第九章 能力を奪う能力
『第九章 能力を奪う能力』
「ギャハハハハハハハッ! 死んだ……死んだ! 殺してやったぞ、俺が! ふははははっはははッ!」
テロリストのリーダーは体育館の中央、俺の死体が転がる脇で、恐怖心により固まってしまった生徒の前で大声を上げて笑っていた。
「兄貴……兄貴……起きなさいよぉ……っ!」
由美は死んだ俺の傍へと駆け寄ると、その死体に顔をうずめるようにしてわんわんと泣いていた。
女の子が泣いている光景なんて、見たくないものだ。
「さあて、次はどいつだ? 誰から殺して欲しい? ぎゃはははは」
まるで狂気だ。
人を一人殺して気が狂ってしまったのか、テロリストの男には歯止めが利かなくなってしまったようだ。
そうした様子を見て、俺は自分の中に目覚めた能力を早速使ってみることにした。
「さあ、行くぞ! 反撃開始だ!」
キュイイイイイイン。
覚醒する。
死んだ魂から力があふれ出てくる。
俺は自分の死体に向けて手をかざし、あたかもそれを操るかのように空を掴んだ。
するとどうだろう。
俺の壊れてしまったはずの身体が急に起き上がり、死を克服し始めたのだ。
「 な 」
驚くのも無理はない。
その瞬間、その場にいたテロリスト含む人間全員の視線が、俺の死体に釘付けとなった。
俺は魂をしたがえて、再び自分の身体へと帰還した。
目を見開いた妹の前で立って見せると、何が起こったのか理解できないといった様子の彼女の瞳を見つめた。
やがて、カランッ、と音を立てて、俺の額から一発の弾丸が床に落ちた。
俺はそれを拾い上げ、こう告げる。
「もう一度殺してみるか?」
男はキレるでもなく攻撃に移るでもなく、ただただその場で立ち尽くしていた。
きっと何が起きているのかわからないのだろう。
手にしたM16の銃口も床に向けられ、まるで戦意を感じられない。
まさしく、自分の目を疑っている状態なのだ。
「いくぜ」
俺はその間に、大きく一歩跳躍した。
拳を振り上げ、思いっきり相手の顔面に向けて全体重を傾けた。
「んぐァ……!?」
男はまっすぐと吹き飛び、リノリウムの床を舐めた。
実際、すぐさっきまで、俺にもわけがわからなかった。
だが一度死んで状況を俯瞰的に見つめたことで、切り拓けた世界もある。
俺の能力、それは――
「ふっざけるなァ……ッ!? どうして死んでいないッ!? いや……、さっきまで確実に死んでいたはずだァ……!」
俺は床に転がっていた弾丸を指で挟むと、それを男に見せてやった。
「これのことか?」
「そうだ! 俺は確実にぶっ放した! 確実にお前の脳天をぶち抜いてやったはずなんだ!」
やれやれ。
弱いやつは、力がある時によく叫ぶが、どうやら自分が追い詰められた時にも吼えることが趣味らしい。
俺はお相手に自分の能力を解説してやることにした。
「今の俺の能力は、触れたものの時間を巻き戻す能力――つまり、時間操作の能力ってわけだ」
時間操作系能力――それは本来、東條由美が持っていた能力だ。
そして「人の心を読む能力」も、本来であれば俺の幼馴染み、宮藤あずさの能力であった。
端的に言えば、俺はその二人の能力を貸り受けている。
もっと言えば、彼女たちの能力を奪ったのだ。
それが俺の能力――『ワンダー・スナッチ』――「他人の能力を奪う能力」だ。
発動条件はおそらく、対象の頭に触れること。
俺は今までに、あずさと由美に対して共通の行動を取ってきた。
それは、頭を撫でるという行為。
二人に対して同じ行動を取ったことで、魂のみだった俺は解答を得た。
おそらくこの能力は、能力者の頭――もしくは身体の一部に触れることで発動する能力。
相手の身体に触れることでその人間が持っている能力を擬似的にだが、自分も使うことができる。
そのことに気づいた俺は、由美の能力を使うことで自分の身体の時間を巻き戻した《・・・・・・・・・・・・・・》。
「だがッ、今この場所では能力は使えないはず! この学校全域には、強力な異能力妨害装置が張り巡らされているんだぞ!」
結界。
南条の情報どおり、たしかにこの学校の敷地を取り囲むように、四方に強力な電磁場を発生させる装置が設置されていた。
「ああ。それなら、死んでいるうちに壊してきた」
「は、はあァ!?」
正しくは、壊したのではなく物質が本来持っていた元の形態に逆もどりさせた、といったほうが正しいか。
俺は死んで魂の状態になった際、この身体に戻る前に装置を使用不可能な状況にまで時間逆行させてきた。
要するに、発生装置を構成していたプレートをただのアルミ板に、ほぼ全面を覆っていた外装をただのプラスチックに、そして電磁場の発生元となる発信器をただの金属の塊へと戻してしまったのだ。
これが由美の能力。
あらゆるものの時間を操作する、最強の能力だ。
