58体目 氷結魔法
「4000なんて、そんなの勝てるわけ……」
ムギが言うように、普通に考えて勝てるはずがない。
2倍近い差でも弱点を突いて勝てるかどうかだ。
それが6倍以上ともなれば、通常の攻撃では弱点ですらダメージとならない。
見た感じ相手の弱点は氷か次点で水だ。
勝てる見込みがあるとすればモモカだが、それも密閉されたこの空間ではあまりにも危険。
相手がイフリートともなれば、水蒸気爆発が起きるだろう。
しかも、それで倒せるとは思えない。
「水蒸気爆発に注意しろよ……。複数回に分けて削り倒すしか――!?」
戦闘が始まる前に分身が吸収した分を還元し、モモカの手を握り魔力を流し込む。
そしてその最中、一筋の閃光が薙ぎ払われた。
前兆があったお陰で俺はギリギリ反応でき、モモカを引き寄せ倒れるように屈む。
「きゃあ!」
「……え?」
ムギは障壁が現れ光線が上部に拡散。
しかし桜を守るものはなにもなく、その胴体に直撃。
地面に倒れ、上半身と下半身のあいだからは大量の血液が流れ出ていた。
「桜!」
本体で急いで近づき、分身に守りを固めさせる。
「ごほっ…………!」
「大丈夫だ! すぐ治す……!」
『ファイアー……ボール!』
切断された部分を生体具現で治す。
辛そうだが、痛みにはなんとか耐えてもらうしかない。
次にイフリートが放ってきたのは、5発の火炎球。
高位の生命体だからか言葉まで発している。
「"ウォーターウォール"!」
「ダメか!? 全力で逸らせ!」
モモカが作った水の壁は容易く突破された。
そして分身の1体が指示を出し、4体の分身がそれぞれ火球をその身を犠牲しつつ防ぐ。
1体では風の魔法を使っていても受け流すのが精一杯だ。
しかし1発は残り、こちらへ迫ってくる。
「塔也さん! ……熱っ!?」
「ムギ……! ちくしょう……!」
障壁は即座に砕け、ムギは盾で直接防ごうとする。
衝突と同時に吹き飛ばされ、手放した盾はドロドロに溶け原型を留めていない。
火球も散ったが、あの火力を間近で受けたのだから大火傷を負ったはずだ。
『ふ……フタリめ、は……イジョかんリョ』
まだ無機物であるなら、怒りなど湧かなかったかもしれない。
しかしイフリートが言葉を発するからか、俺の中の何かが切れた……。
「にゃろう……っ! モモカ! かまわず全力で撃て!!」
「で、でもそれじゃあ――」
「――さっさとしろ!!」
「っ!? はい! 詠唱してる暇は……。でも全部を――!"メテオシャワー"!!」
イフリートは攻撃の準備に入っている。
しかしモモカは制御をずっと練習していたが為に、無詠唱でも発動できるようになっていた。
当然制御を完全に放棄しているから、被害は甚大なものとなるだろう。
さらには逼迫した状況がそうさせたのか、"メテオシャワー"は2発降りてきた。
イフリートに水が接触すると、水蒸気爆発が起きる。
水は水蒸気となった場合に体積が約1700倍にもなるというから、このフロアは一瞬で爆発による熱量に埋め尽くされる事になる。
俺の心内には膨大な感情が渦巻く。
しかし同時に感情を爆発させまいと、二重人格とでも呼べる冷徹な意識が表に出て冷徹になっていた。
「爆発がなんだ……。要は振動だろ。そんなもん全部止めてやる……!」
胸の前で拳を強く握り締めた瞬間――水蒸気になろうと膨張しつつあった水は凍り付き、イフリートを閉じ込めた。
同時に魔力を使い果たしたモモカは倒れ、俺も倒れこそしないが眩暈でふらついた。
「……っ。まだまだ!」
戦闘が終わっていないと確信した俺は、残る魔力を両手のあいだに溜め込み大精霊に向けて駆け出した。
巨大な氷塊は瞬く間に砕け散り、周りの氷を溶かしてゆく。
「お前が深淵から出でし者だっていうなら、深淵の炎だって凍らせる……!」
『キノウ、ていか……。はんゲキ、開始!』
イフリートはエネルギーを高め始めたが、最初に比べて遥かに遅い。
初動と同じく光線を放ってくるが、加速した世界を持ってすれば軌道は見える。
「遅い……!」
俺は砕けた氷の隙間を走り抜け、跳躍して攻撃を回避。
イフリートの目の前に立つと、溜めた魔力をゼロ距離でぶち当てる。
「"深淵の氷結波"!」
胸部付近から凍り付いてゆくイフリートは魔法に抗っているようで、氷の浸食は途中で止まる。
だがそれで終わりではなく、俺は直接触れてありったけの魔力を流し込む。
「これで、終わりだぁ――っ!」
俺は想いを全て吐き出し、火の大精霊は完全に凍り付いた。
そして数秒後砕け散り、己の内から声が鳴り響いた……。
『レベルが543アップしました』




