86体目 魔界からの訪問者
分身が強敵と戦っている一方、1003層にある自宅。
この場には桜やモモカ以外にも、旅行に行ったメンバーが揃っていて若干狭く感じる。
セレナさんに関しては、目を覚ました後親が煩くて半分家出状態で尋ねてきたらしい……。
一応家の外に兵士が待機しているが、もしもの時は押し退けてでも行動しそうだ。
「まだ次の計画も立たないのか……。ギルドと国の判断遅いな」
「一応聖人や仙人級の人たちは集められて、いつでも出られるんだよね?」
桜が言うように、少し前に通知が続々と全員に届いた。
だが待機状態だから、ニュースを見ながら話し合ったり食事を摂ったり……。
俺以外の人は気ままに半日ほどを過ごしている。
時刻も、事件発生から1日が経ちもうすぐ正午だ。
「塔也君。買ってきた紅茶のパックここに入れておくわね」
「では折角ですから、わたくしが淹れて差し上げますわ!」
赤と黄色のお嬢様は2度目の訪問だというのに、まるで自宅のような寛ぎようだ。
俺もレベルの区切りがいいから、そろそろ休息を挟むとしよう。
「俺様は紅茶は嫌いだ。甘いものをよこせ」
「なっ――!?」
突如ソファーの空席に少年が現れた。
咄嗟に距離を取り、窃盗丸に手を掛け警戒する。
見た目こそ12か13歳だが、その青みを帯びた黒髪の少年が発する気は尋常ではない。
少なく見積もっても俺の10倍以上の密度があって、それ以上は測定できない。
「誰だ貴様」
「意味のない警戒はよせ。用があるのは貴様だ」
錬斗の貴様発言は軽く無視し、俺に目線を向け用があると言う。
「用……? そもそもお前は誰だよ」
「っふ……! ならば聞かせてやろう! 俺様の名はハルト! 魔界の王子にして、やがては魔王となるもの者だ!」
「魔王?」
「そうとも!」
「おいハルトこっちにこい! おいしそうなケーキがあるぞ!」
「何っ!? それは本当か!」
また1人増えた。
今度は少年よりちょっぴり身長の高いポニーテールの女の子。
声のしたほうを見ると、冷蔵庫を勝手に開けている……。
ハルトを名乗った少年は、立っていたソファーから降りて冷蔵庫へと向かった。
「食ってもいいけど、冷蔵庫を勝手に開けるなよ……」
「ふふん! 無防備に置いているほうが悪いのだ!」
「おいリナ! 俺様の分まで取ろうとするな!」
女の子はリナという名前らしい。
見たところ本心から悪いと思っていない。
魔界ではそれが常識なのだろうか。
「用とは言ってたけど、魔界からどうやってここに来たんだ? 魔塔が防衛してるはずだけど」
「あの程度、俺様のチカラの前では無力だとも!」
「ハルトは≪時空の渡し人≫に頼んだのだ! リッカは自力だから送り込……まあなんだ! ペットが逃げ出したから人間界に来たのだ!」
「まさか……お前たちがこの騒動の元凶なのか!?」
「……だったらどうする?」
錬斗は武器を構え叫ぶと、臨戦態勢に入った。
ハルト殿下は挑発的な笑みを浮かべ、それに錬斗が乗ってしまう。
頼むから人の家で暴れないでほしい。
「ふんっ……。避けるまでもないな」
自ら首を差し出され、錬斗は全力で首に斬り掛かる。
しかし、ハルトがエネルギーを集中していたわけでもないのに、逆に剣が折れた。
そして折れた刃が回転して、リナなる少女の目に命中。
「うぐああぁぁ――!! 目が! 目があぁ!?」
「アホが……。油断し過ぎだ」
剣は目にはじかれ、見たところ怪我もしていない。
凄く頑丈な肉体だ……。
「さて、そろそろ用事を済ませるとしようか」
「用事ってなんだ?」
ハルトは俺を見ると笑い、右手を高く上げた。
「時空の渡し人よ! 俺様が命ずる! この場にゲートを開け!」
「ゲート!? 室内だぞ!」
「心配するな。そんなムダな破壊を生むものではない」
家が壊れるかと思っていると、後ろから声を掛けられた。
いつの間にか少女が視界から消え、俺の背後に回りこんでいたようだ。
そして現れたのは、ゲートとは思えないぐらい気配がない歪み。
リナなる少女は俺を抱えると、その中に飛び込んだ。
続けてハルトが入ると、門は閉じて通れなくなった。
現れた場所は、現在も分身が偏在している結界内……。
俺は地面に着くと同時に距離を取る。
「なんだってこんな場所に連れてきた……」
「わたしたちが楽しむ為だ! 分身を使っての戦いは中々面白かったぞ?」
「だが分身だけでは気迫が足りん! 人間は感情を爆発させてこそ真価を発揮するのだろう? 本体で激戦を繰り広げ、俺様にその真価とやらを見せてみろ! リナ! 帰るぞ!」
「ぬぅ、もうか……。トウヤ! 生き残れたらまた会おうぞ!」
言いたいことだけ言い終えた魔界の住人たちは、すぐにその場から消えてしまった。
話した感じから悪人とは思えないが、やっていることは自己中心的ではた迷惑だ。
また会おうと言うのだから、この戦いにケリが付いたら説得できるといいが……。
まずはこの場を生き残ることを優先せねばなるまい。