「人間を時間逆行させるとどうなるか、試してみるか?」
俺の死んだ身体も、この時間逆行によって蘇らせた。
死んでいた身体を死んでいなかった時間軸まで戻す――つまりは、頭部に銃弾が当たっていなかった時間まで巻き戻したのだ。
あたかも動画を巻き戻すかのように。
さながら送ったメッセージを取り消すかのように。
俺は自分の身体さえも、時間を巻き戻して再生させた。
魂の状態で四つの結界発生装置を使用不可能にし、自分の身体の不調も回復させた。
時間系能力の使い方は、無限大だ。
「ふっざけるなッ! そんなのデタラメに決まっている! どうせハッタリだろッ!」
「ハッタリかどうか、試してみるか?」
俺はふたたび銃弾をぶっ放してきたテロリストの男に向けて、突っ込んでいった。
死の恐怖はない。
たとえ死んでも、もう一度蘇らせれば良いのだから。
「だが、その必要もないな」
俺はパチンッ、と指を鳴らすと、時間系能力の新しい使い方を試してみることにした。
最強にして無敵。
これこそ、時間操作の本来の使い方だろう。
「………………」
指を鳴らした瞬間から、世界は静止した。
いっさいの物音が消え、何者も動かない。
ただ自分だけが停止した時間の中で身動きを取ることができ、男の銃から発たれた銃弾をしげしげと眺めることもできる。
「あ……兄貴……?」
けれども、そんな時間停止がおこなわれた世界で、俺以外に唯一動ける人間がいた。
由美だ。
同じ時間系能力者である由美は、静止した世界の中でも取り残されず、兄と一緒に動き回ることができた。
「由美…………」
俺は先ほどまでぼろぼろに泣き崩れていた妹と目を合わせると、すぐさま抱き着いてきた彼女に驚いた。
元々由美の能力なのだから当然だが、この時が止まった世界でまたもや妹に抱き着かれる瞬間がやってくるとは。
「兄貴……兄貴……兄貴ぃ……っ」
妹は大粒の涙を流しながら、俺の胸に寄り添い、わんわんと泣いた。
今度は悲しみの涙じゃない。
正真正銘、喜びの涙だ。
「わたし、兄貴が死んじゃったんじゃないかって思って、とっても怖かった……怖かったよぉ……っ」
本当は時を止める能力と同時に「心の声を聴く能力」も使えたのだが、なんだか泣いている由美を見ていたらそれも野暮だなと思い直し、今回ばかりは使用を控えることにした。
「由美、俺はお前の能力によって生きている」
「わたしの能力……?」
俺は事のあらましを由美に説明してやった。
「じゃあつまり、兄貴は一度死んで、結界の範囲外に行ってから、わたしと同じ能力を使ったって言うの……?」
「理解が早くて助かる。その通りだ」
さすが秀才と呼ばれるだけある。
妹はすぐさま俺が置かれた状況を把握すると、事態の全容を察知して言葉を発した。
「なら、今ならわたしも自分の能力を使えるってわけね?」
「ああ。まだ気づいていないが、他のみんなも使えるはずだ」
「ふふんっ」と妹は得意げな笑みを見せると、勝利を確信して満足げに頷いた。
「一時はどうなることかと思ったけど……。さすが、わたしの兄貴ね」
「由美……」
この現代の妹に褒められるのは、なんとも久し振りな気がするな。
前世での勇者時代はそれこそ毎日毎秒のように俺を持ち上げてくれていたが、なぜかこの現代に来てツンデレになってしまった彼女に困惑していたのだ。
それがこうして素直な感情を見せてくれるようになり、俺は少しほっとした。
妹が実は俺のことを嫌いになってしまったんじゃないかって、少し不安になっていたところだったんだ。
だから、少し安心した。
安心して、敵をボコボコにすることができる。
「だがすまん、由美」
「えっ、なにが?」
俺は正直に思っていたことを妹に告げた。
「由美を泣かせたあいつらをボコボコにしないと気が済まねえ。悪い。ここは俺一人でやらせてくれ」
俺は時が止まった灰色の世界で、由美に頼み込んだ。
妹を泣かせたやつは、誰であろうとも許さない。
この現代で一度死んだ今でこそ、その想いは変わらない。
「そ……そう。……わかった。バカ兄貴の好きにすれば? もうっ……、ほんと妹バカ。シスコン兄貴」
「ああ。俺はお前が大好きだ」
そう言うと、由美は顔を真っ赤にして俺の胸をぽかぽかと叩いてきた。
「ばかっ! ばかっ! ほんとうにばかっ! あとでおしおき! わかったわね!?」
「はいはい。わかったよ。全部片づいたら、いくらでもおしおき受けてやる」
「……もうっ!」
妹は「ふんっ」とそっぽを向くと、少し遠くへ離れていった。
俺がテロリスト事件を全部解決してくれると信じて、一度距離を取ってくれたのだ。
「そうと決まれば、ちゃっちゃとケリをつけますか」
能力を奪う能力。
その能力は、きっとこのくそったれな世界だって変えられる。
まずはこいつら能力者狩りをおこなう大人共の口を、黙らせるとしよう。