10体目 オーバーフロー
「あっ……。塔也さん! こんにちは!」
「……こんにちは」
遅めの朝食を摂り終えた頃合に、見覚えのある女の子に話し掛けられた。
コーヒーを一口飲みつつ、少し考えることで思い出した。
先月昼食を共にした子だ。
「いつもここで食べてるんですか?」
「連日で食うこともあれば、他の階層にも行くよ。週3回ぐらいの頻度か?」
「じゃあじゃあ、学校が休みの時はここにくれば会えるかもしれませんね」
「土日は居ないことも多いけどな」
最近は分身をずっと使っているから休んでいるか微妙だが、土日ぐらいは休暇を取る。
しかし学業をしつつ冒険者とは、人のことは言えないが熱心なことだ。
「どうしたんだムギ?」
「お兄ちゃん! 前言ってた塔也さんだよ」
「こいつがか」
「こいつなんて失礼だよ! お兄ちゃんより年上だし、助けてくれた人なんだから!」
深く思い出してみるが、助けた覚えなど微塵もない。
そしてお兄ちゃんから俺への印象がマイナス方面なのは、あからさまな目つきの変化でよく分かる。
「天谷 錬斗だ。ムギが世話になったらしいな」
「……前聞いた苗字と違わないか?」
「親が赤ん坊だったムギを捨てるような屑で、別々になっただけだ」
一見クールだが、いちいち言葉に棘がある気がする。
聞いた分から察するに、育った環境が厳しかったのだろうとは予想できる。
「塔也さんは何階まで進みましたか? あたしはこの前20階層をクリアしました!」
「俺が手伝えば今頃40には到達してただろうけどな」
「ってことは錬斗は60階層到達者ってとこか。俺は黙秘する」
最近20ということは、10階層到達辺りで俺を誘ってきたということか。
それだけだと寄生だが、レベルがさらに高い兄が居るなら納得だ。
ムギは小学校を卒業して、春休みに登録をしたと言っていた。
たった2月、本人の実力で20階層を突破したのなら中々に見込みがありそうだ。
「その、塔也さんさえよければですけど、お昼までパーティー組みませんか? お試しでいいので!」
「おいムギ。こんなぁ――っ!?」
お兄ちゃんは脛を蹴られた。
本気の蹴りではなさそうだが、初対面相手に失礼な態度だと判断したようだ。
実際態度が悪いと思ってたから少しスッキリした。
「失礼だって言ったでしょ! 塔也さん! なんならお兄ちゃんは抜きでもいいので、お願いできませんか?」
「…………お兄ちゃん抜きでいいなら、試すだけならいいよ」
喧嘩を売ってくるなら買おうじゃないか。
ムギの誘いを受けることにより、俺は目の前の剣士に精神的ダイレクトアタックを仕掛けた。
「何!? まさかムギに手を出す気か!」
「ん~…………。"YES""NO"どっちに答えても怒るだろ」
「当然だ!」
「当然なのか……」
シスコンであることを隠そうともしないその心意気は誉めようじゃないか。
「まあ安心しとけ。俺は今のところ女性に興味ないから」
「ムギに魅力がないって言うのか!?」
「お前それ、さっきのやり取りがあっても言うのかよ」
予想通りのセリフを言うとは。
まさかとは思うが、わざと言っている可能性もあるか。
案外ノリは悪くない人物なのかもしれない。
そういえばあの頃もこんな感じで……思い出したくない。
「行きましょう塔也さん! お兄ちゃんは何を言っても聞きませんから」
「おい待てムギ! 俺も行く!」
ボリュームのある短いポニーテールを揺らすムギは、俺の腕を引っ張り連れて行こうとする。
経験値は少量しか入らないが、休暇中の軽い運動だと思えばいいだろう。
「お兄ちゃんは帰ってろよ。どうせ休暇だから狩猟デートを楽しむからさ」
「ふざけるな! 許すかそんなこと!」
「ならお昼はお勧めの喫茶店がありますよ!」
「勘違いするなムギ! こいつは俺を煽る為にわざと言ってるだけだ!」
「そ、それぐらい分かってるよ! お兄ちゃんも少しは妹離れして! もう1人でも戦えるんだから」
もはや≪インプ≫程度なら素手でも倒せるが、持ってきている短剣は使う。
冒険者間では、塔内では最低限武器を所持しておくのは常識だ。
魔塔は日本だけでなく、世界中から人が集まっている。
塔の本体は海外に実在しているが、どの国から入場しても同じ場所に出る。
何も持っていないと、治安の悪い場では何時間も待たずに小悪党に絡まれるからだ。
一般市民の多くは、自国が所有している階層以外には余程安全な階層でもないと行かないものだ。
「なんか敵が多いな。溢れてるのか?」
「オーバーフローか。滅多にないだろ」
「オーバー?」
「忘れたのか? 冒険者の常識だぞ」
冒険者登録する時のテストにも出たはずだが、忘れでもしたのだろうか。
それとも、今は冒険者カードが便利になっている分省かれているのか。
例えば誰かとパーティーを組む場合ギルドに申請書を出す。
だが30分近くも掛けてギルドを通さねばいけなかった3年前と違い、今はカードを少し触るだけで申請が完了した程だ。
「調べたことはあるような……」
「世界の魔物が消えてからは魔塔が肩代わりして、内部に魔物が出現するようになったのは知ってるよな?」
「はい」
お兄ちゃんが教えていないようなので、代わりに教えることにした。
「地上で生まれた魔物はゲートを通して塔に移されるんだけど、たまに大きなゲートが出る時があって、同時期に狩る人も減ると、想定を超えた量のモンスターが溢れるんだ」
「成長し過ぎた魔物はいつのまにか消えて、地下送りにされてるって噂もあるな。一応魔物の数が多いってギルドに報告しといたぞ」
「塔也さんは凄く落ち着いてますけど、よくあることなんですか?」
「6年やっててそろそろ十回目の遭遇だな」
「俺も1回はあるな」
経験則からゲートが出現している方角は分かる。
しかしレベルに余裕のないムギ辺りでは少々荷が重い。
一旦避難して、ギルドの指示で動いたレベルの高い人に任せるのがいいだろう。




