ヒーロー4
大田区合同病院。
ヒーロー、ギャラクシー・ガイが到着する一時間前のこと。
市民病院は表の顔であり、その地下深くは実験施設となっている。治験や病気の実験ではない、人体実験だ。法律などまるで知らないとばかりに行われている非道の数々。
その実験体は政府によって秘匿されている『超能力者』と呼ばれる新たなる人類だ。
ここはそんな超能力者たちを拉致し、解剖・研究している施設。
目的はただ一つ。『新たなる人類の創生』。
ガラスの向こうに広がるのはSFにも匹敵する液体ポッド。その中に入っているのは人工的に作られた生命体。屈強な体、鳥類や魚類などを複合させた皮膚。彼らは目を閉じ眠っている。
「どうかね、実験の方は」
所長は彼に問う。白衣を羽織った彼、達也の父、斎藤道夫はガラスの向こうを眺めたままだ。
「二号、三号なら出荷しましたよ」
「四号以降はまだか?」
「四号、五号は支部で調整中です。その他はまだ眠っています」
「ふむぅ。やはりコストパフォーマンスが悪いな」
唸る所長に対して彼は苦笑いしながら振り返った。
「誰もやったことのないことに対してのコストパフォーマンスに良いも悪いもありませんよ。子育てと一緒です」
「ふむ……それもそうか。おっと、それはそうと材料の方は足りているのかね? 補充は出来ているか?」
「扉が開いた影響もありますが、それでも1000万人に1人見つかればいい方ですよ。それに最近になってようやくですがコイツらを放っておいた方が確保しやすいっていうこともわかりました」
「ほほう? どういうこと――」
ビー、ビー、と警報が鳴り響く。滅多に使われない警報と赤いランプがけたましく鳴り響き、研究員の一人が状況を確認して駆け寄ってくる。
「部長! 襲撃です! 市民病院が怪人の襲撃を受けています!」
「何っ! いや、不思議なことではないか。……一般人の避難は?」
「行うよう動いていますが……奴ら、一般人には目もくれずに病院を破壊しています!」
「……数は?」
その問いに彼はゴクリと喉を鳴らし、画面を見たまま告げた。
「ご、ごご、ご……」
「5体か。……二号と三号に出動命令、試験運転として四号と五号も動かすよう指示を出せ。隔壁は閉鎖して防衛設備を起動させろ。こういうことも想定して準備はしてある」
「ぶ、部長! 違います! 5体ではなく、500体です!!」
500体の怪人。1体ですら警察や自衛隊の手に余るというのに、そんな怪物が500体。もはやそれは蹂躙と言っても過言ではなかった。
「ご、500? ど、どこからそんな……いや、まさか――前の施設から逃げ出した奴らか!」
「第二隔壁、第三隔壁突破されました!」
「二号、三号到着まであと25分! 四号と五号は一時間以上かかるとのことです!」
「部長、持ちません!」
迷っている場合ではないと道夫は意識を切り替える。研究施設は他の場所にもある。そこまで逃げ延びられればまた研究は再開できる。
「この研究室は破棄する! データは全て支部に送れ! 残っている新人類も破棄!」
彼の指示通りに部下たちは急いで手元のキーボードを叩いてデータを送り、液体ポッドに入っている人類を溶鉱炉に流そうと焼却炉を開いていく。
「所長、非常口から先にお逃げください」
ドサリ、と背後から音がする。
「ハハ、随分酷いことしているじゃないか」
聞き覚えのある声に振り返る。色白で白髪の男性。瞳は怪しい紅色に輝き、顔も服も返り血に濡れていた。足元には上下泣き別れた所長の死体が転がっている。
「お、お前……」
バキバキと音を立てて防壁が壊れていく。中から溢れ出てきたのは20を超える怪人の群れ。それらは一斉に研究員に襲い掛かり、ガラスを割って同胞の入ったカプセルを叩き割って中身を引きずり出していく。
「やぁ、パパ。皆、君に会いたがっていたから連れてきてあげたよ。探すのは凄く苦労したけど、もう逃げられないよ」
「……甘いな。例え俺が死んでも研究は行われる。二号、三号が死んでも後続は何体でも作れる。それらがいつかお前を倒すだろう」
