第八章 本当の能力
『第八章 本当の能力』
「ギャハハハハハハハッ! え……Fランクぅ? 笑わせるぜ、何の力も無いくせによぉ!」
「………………」
俺は妹を庇うため、さらにもう一歩テロリスト側へと歩を進めた。
「兄貴、なに馬鹿言って……」
「馬鹿はお前だ。お前に何かあったら、俺が悲しむ」
若干涙目になっている妹の頭を撫でてやると、不安からか、彼女の目からしずくがこぼれ落ちる。
「だってしょうがないじゃない! このまま放っておいたら、あの娘が……!」
妹はそう言って、今しがたテロリストから解放されたばかりの女子生徒を指さす。
俺は素直な気持ちを、妹に打ち明ける。
「お前は本当にすごい妹だよ。勇敢だ。誇りに思う」
涙ぐむ妹の頭をしきりに撫でてあげると、緊張の糸が一気にほぐれたのか、大きな声を上げて泣き出してしまう由美。
「でも……でも兄貴が……兄貴だって…………」
兄貴だって。
その台詞の次に続く言葉は、おそらく「能力が使えないじゃない……」というものだろう。
由美はこんな状況に至っても俺の身を案じ、強がりながらも根は優しい妹のままだった。
「大丈夫だ。きっと俺が、なんとかする」
――虚勢だ。
本当は何の策も無い。
今の俺には、テロリスト集団に対して何も対抗策を持ち合わせてはいない。
だが、ここばかりは格好つけさせてくれ。
もしかしたらこれから死ぬかもしれないが、妹のためになら俺は、何だってやる覚悟だ。
テロリスト相手にだって、立ち向かっていける。
「馬鹿がッ。じゃあ来いよ、Fランク。もうお前でいいや」
テロリスト集団のリーダーと思しき男が銃を携帯しつつ、俺に前進するよう促した。
俺は為す術もなく従い、妹に見送られながら前へと進んだ。
「光栄だよなあ。全校生徒の前で死ねるなんて。なあに、一人じゃねえ。すぐにみんなあの世行きだ」
「そうかよ」
俺はここでも、虚勢を張ることしかできない。
俺の反抗的な台詞を聞いたテロリストは、無理遣り俺を跪かせると、パァンッ、と体育館の天井に向けて一発の銃声を響かせた。
「今からこの馬鹿なクソガキを殺す! Fランクの無能力者だろうとこの学校にいる時点で同罪だッ! 能力者と能力者候補は全員皆殺しだ!」
――ほんとくだらねえ。
大義名分さえあれば、人はこうも残酷になれるのか。
正直このテロリストたちが能力者たちからどんな仕打ちを受けてきたのかは知らないし、興味もないが、こうして人を恐喝して脅すことしかできない人間には呆れて仕方がない。
なにが「皆殺し」だ。
どうしてその労力を自分を幸せにすることに使えない。
こいつが俺を殺しても、こいつには何のメリットも無いだろうに。
少なくとも幸せには近づけない。
俺を殺したところで、こいつらテロリスト集団は矮小な自己顕示欲を満たしはするものの、決して幸せにはなれないに違いない。
俺ははっきり言って何の生産性も無い行為に嫌気が差していた。
死は怖くない。
もう何度も死んできた。
転生したことによる一番の利点は、死を克服できたことだな。
俺はそんなことを思いつつ、体育館の床に膝を下ろした。
「抵抗しても殺す! 命乞いしても殺す! 泣いても殺す! お前らも全員見とけ! この生きている意味の無いFランクが死ぬさまをよォ!」
「おいテロリスト、お前、よく吼えるよなあ」
いい加減、俺の態度が気に入らなかったのか、目出し帽を被った男から頭部を殴られる俺。
M86のグリップ部分による強打は、俺の頭に激痛をもたらした。
「…………ッ」
体育館の床に血が撒き散らされ、俺は本当にこれから殺されるのだということに対して、実感を持つことができた。
「へへっ、おもしれえじゃんか。なら、殺してみろよ、俺を!」
頭から少なくない量の血を流しながら、俺は手足を縛られた格好でテロリストを下から睨みつけた。
「ああ、やってやるよッ! 言われなくともやってやるッ! お前みたいな反抗期のクソガキを殺してみたかったんだ、一度なァ!」
テロリストの頭はとうとうプッチンした様子で、怒り心頭した感じを微塵も隠すことなく、俺の頭に銃口を突きつける。
「お前の人生は楽しかったか? 嬉しいことがあったか? だが、あっても無くても結末は同じだ。お前は死ぬ! 俺は生き残る! 全校生徒全員の前で死に晒せや、クソガキ!」
もはや正常な倫理観すら失ったテロリスト――彼が持つ銃より発砲音が聞こえたその時には、俺の意識は完全に消えて無くなっていた。
「だめええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
その最期の最後、俺の耳には泣き叫ぶ妹の声が聞こえて、俺は完全に意識を失った。
気づいた時には、俺は空の上にいた。
――ああ、死んだんだ。
そう思った時には、俺はあっさりと自分の死を受け容れていた。
人間、死ぬ時は死ぬ。
この世の普遍的な理論だ。
どうせいつかはみんな死ぬのだし、結局はその死が早いか遅いかの違いでしかない。
十六歳――俺の死はみんなよりも少しばかり早かったというだけで、べつに大したことじゃない。
「おおー、これが霊体ってやつか」
自分の身体は透き通っており、自分の手を介して雲を眺めることが可能だ。
まるで大気や自然そのものと一体になった感覚は、どこか清々しく、気持ちの良いものだった。
俺は現状を確認するべく、空の上から先ほどまで自分がいた異能力者養成学校へ赴いてみることにした。
直感とでも言えば良いのだろうか。
広いひろい世界の中、その片隅に見つけた日本国のうち、我が学校を見つけることは難しいことではなかった。
世界中からその場所を探し出すのに、余計な思考は必要とせず、ただそこへ行きたいと念じれば良かった。
「あららー、見事に死んでるよ」
俺はそこでもあっけらかんとした感想しか思いつかなかった。
学校に設けられた体育館のほぼ真ん中で、一人の男子高校生が生徒全員に囲まれて死んでいるのだ。
銃弾が貫通した頭部ははじけ、まるで中まで赤いりんごを握り潰したらこんな風になるんだろうな、というような光景が広がっている。
生徒たちは死の恐怖から泣き叫び、下半身を濡らす者までいた。
「あーあー、これはまた派手にやってくれちゃって。死体の処理をするのも面倒だろうに」
あろうことか、俺は自分の死体処理の心配までしていた。
思考は完全に冷静となり、まったく動じることはない。
むしろ状況を客観的に見つめられる余裕すら生まれていた。
テロリストは人を殺したのが初めてのようで、俺の血で赤く染まった手を見つめながら、引きつった笑いを浮かべている。
「よくやるよ、まったく。人を殺して何が楽しいんだか。家でラムネをかじってたほうがよっぽど楽しいだろうよ」
俺は鼻をほじりながら己の死を述懐した。
死んだ今となってはどうでもいいことだが、殺人という犯罪をおかしたテロリスト集団が行き着く先も、また死なのだ。
「そん時は、こっちの世界で復讐するとして。さて、どうしたもんかね」
体育館の上にてふわふわと浮かんでいる俺は、生徒全員のありとあらゆる顔を眺めていった。
怯える者、泣く者、わめく者。
多種多様だが、人の死を見て奇声を上げる者もいる。
「まっ、べつに死んだところで、何も変わらないんだが」
ただ肉体という魂の檻から抜け出すだけ。
――それが、死だ。
俺は今ある自分の透明な肉体――魂を見つめて、死に恐怖する人間たちを半ば遠い目で観察していた。
死は怖くない。
怖いのは生きて苦しむことだ。
今ならはっきりとそのことがわかる。
本当に苦しいのは生きることだ。
パワハラ、いじめ、暴力に陰口。
弱い人間が地獄を作り出す。
弱い人間が苦しみを生み出す。
――まさにいま、この時のように。
泣き叫ぶ生徒の中に、一際大きな声で泣く女の子の姿があった。
――由美だ。
俺は多くの人間の中から由美の姿を見つけると、居ても立ってもいられなくなり、傍へと近寄った。
「由美……」
幽霊となった俺の姿が視えていないのか、由美は俺が近づいたことにも気づかず、ただ泣くばかりだ。
この現代ではツンデレヒロインよろしくけっこうキツいことばかりを言う由美だったが、今こうして俺の死を悲しみ泣いてくれている姿を見ると、本当に俺のことを大切に想ってくれていたんだなと実感する。
「由美……俺は……」
妹が泣いている姿を見ると、胸が張り裂けそうになる。
もうすでに死んでいるはずなのに、胸の中央がずきずきとして、苦しくなる。
心臓だって無いはずなのに、この透明な身体が痛みを覚えていた。
「……俺はお前の泣き顔なんて、見たくない」
すると、俺の中に、何か言いようもない力があふれてくるのがわかった。
瞬時に俺はそれが自分の能力なのだと気づき、力をかざした。
想い描くのは、由美の笑顔。
由美を泣かせたテロリスト集団と、決着をつける。
俺はそう決意すると、己の魂の内からあふれ出る、一つの能力を使うことにした。