第四章 能力測定
『第四章 能力測定』
「かーいとくんっ!」
「ええい、やめろうっとうしい!」
次の日。
俺は入学して三か月ほど経った異能力者育成学校、その敷地にて、能力測定をおこなうことになった。
全員体操服に着替え、通常の身体測定を終えたのち、各個人に具わった特異かつ驚異的な能力――通称『異能力』の測定に掛かる。
とはいえ、入学して間もなくおこなった能力テストにて、俺はあえなく無能力者という烙印を押され、Fランククラスに配属されたんだがな。
「かいとくん、今日は楽しみだね!」
「はあ? なにが?」
俺は学校への道すがら、今世での幼馴染み、宮藤あずさに疑問を呈した。
「だってかいとくんの才能がばんばん発揮されちゃうわけだよ! そうなったらおじさん諸手を上げてかいとくんに平れ伏しちゃうよ!」
「平れ伏すな平れ伏すな。それよりあずさ、少し身長伸びたか? 昨日よりほんのちょっぴり伸びたような……」
俺は通学路にて立ち止まり、自分の胸付近にちょうどそのてっぺんがくるあずさの頭に手を置いた。
「はうっ」
「どうだろう? 俺には少し大きくなったように思えるんだがな」
見ると、あずさは身体をもじもじとさせて、顔を真っ赤に染めている。
「風邪か?」
俺は頭に置いていた手をそっと彼女の額へと持って行くと、あずさのその小柄なおでこの熱を計る。
「わぅ……っ」
顔は真っ赤だし、身体は小刻みに震えているし、典型的な風邪の症状だ。
「早く病院へ行かないと」
「ちょっ、え……っ」
俺は学校へ行くよりも先にあずさを近くの病院へと連れて行くほうが先決だと考え、すぐさま女の子を抱きかかえ、先生に具合を見てもらうことにした。
この際、能力試験に遅れてしまうことは致し方ない。
それより今は、あずさの体調のほうが心配だ。
「ちょっ、ちょっ、降ろしてよかいとくん……!」
だがしかし、そうした俺の行動を制止したのは他ならぬあずさ本人だった。
「どうしたんだ、そんなにあわてて」
「どうしたんだじゃないよ! かいとくんこそ、いきなりうちに何をするのさっ!」
あずさは先ほどよりもさらに顔を真っ赤にしたかと思うと、突き放すかのようにして俺の胸を押す。
暴れる女の子を落とすわけにはいかないと、しぶしぶその場に降ろしてあげる俺だったものの、どうしてかあずさに怒られてしまう。
「かいとくん! うちは熱なんてないよ! 風邪だって引いてないし!」
「でもほら、こんなに熱い……」
俺は再度あずさのおでこに手を当て、熱を計ってみる。
うん。やっぱり燃えるように熱い。
「だぁかぁらぁ、そういう行為がよくないんだってば! うちには熱なんてないし、かいとくんにお姫様だっこなんてされて喜んだりなんかしてないんだってばぁー!」
あずさは突然駆け出し、それっきり俺を置いて学校のほうへと一人で突っ走って行ってしまった。
「どうしたんだ、あいつ……?」
まじで意味わからん。
これも思春期特有の若気の至りってやつなのか。
俺は興奮して走り出して行ってしまったあずさを見送ると、自分もこうしてはいられないと時計に目を遣り、学校への道を小走りに駆けていった。
「それでは、能力測定を開始いたします」
検査係の女性がそう言うのに合わせて、俺たち生徒は体育館にて一列に並ばさせられた。
能力と一口に言ってもその種類は多種多様。
手から熱い炎を出す能力者もいれば、反対に凍えるような氷を発生させる者もいる。
そうした物質発生系能力者じゃなくても、超常現象系――人の思考を読んだり、透視、物体の所在地を正確に把握できる能力なんてものもある。
言ってしまえば何でもありの世界観だが、もちろん制約もある。
かつて俺が住んでいた異世界においてMP――マジックポイントなる魔力の限界量があったことと同じように、この現代においても、そうバンバンと能力が使えるわけではない。
