第七章 テロリスト襲撃
『第七章 テロリスト襲撃』
「抵抗したやつは殺す。仲間を助けようとしたやつも殺す」
テロリストは、二〇人だった。
突如学校に潜入してきたテロリスト集団は、すぐさま先生を襲撃すると、学校を占拠した。
生徒会室にいた俺たちはすぐ扉の向こうにいた襲撃者に捕らえられ、他の生徒と同じく体育館へと集められた。
もしも生徒たちがその能力を使えたのなら、勝算もあっただろう。
けれどもテロリスト集団は「結界」ともいうべき反異能力装置を展開しており、俺たち含むこの学校における最大の防御手段は失われてしまった。
ここからは体育館にて手を縛られていた南条から聞いた話だが、「結界」は学校の敷地を囲むように四か所存在し、それらそれぞれを結んだ内側の範囲すべてが対象という。
つまり、現在学校内にいる者全員の能力は使用不可能。
俺も散々「相手の心を読む能力」を使おうと試みたものの、以前と同じように不思議な声音を聴くことはできなかった。
テロリストの言うことも、まんざら嘘ではないらしい。
「お前、今動いたよなァ? なあ、動いたよなァ?」
いま体育館には、全校生徒全員が集められていた。
南条いわく、予想するところ相手は綿密な計画を立てて襲撃に臨んだであろうとのこと。
「見てみろ、カイト。あいつらが持っている指環を」
「指環?」
体育館の隅で、俺たちは手足を頑丈な鋼糸で縛られていた。
テロリストの一人が用意した蜘蛛の糸のごとく頑丈かつ粘性の高い糸によって、生徒全員の手足の動きを封じたのだ。
「ああ。カイトもさっき聞いただろう? あの指環は電話のような発信装置。あれを使って遠くの仲間と会話しているのを」
「なるほど。つまりあいつらには、ここにいる他にまだ何人かの仲間がいるってわけか」
「ご名答。さすがはおれの親友だ」
はてさて。
状況は最悪だ。
たとえば生徒会室にて異変に気づいた際、まず真っ先に学校の敷地外に出れば被害は免れただろう。
扉を開けてテロリストと鉢合わせなければ、捕まることもなかっただろう。
身を守ろうと妹が対人系最強と謳われる「時間停止能力」の使用を試みたとき、発動できないということをあともう少し早く知っていたのならば、おそらく何らかの対処は可能だっただろう。
俺はいま隣にいる妹に話し掛けた。
「由美、これからどうする?」
もしも能力さえ使えたのなら、由美の能力で何もかも片がつく。
由美だけじゃない。
生徒会のみならず、この学校には戦闘に秀でた異能力者がいっぱいいる。
誰か一人でもいい。
誰か一人でも結界の効力範囲外へと抜け出し、一瞬でも能力を使うことができれば、まだ勝算はある。
「どうするも何も、能力が使えないんじゃどうすることもできないじゃない。結界の話は本当なのかしら?」
「おそらく。しかも相手は銃を持っている」
「能力無しで勝てるとは思えないわね」
テロリスト集団は見かけ上だけなら、そこらへんにいるチンピラたちと変わらない。
全員仲良く目出し帽こそ被っているが、服装などは適当だ。
軍隊のように統一されてもいなければ、身を護るための装備も無い。
彼らの武器といえばその対能力装置と、両手に構える銃一挺限り。
M16。
前々世ではFPSゲーマーだった俺にとって、馴染みの深い武器だ。
「動いたよなァ? こいつをぶっ放すぞ!」
「ひいっ!」
テロリストは女の子を脅して愉しんでいる。
自分が優位に立っている現状を確認するかのように、能力の使用を封じられたか弱い生徒相手におそろしい鉄の塊を突き付けている。
「見せしめだ。来いッ」
そもそも、テロリストたちの目的は何なのだろうか?
