88体目 片鱗
「リッカが居るんだろ。でも大分消耗してるんじゃないか?」
聖人を長時間相手にしてエネルギーを消費しているはず。
俺が魔物を残滅して減らしている最中も、魔物を取り込むなどで回復している気配もなかった。
おそらくアルトゥースさんを操るのに時間を使っていたからだ。
「消耗してるのは確かだ。けど元々膨大な生命力だから影響はないな。それに、相手はリッカだけじゃないぜ?」
近場に膨大なエネルギーを感じ、俺はその場から離れる。
すると、頭を切り離した死体が動き出し繋がった。
先程までのような驚異的エネルギー量は感じない。
しかし、問題はそれだけではなかった。
「"死体遊戯"。この能力のことは警察から聞いてるだろ? そしてこうだ……。リッカ! チカラを寄越せ!」
確かに警察から聞いている。
"死体遊戯"は奴隷たちを操っていた能力だ。
上空からマー坊に黒い煙が押し寄せ、俺は空気を読まずに≪対冒険者用手榴弾≫のピンを外し投げ込んだ。
「……ちょっと遅かったか」
「いいところで邪魔すんじゃねえよ!」
「殺し合いで敵のパワーアップを待つバカが居るか」
「お前はそういう奴だったな……。だがこうなった以上、流石のお前も手の打ちようがないだろうぜ」
マー坊の気が不気味なものになると、先ほどまで戦っていたアルトゥースさん以上のエネルギー量になった。
どうしたものかと考えていると、マー坊の姿をしている影が現れた。
しかも数え切れぬほど居て、それぞれが仙人級のエネルギー量を持っていそうだ。
――――――?
「ああうん……。こりゃあ勝てないな」
「いいや。お前はまだ勝ち筋を残してるな?」
「――っ!?」
物理的衝撃だけでなく、精神をも激しく揺さぶってくるような攻撃をされた。
何が起きたのか分からないが、今は魔塔の内部に残っている分身の維持に全力で集中する。
そして俺は1分近くタコ殴りにされるが、そのあいだ耐え続け敵を観察する。
数こそ多いが、同時に動かせるのは3体……。
雑な操作でも4体が限度のようだ。
包囲網は俺を逃さないためのものか。
「…………なんか言ったらどうだ?」
――――――
「そうですね……。助けに来ますよ。生き残れる実力もないくせに……」
「なに意味の分かんないこと言ってんだ!」
腹部を蹴られるが、冗談抜きで痛い。
痛覚をできるだけ遮断しても、マー坊は精神にも影響する攻撃をしてくる。
相当消耗させられ、体力も精神もそろそろ限界が近い。
――――――?
「仲間……ですよ。まあ、到着には時間が掛かるでしょうけど」
――――――?
「まさか……。でも、だからこそ、そんなバカを危険な目に遭わせたくない……。死なせたくないから――絶対に負けられない……!」
「さっきから誰と話してんだお前?」
これ以上は本体の身が持ちそうにない。
そうなれば最後、奴隷紋を刻印しようとするはず。
俺は分身に吸収させていたエネルギーを回収。
全快の3割近くまでは戻っただろうか。
続けて≪ふくろ≫から冒険者カードを取り出し、操作をおこなう。
「――っち! させねえぞ!」
だがマー坊も好き勝手はさせてくれず、振り払われ冒険者カードは地面に落ち転がった。
自分が邪魔をされたら怒るのに、相手のパワーアップは許せないらしい。
「……まあいいか。誰と話してるかだったな。分身ともだけど、あとはアルトゥースさんだよ」
「……あの聖人だと? あいつなら魂まで完全に殺しきったぞ」
「さあな……。ただの気のせいかもしれない。俺が作っただけの幻聴かもしれないな」
経験値の量こそ思ったより少なかった。
しかしアルトゥースさんの魂には、他の者にはない性質があったようだ。
偶々俺の能力の性質に合致し、声が聞こえてきたのだと思う。
それを切っ掛けに、強化に必要なSPが990になっていた。
「だったらなんだ。どんな能力に目覚めたか知らねえが、あんな一瞬じゃあSPは振れてねえだろ」
「いいや。冒険者カードを壊せなかったお前の負けだ」
俺は5メートル横の地面を指差した。
そこには生体具現を強化する画面の、≪はい≫を押す具現化された手があった……。
直後に手は蹴り飛ばされたが、俺の肉体を青白い光が包み、長い月日の修行を一瞬で済ませた感覚が巡った……。




