90体目 封印
「油断しないでください。あいつはダイダラボッチと融合します」
「融合?」
「もうおせえ!」
「うわっ!」
アルトゥースさんの忠告は手遅れで、それを合図に戦闘が開始した。
目の前では次元の違う攻防が繰り広げられている。
キャロさんが斧の柄で攻撃を受けたところまでは認識できた。
そして周囲で音と衝撃のみが複数回響き渡り、離れた位置で胴体が真っ二つにされたマー坊が出現。
斧を振り抜いた格好からして、斬り裂かれたのだろう。
「全然見えない……」
「塔也君。私のことはもう気にしなくていい。能力を解除してくれ」
「……最後に言い残すことはないんですか」
「そうだな……。「持久戦は不利になるから早めに倒せ」といったところか……」
模倣した魂を維持するのが誠意一杯で、他に気を回せないのはある。
だが解いたところで、現状何かできるとは思えない。
せめて仲間が到着すればやりようはあるが、何分掛かることか……。
「ちっ、分裂体だからって、斬られたらいてぇんだぞ……」
「へぇ……繋がるのね。斬り甲斐があるじゃない」
斬れた上半身と下半身がくっついた。
マー坊はやはり分裂体だったようだ。
これは消耗戦になる。
そう思ったが、即座に否定される。
「早めに倒せと言われても、核が見当たりませんね。≪リード≫さんはどうですか?」
「…………別の空間でしょうか。捕らえ切れませんね」
「ではもう1度戦闘不能にしてください。回復する瞬間は探し易くなるはずです」
「りょーかい!」
フクロウとエルフさんは戦闘に参加せず眺めていると思ったら、倒し方を模索していたようだ。
男性エルフは≪リード≫という名らしい。
以前同じ名のエルフをレベル上げした覚えがあるが、同姓同名の偶然だろう。
「そうだ、もう1つ言い残した事がある。塔也君、キミは一体何者なんだい?」
「……質問の意味が分からないんですが」
「魂に触れて分かったことだが、キミには魂の記憶とでも呼ぶべきものに歪みがあった。そして硬く封印もされていた……」
「記憶に歪みと封印?」
まったく身に覚えがない。
歪みというのが記憶の改変であり、さらに封じ込められているなら、覚えがなくても不思議ではないが。
だとしても、いつ誰がそのようなものを……。
「悪意は感じないが、私には直すことも解除することも不可能なレベルのものだった」
聖人でも解除できないレベル……。
それは施した相手が聖人を超える実力者だということか。
『興味深いな。俺様に見せてみろ』
「この声は……」
「そういえば見てるんだったな……っ」
「集中し続けるのも限界のようなだな。後はキミ次第だ……」
アルトゥースさんの全身から淡い光が立ち昇り、魂が消えてゆくのが分かる。
他の聖人3名と目を一瞬合わせていたが、何かを伝え合ったようだ。
魂が消えたその身は地面に倒れ、安らかな笑みを浮かべている。
「アルス君……。後の事は任せてください」
数秒後……。
「さて、魂に触れるが構わんな?」
「……変なことしないだろうな」
「だったら俺様の機嫌を損ねんよう大人しくすることだ」
空中の歪みから現れたハルトは、早速見せろと言わんがばかりに近づいてきた。
少し離れた位置では、一時休戦でもしたのか戦闘が止まっている。
「強引なことはしてくれるなよ」
封印とやらは俺自身気になる。
とてつもないチカラを持つハルトなら、なんとかできるやも。
地面に座っている俺の頭に手を乗せると、深く集中したのが分かる。
そして数秒後スパークが発生。
ハルトの手が強烈にはじかれた。
「くっ。なんて強力な封印だ……」
手の平は黒くコゲ、左手で右手首を押さえ冷や汗を掻いている。
「おいハルト! 私を置いて行くな!」
「知るか! それよりリナ、お前の目にはどう映る?」
「ほう。どれどれ」
「り、リッカ暴れるなっ!?」
「ん? なんだまだ居たのか。お前の負けはもう見えた。とっとと失せろ」
ペットとマー坊を使って遊んでいたというのに、もう興味はなくしたようだ。
そしてその言葉を聞いて、リッカの意思かマー坊の意思か、突撃を仕掛けた。
対するハルトは相手も見ずに手だけを向け、素早く気口砲を打つ。
直線的攻撃だがとてつもない速度と威力で、巻き込まれる範囲にいた人は咄嗟に回避。
マー坊は飲み込まれ、数キロ先までの地面が大きく抉れた……。
「大人しく帰ればいいものを……。魔界に戻ったら魂ごと消し去ってやろうか」
どうやら本体は魔界に居るようだ。
もし拒否していたら、俺もどうなっていたことやら……。
そしてリナは俺の周りをぐるぐる回るだけで、触れもせず観察が完了したようだ。
「……おお! よく見れば確かに封印されているな」
「魔界に戻ったらってことは、あんたらが今回の首謀者ってことよね」
「ふっ。だったらどうする?」
「ぶった斬る!」
「やめなさい2人とも!」
今にも戦い始めそうなハルト殿下と斧娘のあいだに、エルフが入り仲裁した。
もし戦うなら自身も参加するぞとという気迫が伝わってくる。
「ハルト。なぜ地上に攻め込んでいるかは知りませんが、あなたの父親はこのことを知っているのですか?」
「お、俺様はペットの始末をつけにきただけだ!」
「そうだぞ!? 決してわざと地上に解き放ったわけではないからな!」
「バカ……! お前は黙ってろ……!」
「だったらすぐに帰りなさい。この地は、あなたたちが荒らしていい場所ではない」
まるで悪戯をした子どもを叱る近所のおじさんだ。
だが魔界の王子は、タダで帰るほど弱くはなかった。
「帰るのは構わん! だがこいつの封印は是が非でも解いてくぞ!」
「いけません。今はまだ時期ではありません」
「これが何か知っているのか!?」
俺も気になるのは確かだが、この魔族たちのほうが興味津々なようだ。
 




