35体目 未開拓の地
第三章:不吉な影
開始します!
地下10階――ボス部屋。
敵は尻尾を含めて3メートルあるリザードマン。
亜人としても普通に生活している彼等だが、50階の般若だって人族だ。
お互い様だから倒すのに躊躇しない。
「よし! 武器はじくぞ!」
「"ヘイスト"!」
分身1体が敵の持つサーベルを短剣で受け止めた。
その隙にもう1体が2メートルはある鉄パイプではじく。
残る1体は痛覚なども最大限まで共有して性能を上げている。
その分身が窃盗丸で斬り掛かった。
桜からの"ヘイスト"により分身の速度が増して、本体以上の速さとなる。
気力操作で窃盗に気を纏わせた一撃は、攻撃スピードも相まって容易にリザードマンの首を跳ね飛ばした。
『桜のレベルが1アップしました』
「10階じゃ弱くて練習にもならないな」
このボス戦では桜のレベルのみ上がった。
あえてごり押しせずに対応していたが、これでは緊張感の欠片もない。
"加速する世界"によって考える時間も果てしなく長く取れる。
相手がどんな攻撃をしてこようとも、考える余裕さえあれば対応策は思いつく。
そういう意味では、俺はより幅広く対応できるよう能力を鍛え上げるべきだろう。
「私はレベルが上がったけど、塔也君は道中のモンスターを含めても上がらなかったね」
「レベル差が3倍近くあったら、魂を磨き上げるには不相応ってことだろうな」
噓か真か、魂が輪廻転生の輪に加わる際に記憶はリセットされる。
そして残る魂の経験が、倒された相手へと譲渡されるというのが有力説だ。
今回の桜のように、倒した人にではなく敗北を認めた相手にも経験値が流れることからも、的を得ていると思う。
「レベルはともかく、ステータス的には大きく変わらないはずだよね?」
「魔法向きだったのに物理を鍛え上げてたから、ボスが相手だと劣ってる可能性すらある。それでも余裕なのは、特殊能力が強い証拠だな」
「もうレベルでは塔也君に勝てないだろうけど、私も頑張らなくちゃ」
桜は完全な後衛タイプだ。
弓やステッキを武器にしているが、メインの仕事は支援魔法と回復魔法。
そして光系統の魔法を扱える才能を有している。
「とりあえず11階に昇って転移するか。結界を広げてないらしいから注意な。残りの時間は桜のレベル上げってことで」
「うん!」
歩く俺の隣まで小走りで近づいてくる桜は、楽しそうな表情だ。
奴隷に落ちた者が出す表情とはとても思えない。
しかし仮に曇らせようものなら、関係者にボコボコにされるから理不尽ここに極まれり。
恩人のような扱いをされるのも嫌だから、この関係値が一番ストレスが溜まらないのも確かだ……。
我ながらわがまま過ぎるとは思う。
自分自身どうして欲しいのか分からないのが辛いところだ。
地下10階から11階へ続く階段を昇ると、500メートルほど歩いた場に転移球はある。
地図はインストール済みなので、冒険者カードを確認しながら進む。
転移球の結界は手を付けなければ20メートルしかない。
どうやってるかは知らないが、魔石を使うことで直径1キロ前後まで広げるのが地上1~100階でのセオリーだった。
だが地下は解放されたばかりだからか、街もできてなければ結界すら広がってない階層も多い。
「地下って言っても、空とかも地上と変わらないな」
「開拓が進んでないから、森の中だと空気も綺麗な感じがするね」
「家を買うなら28階層もいいかもな。なんなら別荘として使えばいいし」
「でもあそこって、凄く高いんじゃなかった?」
28階層は階層全体を結界で埋め尽くし、魔物が出ないようにされている。
その分結界の維持でコストが高くつき、移動も多少面倒なところがある。
自然を大事にしていて車も走れない階層だから、別荘向きの階層と言えるだろう。
「まあ、取り合えずは自衛隊がどう動いて、俺への対応を国がどういう風にするか次第だな」
「日本の冒険者人口は減ってるって言うから、強い人が増えるのはいいことだよね?」
「奴隷を禁止にしてるぐらいだし、俺の待遇も悪くはならないはずだけど……」
少なくとも強制労働は奴隷と変わらないから、酷くはしないはず。
既に最初の話し合いから日数は経っている。
そろそろあちらの準備も完了する頃だろう。
『桜のレベルが4アップしました』
『桜のレベルが3アップしました』
『桜のレベルが3アップしました』
そして夜に連絡が届き、桜のレベルも160になった。




