじゃのう……わしらは、そういう人生になるよう仕組まれたのではないか、と思わず勘ぐってしまうほどの人生なんじゃのう……』
「勘弁してほしいんじゃがな、そういうのは」
『言えとるわい』
はっはっは! と二人揃って笑い出す。
なんじゃろうか、この幸せ時間……。
大好きな亡き爺ちゃんとこうして笑い合いながら話せるのが、ものすごく嬉しいし、とてつもない幸福感がある。
しかも、婆ちゃんまで帰ってきておるから、その幸福度はすさまじい勢いで天井をぶち破り、その高まりは留まるところを知らんくらいじゃ。
その上、また爺ちゃんに会えるとなると……あぁ、早くお盆にならんかのう!
「あ、そうじゃ爺ちゃん。儂、今週末結婚式があるんじゃよ」
『ほう! それはまた突然じゃのう!』
「まあ、色々あってな」
『そうかそうか。……しかし、まひろはどのような衣装を着ることになっておるのじゃ? 中身は男とはいえ、外見は少女じゃからのう……』
「……儂、ウエディングドレスなんじゃ……」
『……え、マジか?』
「マジじゃ……ちなみに、旦那共はタキシードな」
『お、おぉ、そうか……まひろが、ウエディングドレスのう……今の姿であれば、さぞかし似合うんじゃろうなぁ……』
そこは否定せんが、個人的にはタキシードが着たいとは思う。
中身男じゃからな、儂。
……最近、あやつらのせいで、精神面がやや女性化しとる気がするが……ま、まあ、それは主にあっち方面だけじゃし? 日常生活は普通じゃし? じゃから儂は男!
ま、男じゃろうが女じゃろうが、結局のところ、寝られればそれでよい、という考えは、初期の頃から変わらんがな。
「写真を撮っておく故、お盆の時に見るといいぞ!」
『うむ! 楽しみにしとるわい!』
この鏡を通して爺ちゃんに見せてもいいとは思うが、やはり直接見てほしいからな。
……ふむ、直接、か。
「どうせなら、ビデオとしても残すか。大事な日じゃからな」
『おぉ、たしかにそれは大事じゃな。わしの場合は写真でしか残っておらんからのう。ま、それはそれであじがあってよいがな』
そう言えば、アルバムの中に爺ちゃんと婆ちゃんの結婚式らしき風景が写し出された物があったのう……あれはとても良き写真じゃった。
『っと、そろそろ小夜子も呼ぶか。大体の話は聞けたしのう。……まひろや、この言葉を覚えておくように』
「う、うむ、なんじゃ?」
婆ちゃんを呼ぶと言った直後、爺ちゃんが今日一真剣味のある顔でじっと見つめ、言葉を覚えるようにと言って来た。
一体何を言われるのか、儂は少し身構えておると……
「……『どのような責め苦も、全てを受け入れる慈愛の心さえあれば、乗り切れる』と」
「……爺ちゃんっ!」
もうその言葉で、爺ちゃんがどれだけとんでもない人生を送って来たかがわかるほどに、実感と深い哀愁が伴った言葉であった……。
……尚、この言葉を話している時の爺ちゃんの顔は、死んだような笑みであった、とだけ言っておこう。
どうも、九十九一です。
この作品がどこへ向かっているのかわかりません。遂には病気関係ないのに、死者すら帰ってこられると言う状況……まあ、私の作品の世界観の根底は、全て共通なので、あれなんですが。実際、この作品と代表作、同じだしね、根底は。
次回も以下略です。
では。