白髪の彼は嗤った。
「ハハ、ハハハ! まがい物をいくら作ったって俺には勝てないさ。そして怪人にも、ね」
『うわあああああああああああああ!!』
周囲から血と死の臭いが充満していく。布と体の引き裂かれる音が響く。肉を食み、骨を砕く音が聞こえてくる。PCが破壊される。研究室が破壊され、貴重な被検体が死んでいく。
「――そういえばギャラクシー・ガイだっけ? 君の子供。彼ももうすぐここに来るかな」
白髪の彼はそう呟いた。笑いながら、凄惨に嗤いながら道夫を見つめた。
「巷じゃヒーローなんて呼ばれているね。あの同胞殺し」
その頭部を掴み、壊さない程度に優しく握りしめる。
「う、ぐあっ……!!」
「いいよね、ヒーロー。でもヒーローには敵役がいなくちゃ始まらない」
ズリズリと強引に道夫を引きずって彼は元来た道を引き返す。
「本当の敵が味方陣営にいるなんて三文芝居のヤラセもいいところだ。敵は敵らしくしなくちゃいけないと俺は思うんだけどさ、パパはどう思う? ああ、答えなくていいよ」
握った手からムカデや蛆のような蟲が湧いて道夫の頭部を覆っていく。手足が跳ね上がり、体は痙攣し、呼吸も出来ずにもがく。
「俺たちにやったこと、身をもって知れ」
コツン、コツンと足音だけが暗い階段を上がっていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一時間後。ギャラクシー・ガイ、到着。
合同病院は炎に包まれ、がれきは飛び散っていた。病院の前に陣取るのは300を超える怪人の群れ。まるで報復に来たとでも言わんばかりの数に誰もが息を呑んだ。
地上には報道陣が並び、空中からはヘリが飛び交っている。道路も他の建物の屋上までも満員の場が出来上がっていた。
「な、なんだよ、これは……」
今までの比ではない数の怪人が立ち並ぶ様子を見て俺は絶句した。震える足で一歩踏み出そうとして、藤袴さんに腕を抑えられる。
「待て。流石のお前もあの数相手には無理だ」
「で、でも! あの病院には父さんがいるんです!」
藤袴さんの握力が少し弱まり、しかし再度強く握られる。
「それでも迂闊に飛び込むな。二体、いや三体なら行かせても良かったが今回はそんな比じゃない。あの中に飛び込めば待っているのはリンチと死だ。それに今まで無差別に襲っていた怪人がこうも統率されているということは、統率している何者かがいるということだ」
それは……分かる。行けば勝てないことくらい理解できる。
「見ろ」
藤袴さんがふと右側を指さした。視線を向けるとそこには黒いジャケットを着た二人組と警察が数名待機していた。更に向こう側には青いジャケットの二人組が待機している。
「ウチのチームとは別口だが、怪人制圧のチームだ。……本来なら今日の夕方にでも話そうと思っていたのだがな。今度から怪人はお前一人ではなく複数人で対処できるようになる。行動範囲も広がるし、これ以降も数人ずつ対策チームが結成される予定だ」
その話は後でもう一回聞いたら結構ショックだったが、今は父さんのことが気になっていて話半分に聞いていた。
「お、おい、あれ!」
報道陣の誰かの声に合わせて視線が一気に病院の玄関へと向けられる。怪人どもが一斉に道を開け、一人の白髪の男性が現れた。その背後には4mはあろう巨体がノッシノッシと歩いてくる。
「う、うえ……」
「うっ……」
その巨体の皮膚は白い蛆に覆われていて、頭部は触手と円形の口で出来ていた。四足歩行なことも相まってとてつもなく気色の悪い生物へと変貌していた。
白髪の男性はゆっくりとした足取りでこちらへと向かってくる。警察は対怪人用のスタングレネードや警棒を装備し、半円を作って囲んでいく。報道陣も最低限の人数を残し、住民も警察に抑えられるようにして数歩ずつ下がってく。
白髪の彼はその手にメガホンスピーカーを持っていて、それを口元に持ってきてスイッチを入れた。




