78体目 分裂体
マー坊は風穴が開いているのに、黒く染まって内部は見えず一切の出血がない。
痛みすら感じていない様子からして、人形の類だろうか。
「少しは話す気になったか?」
「……大人しく刑務所に居ればいいのに、なんだって出てきたんだ」
結界も再び張られているようなので、作戦変更。
何度も突破しつつ攻撃を与えても、ムダな消耗になりかねない。
それに連絡は入れてあるから、仙人級以上の増援がくるはず。
「あんな薄暗い場所で一生を過ごせるわけがないだろ」
「だとしても、どうやって出てきた」
「分かってるくせに聞いてくるんだな。時間稼ぎか?」
「それはお互い様だろ。低レベルな分身を使って何を企んでる」
「少し違うな。死霊魔術……まあこの辺りはいいか。要は魔界の分裂魔法だ」
「分裂?」
色々気になるが、共犯者が≪影≫の親玉なら魔界へ行っていてもおかしくはない。
獄内に接触できたのは不思議ではあるが、逮捕以前からマークしていたなら不可能でもないか。
「ああ。それと、何を企んでるかだったな。とりあえずはこうだ」
「足元注意!」
警戒していたから、砂の中を何かが進んでいるのは気付いていた。
飛び出てきたのは、マー坊の形をした影。
狙いは桜のようだが、ムギが障壁で遮る。
そして理沙が斬り、影は消滅した。
「残念でしたわね! それぐらい気付けない私たちではありませんわ!」
「いいや。本命はこっちだ」
「きゃっ!」
現在の配置は安全を考慮し、後衛にカレンとセレナさんが居る。
しかし2人の足元付近から、気配が非常に薄い黒い触手が飛び出て絡みついた。
「動けば殺すぜ?」
助けに動こうとしたが、殺す発言で一瞬迷ってしまった。
その隙に触手が、ゲートへ向けてセレナさんを投擲。
助けに出ようとした俺や錬斗、カレンの前にも触手が現れ救出を妨害する。
出てきた触手への対応はできるが、セレナさんはゲートを通過した。
「囮だったか……!」
「助けたかったら塔也と桜の2人だけで通ってこい。別に殺しやしないぜ。昔の仲間水入らずで話そうってだけだ」
言い終えた優はゲートの中へと姿を消した。
≪影≫を生み出さないゲートは、これまでとは明らかに違う。
嘘ではなさそうだが、どうしたものか。
「すいません。わたくしが守れていたら……」
「あれは仕方ない」
「それよりも、早くセレナさんを助けに行かなきゃ!」
すかさず錬斗がカレンをフォロー。
桜が話し掛けてきた。
「でも、きっと罠ですわよ」
「……カレンの言うことはもっともだけど、行くしかないな」
向こうがどうなってるか分からない以上、対策は難しい。
だが、他国の王女を見捨てたら大問題になってしまう。
人質は誰でもよかったのだろうが、最悪の人が選ばれたものだ。
「俺たちはどうする? ≪影≫は出てこないけど、他にも居るんだろ」
「……レーダーは渡すからそっちは錬斗たちに任せる。ここのゲートは残しててほしいけど、最悪の場合は自力で戻る。危険なら遠慮せず壊してくれ」
「分かった」
桜へ向き軽く頷くと、2人で歩き出す。
しかし、モモカが俺の前方まで走ってきた。
「モモカ……」
「ご主人様! 必ず……必ず2人で戻ってきてくださいね……」
「ああ忘れてた。分身渡しておくから、そっちは頼むな」
「……はい」
死亡フラグを建てられた気がしたから、あえて雰囲気をぶち壊した。
頭を撫でるついでに、"モバイルトウヤ"を頭上に置く。
それを両手で握ったモモカは、隣へ来たムギと共に俺たちを見送った。