MPこそないが能力を使う際にはそれ相応の体力と精神力が必要になるし、強大な能力にはそれぞれリスクが付き纏う。
それを調査、把握することもまた能力測定の役割であり、個々人の能力とそのリスクを特定することは、ここ異能力者学校にて最重要視される項目だ。
いま、SからEランクまでの測定が終わり、とうとうFランクの人間が測定する番がやってきた。
試験内容はおよそ三つで、その内の一つ、体力測定はすでに終わっている。
あとは精神測定、そしてもっとも重要となる感覚測定だ。
感覚測定とは文字通り、その人間が発している感覚を数値化し、言語化するものだが、唯一特異な点として、その人間が持つオーラを測定できるというものがある。
これは能力者特有の現象だというが、全ての能力者には必ずといっていいほどそのオーラに変容が現れるというのだ。
オーラとは人間それぞれによって色や性質が異なるものだが、能力者のそれには『波動』と呼ばれる特有の光の渦が発生する。
これがあるかないかで能力者かそうでないかを判定するわけだが、いかんせん今回も、俺にその『波動』とやらは計測されなかったようだ。
「ざんねん。また次がんばりましょう」なんて言われて、俺はがっくり肩を落としたまま体育館ホールを後にした。
「まあそんな気を落とすなよ。おれも前回と同じ、無能力者だってよ」
「おまえもか、南条」
こうして少ないながらも、仲間がいるというものは良いことだ。
Fランク三十人の内およそ十人ほどは、前回入学時の測定で自分が無能力者であるという烙印を押されると同時、学校に来なくなった。
Fランクとは言わば、落ちこぼれの集まり。
落ちこぼれ集団がいくら集まったところで、能力者一人にすら劣る無価値な存在。
そしてこの世界では、SからFというはっきりとしたかたちでその才能の多寡が示される。
才能を持つことを喜ぶ人間がいるその陰では、俺たち無能力者のように泣くことしかできない人間がいることも事実だ。
生徒三〇〇人近くに対して、無能力者の数はおよそ三〇人。
およそ十分の一の人間は無個性、無価値、無意味の三重苦を与えられ、自分の才能の無さにもがき苦しむことになる。
あまりにも非情極まりない世界だ。
「カイト、能力測定も終わったし、今日は気晴らしに飯でも食いに行かねえか? ほらっ、いつもの場所でいいだろ?」
「ああ。あのいつものファミレスか」
「そーゆーこと。おれたちダメ人間、社会の落ちこぼれは、能力者様の隅でむなしく泣いていることしかできねえのさ」
「かなしい世の中に来ちまったもんだ」
もしも前いた異世界なら、人間は誰しもが努力さえすれば魔法を使うことができた。
もちろん人によって才能に違いはあったが、まったく魔力がゼロという人間はほとんどいなかった。
たとえゼロの人間がいても魔力値を底上げするアイテムがあったし、それを買うお金、入手する手間さえ惜しまなければ、いくらでも努力する価値があった。
けれどもこの世界は違う。
たとえどれだけ努力しても駄目なやつは駄目、できるやつはできると、歴然と差がついてしまっている。
異世界と違って才能を開花させるアイテムなんてありはしないし、結局は生まれた時の才能がすべてなのだ。
俺の妹は持って生まれた。
おそらくは俺の才能のすべてを持って。
生徒会というSランクの人間、その中でも最たる者しか選ばれない機関に所属する妹を誇らしく思うと同時、今日のような自分の才能の無さをまざまざと思い知らされる日は、少なからず理不尽さを感じてしまう。
「ずるいよな。この世界って、不公平だ」
俺が独り言のようにそう言うと、隣にいた南条がおどけるように「くははっ」と笑った。
俺はその反応にいくらか救われ、そうして――妹の声を聞いた。
「ちょっとあんた、付き合いなさい」
前世とは違ってすっかり反抗期を迎えてしまった妹が、ぷっくりと頬を膨らませ、腰に手を当てた仁王立ちのポーズで俺を待ち構えていた。