32体目 引退
俺は追加で部屋を取り、寝泊りしている宿へと桜を連れて戻った。
「しばらくはここで寝泊まりな。基本的なマナーとかは普段通りでいいけど、禁止事項は資料を見て覚えといて」
「うん……。奴隷を買うって大変なんだね……」
「甘く見てただろ? 「買う人次第で助けることだって~」とか言われたんじゃないか」
「……うん」
桜は絵に描いたようにいい子だが、自己犠牲が激しい子でもある。
たとえ他人でも助けることができるのなら、己の命を顧みない。
裏社会に手を出そうものなら、今回のように数日で底へ落ちる程だ。
常識はあるから明らかなのは断りこそする。
しかし優しさに付け込まれ、何度道を外れそうになったことやら……。
その度に仲間全員でフォローしたものだ。
「……中学校の卒業式以来だよね。こうやってお話しするの」
「そうだな」
俺は卒業する2ヶ月前に、親の都合で隣の市に引っ越している。
パーティーを追い出されてからも、距離はないから何度も訊ねて来たり、塔内でも遭遇はした。
しかし当時は会話をせず無視をしても追って来た。
その時期は荒れていて機嫌が悪かった俺は、怒鳴って追い返したのを覚えている。
以来会うこともなくなった。
「塔也君も身長伸びたね。差が広がちゃったかな?」
「卒業の時からなら……5センチぐらいか。桜は……縮んだ?」
「ち、縮んでないよ!」
毎年のように「来年には150を超える」と言っていた覚えがある。
変動しやすい体重はともかく身長は冒険者カードに載っているから、確認してみた。
「151センチ。更新したのは半年前か」
「きっと今なら154……153には!」
「伸びてても152だろうな。まあ、大人っぽくはなったんじゃないか。髪を下ろしてるからかもしれないけど」
「前の髪型は子どもっぽいかなって……。今はこんな感じにしてるんだけど、変じゃないかな?」
以前は頭の面積が髪で2倍になるようなピッグテールを中心に、時々下ろしたりポニーテールにもしていた。
今簡単に結んで見せてきた髪型は、ツーサイドアップと言うんだったか。
「それなら、もう少し伸ばしたほうが似合いそうだな」
「塔也君も同じ考えでよかった。今ね、伸ばしてる最中なんだ」
桜は同じ考えだったのが嬉しかったのか、両手を合わせて楽しそうに告げてきた。
俺は喋れる自信はなかったが、思ったよりも大分話せる。
ストレスが溜まることもなさそうだから、もう少し踏み込んでみる。
「それはいいとして、俺が抜けたあとのパーティーはどうなったんだ?」
「えっと……100階まではすぐ辿り着けたの。けど、天の試しで竹山君が大怪我しちゃって……。命は助かったんだけど、引退して2人になったから解散したの」
「竹山がか……。仲間の補充はしなかったんだ」
チクリンの場合、たとえ引退してもバカをやっていそうだ。
今再会しても、俺のことを「トッシー」と呼んで普通に接してくる気しかしない。
「うん。優君は2人で進もうって言ったけど、塔也君のこともあって落ち込んでたから、高校を卒業するまで私も引退してたの」
「だから塔内で会うこともなかったのか」
お互いに避けているからだと思っていたが、違う理由だった。
続けて桜は、高校での生活を話し始めた。
マー坊もしばらくは、またパーティーを組もうと誘ってきたらしい。
途中から俺は眠気に耐えれず、横になりながら聞いていた。
そしてしばらく聞いていたのに、マー坊が誘い続けたというところからの記憶がない。
その後モモカは分身が消えたから、急いで宿に戻ってきたそうだ。
楽しく遊んでいただろうに、悪いことをしてしまった。
『リードのレベルが1アップしました』
「よし。これで全員だな」
後日、約束の人数分レベル上げが終わった。
奴隷商には、解除用の体液を持たせた分身を向かわせている。
あちらは任せ、俺はその日と翌日は休むことにした。
桜をすぐに起用するのは、法律違反などをしないかという不安が残る。
休むのは、3日ほど掛けてモモカと共に学ばせるという考えもあってのことだ。
その期間俺は、調べ物をした。
後ろ盾にするなら、どういった機関や人物がいいのかを検討するために……。