この学校を襲うということは、「異能力」が関係していることはほぼ間違いない。
ただ人殺しをしたいだけなら、なにも戦闘力がある人間が山ほどいるこの学校を狙う必要はないだろう。
「大方、能力者狩りだろうけれどな」
能力者狩り。
この世界には、「能力者」という存在を毛嫌いする人間もいる。
当然だ。
俺にはその気持ちがよくわかる。
持つ者と持たざる者。
畢竟、その差異こそが差別につながる。
持つ者は持たざる者を差別し、弾圧する。
力ある人間が力なき人間を酷使し、使い捨てるという実態を俺は知っているし、実際に二つ前の人生で嫌というほど体験してきた。
あの女上司は自分の立場を利用して、部下である俺に無理難題やいじめ紛いの行為を平然とおこなった。
弱肉強食のルールが敷かれたこの現代において、弱い人間は他人の命令に従って動くしかない。
生まれ変わったこの世界でだって同じだ。
能力を使えなくされた俺たちは弱者で、銃を持った大人たちが強者。
体育館内では不安で泣き叫ぶ者もいれば、怒りから何度も手錠代わりの鋼糸を断ち切ろうとする者もいる。
だがそんな涙や抵抗は無駄だ。
テロリストだなんて連中は、何をしでかすかわからない。
その中の一人は泣いている女子生徒の髪を引っ掴み、無理遣りその場で立たせては、全校生徒に向けて大声を上げた。
「今から一人ずつ順番に殺していく! 極力痛みが無いように一撃で殺してやる。脳天。脳天に一発だ。俺様ってば優しいだろ?」
最悪だ。
最悪も最悪。
テロリストの目的は、本当にこの世界から異能力者を消し去ることなのだ。
そのためには殺人すら厭わないと、彼らはいま宣言した。
「なんとかしなくちゃ」
小声でそうつぶやく妹の声が聞こえてきた。
なんとかしたい。
そりゃあもちろんそう思う。
だが一介のFランクに何ができる?
もしどうにかして「結界」を打ち破り自身の能力が使えたとして、「他人の心を読む能力」で何ができる?
銃を持った二十人以上の大人たち相手に、一人の高校生に何ができる?
――何もできない。
できるわけがない。
それが正解だ。
普遍的な、この世界の真理だ。
「勝ち目がない」
――俺がそう言った、その直後だった。
「その手を離しなさい。わたしが代わりに相手になるわ」
な――、なにを――、
「へえ。勇気あるねー、お嬢ちゃん」
――なにを言っているんだ、俺の妹は。
驚くべきことに、俺の妹は強引に髪を引っ張られていた女の子の身代わりとして名乗りを上げた。
隣にいる妹は手足を縛られて立つことすらままならず、見れば脚だってがたがたと震えているというのに、己の内からあふれ出る恐怖を必死に抑え付けてそこに堂々と存在していた。
多くの人間が由美に注目の視線を向けるなか、彼女はテロリスト集団に一歩も退かずにこう告げた。
「わたしが身代わりになるって言ってんの。聞こえなかった?」
きっと由美だって内心では、相当怯えているに違いない。
もしもいまこのとき彼女の心内を覗き視る――隠れ聴くことができたのなら、果たして由美は何を思っているのだろう。
俺は自分の妹の勇敢さに心を打たれ、恐怖に震えながらも己の正義を貫こうとする格好良さに心底惚れた。
さすが俺の妹だ。
「くっだらねえ正義感振りかざしやがって。そういうクソガキから死んでいくんだよ。なら、こっち来い」
一人の少女を放っぽり捨てるかのように解放した男は、手足を縛られ自由を封じられた少女に近づく。
妹はそれでもなお、一歩も退こうとしない。
そんな姿を見て俺は。
そんな妹を知って俺は。
そんな女の子の勇気を受け取って俺は。
「黙っていられるわけねえだろ」
兄として、立ち上がらないわけにはいかなかった。
「俺が相手になってやるよ、三下。妹には指一本触れさせねえ」
妹を傷つけようとするやつは、誰であろうとも許さねえ。
俺はその場で立ち上がり、由美の前に立ち塞がった。
「なんだァ、てめえは」
テロリストからの質問に対して、俺は。
「お前を倒す、Fランクだ」
戦いの火蓋が、切って落とされた。