第五章 心の声が聴こえる能力
『第五章 心の声が聴こえる能力』
「どうしたんだ由美、俺をこんなところに呼び出して」
体育館前にて由美に呼び出された俺は、南条と別れて生徒会役員室に赴いていた。
ここは本来生徒会の人間しか入室することが許されない不可侵領域。
そんな場所にFランクの俺が入って良いものか悩んだものの、半ば強制的に妹に中へ入るよう促された。
「俺、これから南条とファミレスで残念会開く予定なんだ。結局俺たちには何の才能もありませんでしたってさ」
そう――それが現実だ。
現実はうまくいかない。
所詮、持って生まれた運の良いやつだけが幸せになれる世界。
それなら俺たちは、努力する必要なんてない。
努力したって報われない運命なら、最初から努力するだけ無駄ってもんだ。
「なんで……、そんなこと言うの……」
(おにいさま……)
「由美……?」
由美は生徒会室に入るや否や、その扉の鍵をガチャリと閉めてしまった。
これで中には誰も入ることができない。
今まさしく、俺と由美だけがこの場所にいるという状態だ。
「バカ兄貴が落ち込んでいると思って来てみれば、なんとも情けない限りね」
(おにいさまは最強なんですっ! ユミルはいつだっておにいさまのことを信じています!)
「由、美……?」
あれ……?
俺はいま何を聞かされているんだ?
今たしかに、二人の声が聞こえたような……。
「ほんっと、無能の兄を持つと疲れるわ。仕方ないから、わたしが慰めてあげる」
(今はまだ才能が開花していないだけで、きっとすぐにでも世界はおにいさまを認めるようになります。それまではわたしが、おにいさまを支えてあげなくちゃ)
「……って、おい!」
由美は俺を生徒会室の椅子に座らせると、いきなり俺に抱き着いてきた。
胸を俺の顔に押し付ける体勢は、もしかしてデジャブか?
幸いなことにあの魔王よりはいくらか小振りなおっぱいが俺を包むも、今回ばかりは呼吸困難に陥ることがなく安心した。
「あんた、なに落ち込んでんのよ。ばっかじゃないの。世界が決めたルールに縛られてどうすんのよ。あんたが世界のルールになりなさいよ。…………元勇者なんだから」
(勇者様であったおにいさまを、わたしは忘れたりなんかしませんっ! おにいさまは、いつだってユミルにとってかっこいいおにいさまであり続けるんですっ!)
「………………」
――やっぱり、二人喋ってるよな?
妹の声には違いないが、なぜかエコーが掛かったかのように反復して聞こえるぞ。
「今だけは泣いていいんだからね?」
(おにいさまの妹は、いつだっておにいさまの味方です)
そう言うと、由美は俺を抱き締める格好のまま、ゆっくりと俺の頭を撫で始めた。
その仕草は、まるで母親が子をあやすかのように愛情深く、それでいて安心するものだった。
しばらく由美の手によって撫でられるままになっていた俺は、今しがた現れた現象に興奮していた。
(もしかして、俺にも能力が開花したっていうことか……!?)
それならば、もはや何も言うことはない。
自分の価値が認められるし、Fランクという劣悪な環境からもおさらばできる。
それに由美にこれ以上心配を掛けることもなくなる。
こうして情けない結果に終わった俺を慰めてくれなくなることは少し寂しいものの、能力さえあれば世界を変えられる。
――そんな気がした。
「これくらいでいいかしら? バカ兄貴、少しは元気出た?」
(これでいくらか落ち込んだ気持ちを慰められたのなら良いのですけれど……)
そうか。
確信した。
この能力は「他人の心を読む能力」だ。
奇しくもあの宮藤あずさとまったく同一の能力だがしかし、得るものは得た。
戦闘では役に立たない能力ではあるものの、無いよりはよっぽどマシだ。
さっそく南条に報告しなければ。
彼にもまだ希望が残されているということを、一刻も早く伝えなければ。
「由美、俺は今すぐ行かなくてはならない。次の目標ができたんだ」
「本当?」
(なのです?)
「ああ。俺はまだ諦めたりなんかしない。現実に絶望して、下を向くだけの人生なんてまっぴらだ。俺はまだ何もできちゃあいない。この世界に生まれて、まだ何もしちゃいないんだ」
俺はそれだけ言うと、あたたかな抱擁から解き放たれ、その場で立ち上がった。
「ありがとう、由美。そして、ユミル」
「へ?」
(はううぅ……)
妹は俺の突然のやる気に面食らっているようだったが、善は急げだ。
何がきっかけで俺に能力が発現したのかは定かではないが、とりあえず南条に報告だけでもしておかなければ。
あいつも俺と同じで能力に恋い焦がれている。
それならば、Fランクにもかかわらず能力開花することができた俺の事情を知れば、あいつも少しは希望が湧くかもしれない。
親友のことを想い、俺はその場から駆け出そうとした、その瞬間。
――ガタタッ。
「あら? どうして鍵が掛かっているのかしら?」
生徒会役員が、来たらしかった。