82体目 魔界の王子
魔界に存在する宮殿――その一室に優と2人の魔族が居た。
笑みを浮かべる少女――≪リナ≫は、黄緑色に艶のある長いポニーテールを揺らしながら、苦悶の表情を浮かべる元冒険者へと問い掛けた。
「どうした? たった1人の人間に苦戦しているではないか」
「相手は聖人なんだ。環境が整う前なんだから仕方ないだろ。それにリッカのダメージはないようなもんだ」
「ふんっ……。これでは面白くないな」
冒険者資格を剥奪された優は、堅実な侵攻をしている。
しかし、それが気に食わない者が居た。
青みを帯びる黒髪の少年――≪ハルト≫が望むのは、条件を整え守るような戦いではなかった。
「何を言っておるのだハルトよ。お前が提案した遊びではないか」
「俺様は人間との激しい争いが起こるのを楽しみにしてたんだ! レベルの高いリッカを与えたのだから、もっと面白い戦いを見せんか!」
「好きに使って構わないって言ったのはあんたらだぜ? 俺には俺のやり方があるんだから、大人しく見てろよ」
改造に改造を重ねられたダイダラボッチのリッカは、激しい恨み辛みを持ち合わせている。
しかし思念を使えば言葉を話せる程度には知能があるが故に、下手に逆らうことができなかった。
逆らえば最後、即座にその命を刈り取られると理解していたからだ。
「わざわざリッカが人間界に逃げるよう仕向けたんだ。つまらぬものを見せたら承知せんぞ!」
「人間界の者であるマサルに直接手を出せば、父上に叱られるぞ?」
「ええい分かっている! 近い内に法を変えたら、その時コテンパンにしてやるということだ!」
ハルトの父親の弟であり、リナの祖父でもある魔族は、第7魔界を牛耳る魔王だった。
リナの祖父が作った法によって魔族や悪魔たちは人間界へ攻め込むことが禁じられ、地球への侵略が成されることは長いことなかった。
しかし数年前命を落とし、魔界は戦乱の時を迎える。
そこで勝ち残ったのが、ハルトの父親だ。
「オヤジが魔王の座に着かぬなら、次の魔王は俺様だ! 法などチカラづくで変えてくれるわ!」
「私より弱いのに言うではないか。祖父が大切にしていたルールだ。変えると言うなら私も相手になるぞ?」
「しかし意外だったな。魔界にも法があるなんてな」
法が作られたのは遥か昔、魔族同士のハーフである魔族が、人族に恋をしたところから始まる。
その魔族はやがて人間界を守るために魔王となり、反対する悪魔や魔族をチカラでねじ伏せルールを定めた。
人間界に対する明らかな攻撃行為や、侵略せんとする者は処刑すると……。
「祖父は人間が大好きだったのだ! 私にも人族の血が4分の1ぐらい混ざっているのだからな!」
「じゃあなんで、人類に敵対するような真似してんだよ」
「この程度あそ……。逃げ出したペットを連れ戻すついでに、人間の動向を観察したいだけだ! もし滅びそうになったら助けてやるのだ!」
「……ということだ。侵略しているのは貴様だから法には触れていない! 精々リナが動かない程度の大暴れを見せるがいい!」
リナはペットが逃げただけという大義名分が欲しいのだが、遊びたいという欲求を隠せていない。
厳密には、ダイダラボッチはハルトのペットだ。
そして成長し過ぎて、これ以上は危険なので処分することになる。
どうせなら遊ぼうと、これまたハルトが持ち掛けたのが事の始まり。
最初は適当に解き放つだけのつもりが、リナの提案により人間同士の争いにされた。
結果的には、今のところは被害は少なく済んでいる。
無作為に放流されていたら、何百万人と命が失われていたことだろう。
地上の様子をモニターで伺っていると、部屋に使用人がやってきた。
宮殿に仕える、人の要素が強いペンギンの亜人だ。
「失礼」
「何事だ?」
「陛下が、ハルト様とリナ様の両名をお呼びになってますよ」
「オヤジが!? なぜだ!」
その外見はもはや人族であり、ペンギン色のパーカーを着ただけの女性だ。
受け答えをしたハルトは冷や汗を掻き、なぜ呼ばれたのかを考える。
逆鱗に触れかねないことをしていると自覚しているだけに、心境は穏やかではなかった。
「なんでも、魔王の座について話があるとか……」
「それを先に言え! 行くぞリナ!」
本来ならそのまま娘に受け継がれるはずだった魔王の座。
苦節あり現在仮に座っているのがハルトの父親だ。
だがそのまま統治する気はなく、実力がある者へと受け継ごうと考えているのであった。




