87体目 雷業
「ようトウヤ」
俺は全力で逃げ出した。
背後で知っている声が聞こえたが、実体や大量の虚像分身を交えどれが本物かを見極めさせない。
おまけにとばかりに軍事用の発煙機で煙幕を張って隠れ蓑にする。
「……やれ!」
「うぐあっ!」
掛け声と同時に、本体に衝撃が走った。
肺付近を殴られたようで、地面へと叩きつけられ空気を吐き出した。
そして太い斬撃らしき攻撃で、分身と煙幕が消し飛んだ。
「……何が起きたんだ」
「もう逃げられねえぜ? 多少制限が掛かるが、やっとリッカが聖人様を操れたんだからな」
マー坊の見ている方向には、黒い気を纏ったアルトゥースさんが居た。
胸に大きな穴が空いていて、生きているのかどうかも怪しい。
「ちくしょうが……。聖人が操られんなよ……」
「抵抗されたら面倒だ。瀕死にさせろ!」
視界から敵が消えると同時に思考を加速。
姿を捉えた時点で既に隣にいて、俺に蹴り掛かっている最中だった。
咄嗟に腕でガードするが、防ぎきれず飛ばされる。
ドス黒いオーラだが、殺す気をまるで感じない。
受ければダメージとなるが、十分戦える。
攻撃の衝撃を地面を滑って軽減し、バックステップに移行。
丁度手に持っていた窃盗丸を抜き取り、気力を振り絞り臨戦態勢を取った。
「威力を押さえてるのか……。よし。やってやる!」
しかし、敵が早すぎて振りが追い付かない。
打撃は複数回に渡り、俺を空中や地面を行ったり来たりさせている。
思考は間に合い、防御に気を回すことで大きいダメージはない。
だが分身を使っても相手が余力を大きく残しているから、捨て身で隙を作らせることは不可能だ。
そして防御ではなく攪乱に使おうとしても、本体が見破られる。
これでは分身を使っても、体力をムダに減らしてしまうだけだ。
時間もくれないようだ。
ダメージが少ないと思ったのか、闇の魔法を使った重い拳が腹部へ吸い込まれた。
「ぐっ……!」
衝撃を逃がそうにも、吸い寄せられるせいで後方へは飛べず深く食い込んだ。
痛いというより内臓に深く響いてくるようで、体力を奪いにくる攻撃だと分かる。
「諦めるなら早めにしておけよ?」
「このままじゃホントにやばいな……」
相当に不味い状態だ。
しかし敵に命を奪う気がないせいか、戦う楽しさが勝っている。
かと言って負ければ先は見えているから、絶対に勝たねばならない。
俺は窃盗丸を鞘にしまって防御を固める。
すると警戒されたのか距離を取られ、準備に時間を掛ける余裕ができた。
「なんだ……? 大きいのを1発もらった程度で、お前が諦めるわけないよな」
「当然……! 覚悟もできた。お前に人を殺させたのは、俺にも一切の原因がないとは言えない。だからその業も背負ってやるよ。この"雷業"でな……!」
≪雷業≫は生命力を電気に変える能力だ。
しかし俺は複数の対策をするぐらい静電気が大嫌いだ。
だが嫌いだからこそ、それを使うという覚悟が影響して高い威力を発揮する。
これは己がおこなった行為を、痛みをもってでも背負うという意味で"業"の字を入れた、丁度雷属性の技を色々試して開発中、祭りの夜に過去を受け入れて作ることを決意した能力だ。
俺は限界まで気力を高め、多くを窃盗丸へ集める。
そして生命力は磁力を帯びた電撃となり、全身にも走らせる。
「――!? やらせるな!」
何をしようとしているのか気づいたようだが、もう遅い。
鞘内部の磁力で抜刀を加速し、筋肉を刺激して限界以上まで増強された筋力を使い、最高速度で窃盗丸を振り抜いた。
加速された世界では、聖人と言えども動きを捉えることが可能。
それにより完璧なタイミングで一閃。
聖人の首を跳ね飛ばした……。
――よもや私が打ち負かされるとはな……。武器を使っていないのは言い訳にもなるまい
操られていても意志はあったのか、アルトゥースさんの声が心に響いてきた。
『レベルが90上がりました』
聖人が持つ経験値にしては少ない気がする。
おそらく死ぬに死にきれなかった状態で残った、僅かな魂だったのだろう。
俺は限界を超えた威力を発揮したのが原因で、腕の筋肉は切れ脱臼もした。
窃盗丸も取りこぼし、左手で脱臼を直し、筋肉を具現化して誤魔化しつつ刀を拾い直す。
「……後はお前だけだ」
「そいつはどうかな?」




