70体目 告白
「恩赦か……。国の体裁としても悪くない提案だが、それだけで良いのか? なんなら大臣の孫娘とでも縁組を……」
「ま、待ってください!」
「そうですよ! 塔也さんを結婚させようだなんて!」
色々と突っ込みどころが多い……。
まずヒュース王だが、自身の娘ではなく大臣のほうを売りつつ関係を結ぼうとしている。
俺が望んだことだと言い張り、日本政府に指摘される要因を作らせない気か。
そして待ったを掛けた桜とムギは何を考えているのだか。
「ご主人様……。わたしはもう要らないのですか……?」
「要らないとは言わないけど、正直法律がめんどくさい」
「それじゃあ今まで通り、一緒に居てもいいですか?」
「……ああ」
見上げてくるモモカの顔は見ず、好きにしろという意思を伝える。
エルフの里での一件もあったから、こうなることは想定済みだ。
問題は桜がどう出るか。
そしてムギは【結婚反対】のプラカードを持ち出した。
どこから出したのだろう……。
「おいムギ。恥ずかしいからやめ――」
錬斗は頑丈そうなプラカードで顔面を殴打された。
あれは痛い。
両手で顔を押さえ蹲る兄を無視し、ムギは無言で王へ向けて講義し続けている。
「う、うむ……。モモカ君のことは承知した。それで、桜君はどうするのかね?」
「恩赦がもらえるのは嬉しいです。けど塔也君は、私が奴隷じゃなくなっても一緒にいてくれる……?」
「いいや。家は住んでくれて構わないけど、もうパーティーは組まない」
昨日の戦闘のような想いを何度もするぐらいなら、初めから1人で戦っていたほうがいい。
それでも桜は冒険者を辞めないから、俺の居ない場で死ぬ可能性もあるだろう。
しかし今は、それでも構わないと思っている。
「……それって、3年前のことが原因だよね」
「ああ」
昨日のことで確信させられた。
このままでは昔のように、また大きな幸せを感じてしまうと……。
幸福を失う絶望をまた味わうぐらいなら、最初からないほうがマシだ。
「それなら私は、奴隷のままでいい。もう塔也君を裏切りたくない。あんな悲しい想いをしたくない」
「裏切った?」
「理沙さん。いいところですから口は挟まないでおきましょう」
理沙とカレンが混ざりそうだったが、そもそも言葉を交え口論するつもりはない。
頑固者を説得できるはずがないからだ。
「……好きにすればいい。俺も好きにさせてもらうから。もう奴隷の責任まで負うのはまっぴらだ」
奴隷が起こした問題は主人が責任を負うというのがあるせいで、俺は2人から目が離せなかった。
桜にとっては自身を見てくれるのは嬉しいことだったのだろう。
しかし俺はストレスが溜まるばかりで、もう視界に入れたくもない。
「では奴隷としての契約のみ破棄し、奴隷紋はそのままということでいいのかね?」
「それは………………うん、決めた。塔也君。私の好きにしていいんだよね?」
「いいや、やっぱダメだ。嫌な予感しかしない」
第六感が告げている。
ここで桜に好き勝手をやらせてはいけないと。
「奴隷の契約も、紋章も、やっぱり要りません。だって、自分を人質にしてるみたいでずるいと思うから」
言いながら俺の目の前にきて、抱きついてきた。
「私ね、小学校を転校して出会った頃からずっと、塔也君のことが好きだよ。最初は友達としてだったかもしれない。でも今は、男の人として大好き」
胸に痛みが走った。
ナイフが突き刺さったようであり、鎖が締め付けてくるかのような冷たさと苦しさがある。
「俺は……嫌いだ。大嫌いだ」
俺は桜の肩を掴み突き放そうとした。
しかしチカラが湧いてこない。
「今はそれでもいい。けど言葉にしないと、行動に移さないと伝わらないから……。私はいつまでだって、何度だって言い続けるよ。塔也君のことが大好きだって」
そして沈黙を貫いていたムギが動いた。
「ちょっと待ってください! 黙って聞いてましたけど、あたしだって塔也さんのことが好きですよ!」
「なんてことを言うんだムギ! しかも、よりによってこんなタイミングで!」
「こんな時だからだよ! お兄ちゃん離して!」
確かに、本気で相手のことが好きで奪われたくないのなら、動くチャンスは今しかないだろう。
空気がぶち壊されたのは俺にとって幸運と思っていいのか、カオスになったと嘆くべきか。
そしてムギは兄を振りほどいて抱きついてきた。
「ムギちゃん……」
「あたしはまだ中学生ですけど、それでも本気なんです。ですから――」
「――ちょっと2人ともマジでやめてくんないか。針の筵に立たされる身にもなってくれ」
「す、すいません……」
「皆の者! 見ていないで行動するのだ! 早急に英雄たちをもてなす宴の準備に取り掛かるのだ!」
引き揚げるならもっと早くしてほしかった。
これでは明日の記事が、『国を救った英雄、色を好むか!?』といった具合になりかねない。
そして俺は、多くの人が解散して静かになり始めたところで告げた。
「……精神的に疲れたから、返事は3年ぐらい経ってからってことで」
「……うん。待ってる」
「あたしは3年なら、むしろ丁度良いです」
「待つのかよ……」
あえてムダに長い期間を設けたが、2人とも平然と受け入れた……。




