第三章 そして現代へ。東條カイトのあたらしいはじまり
『第三章 そして現代へ。東條カイトのあたらしいはじまり』
「……てなことがあったわけよ」
「ふーん」
そうして二度転生した俺、東條カイトは、現代から異世界、異世界から現代へと、数々の記憶を保持したまま生まれ変わるに至った。
ニート生活でカフェイン中毒によって死んだことも。
勇者になって魔王の胸に抱かれて死んだことも、今では良い思い出だ。
転生した現代では、そうした苦労を思い返し、二度と同じ過ちを犯さないよう気をつけながら、毎日を過ごしている。
十六歳の高校一年生となった今では同姓の親友にも恵まれ、普通ながらもそこそこ楽しい毎日を送っていた。
「……って、信じてくれよ」
「中二病妄想乙」
俺は昼休みの教室で、親友の南条イツキに事のあらましを説明していた。
自分がニートだったこと、魔王と戦う勇者だったことが夢じゃないといくら口で説明しても、南条はいっこうに信じてくれない。
……まあ、俺も目の前の友人がいきなり俺は転生者だ、かつてはニートで勇者だった……なんて言われても、信じる気にはなれないだろうがな。
「まっ、ゲームのやり過ぎには気をつけろよ」
「おいっ」
挙げ句の果てには重度のゲーマー扱いされてしまった。
俺はそこまで言い終えると空腹に耐えかね、机に突っ伏してしまう。
「弁当を忘れるとは災難だったなあ。ほれっ、からあげの一つくらい恵んでやるよ」
「サンキューな。持つべきものはやっぱり親友だぜ」
「おいやめろ照れるだろ」
俺は南条の箸からからあげの一つを口に頬張り入れると、その微妙に衣が揚がり切っておらずふにゃふにゃとした触感にことさら複雑な心境になった。
「せめて由美がいてくれればな……」
と、そこまで言ったところで、「待ってました」と言わんばかりに我が一年Fクラスの教室の扉が開かれた。
「ふんっ。バカ兄貴が無能でしょうがないから、わたしが直々にお弁当持って来てやったわよ」
「由美!」
俺は良くできた妹を持つ今生での自分に、我ながら感謝した。
由美は昼休み空腹で死にそうになっていた俺のために手作りのお弁当を引っ提げ、わざわざこの教室にまでやってきてくれたのだ。
「まったく。これだから無能な兄を持つと困るのよ。少しは妹であるわたしの苦労も考えてよね」
由美は心做しか頬を染め、なぜか目と目を合わせようとせず、そっぽを向きながらお弁当箱を差し出してきた。
「サンキュな。助かったぜ」
「まっ、わたしは完璧だからね。あんたの世話をするぐらいどうってことないわよ」
黒髪ロングに赤いカチューシャ、それに両耳に掛かるように下げられた二つのリボンといった格好は、ややもすると見る者すべてに魔法を掛けてしまうかのようだ。
容姿端麗、頭脳明晰、そしてこの世の才能に満ちあふれた妹の名は、東條由美。
前世、前々世にて妹だった運命はそのまま、今世でも俺の妹として生まれてきてくれた。
ニート時代ではだいぶ歳の離れた兄妹、冒険者時代では一つ歳の離れた関係だったものの、なんと今回の転生により、俺たち二人は双子の兄妹となった。
わずか数分生まれた時間が違うというだけで、同じ母親のお腹から産まれてきたにもかかわらず、俺たちは兄と妹としての関係を維持することになった。
もしも産まれてくる時間、タイミング、順番が少しでも違っていたならば、今頃ユミル――今世での由美は俺の姉になっていただろう。
それほどまでに深いつながりを持てたことに感謝しつつ、俺は俺と同じように前世、前々世までの記憶を有する妹に一つの提案をした。
「由美、もしよかったらここで一緒に食べないか?」
俺はお弁当を持ってきてくれた妹に対し、そんな何気ない言葉を掛けた。
しかし、当の妹の返事は辛辣なものだった。
「はあ? どうしてわたしがあんたと一緒にごはん食べなくちゃいけないわけ? なにそれ罰ゲーム?」
「まあまあそう言うなって。家ではいつも一緒に食べてるだろ?」
「それはそれ。これはこれよ。それに、わたしのお弁当は自分の教室に置いて来ちゃったし、今日はこれで帰るわ」
「そうか、残念。あとでお弁当の感想言うよ」
「いいわよ、そんなの。わたしが兄貴にお弁当作るのなんて別に当たり前のことだし。それに、もしまた兄貴が栄養失調とかで死んじゃったりしたら、わたしがかなしいし……」
「由美……」
そうだ。
由美は唯一、俺の死に立ち会っている人間だ。
カフェインの摂り過ぎで死んだ時も、魔王のおっぱいに挟まれて死んだ時も、由美はいつだって俺と共にいた。
だから俺は由美を自分にとって特別な存在だと感じているし、今でも護りたい存在だと想っているのだ。
「じゃ……じゃあね、残したりしたら、承知しないから!」
そう言うと、由美は急ぎ足で俺たちの教室から出て行ってしまった。
それに合わせるかのように、有名人の登場に驚いていたクラスメイトたちも、わずかにその喧噪を大きくさせた。
「おいっ、今の新しい生徒会役員だよな!? おまえいつからあんな美少女とお知り合いになったんだ?」
南条がここぞとばかりに俺に質問してくる。
教室中の視線と耳も、自然とこちらに向いているようだ。
由美はこの学校で、それだけ名の知れた人間だということだ。
「あいつは俺の妹だよ。紹介してなかったか?」
「紹介もなにも、おまえに妹がいたなんてこと自体初耳だぜ! しかも生徒会役員ともなれば、全員Sランク。この学校のトップ・オブ・トップじゃねえか!」
「そんな大げさな」
そう――この異能力者養成学校第十三支部では、個々の才能に合わせてクラスが用意されている。
個人が具える能力レベルに応じて、上からSランク、Aランク、Bランクと続き、最底辺のFランクまで存在する。
由美はその中でもトップクラスの才能を持ち合わせているため、紛うことなきSランククラスに所属している。
かくいう俺はというと、Fランク。
何の能力も持たない人間だけが在籍することを許可された、ある意味もっとも光栄なクラスで南条と共に授業を受ける毎日だ。
「おれもあの由美様とお近づきになれたらなぁー。おいカイト、妹をおれに紹介しろ」
「やだよ、めんどくさい。第一、俺たちはFランクの無能力者。色恋沙汰にうつつを抜かすより、まずは自分の能力を開花させるほうが先決だろ」
「そうだな。もし由美様がおれさまの彼女になったとしても、悪いやつらから彼女を護る能力が無けりゃ、意味ねえもんな」
「あとその由美様っていうのやめろ。俺たちがさらに情けなく思えてくる」
「くははっ」
南条の言葉がどこまで本気なのかは知らないが、由美は誰にも渡さない。
渡す気はない。
あいつは俺の――俺だけの妹だ。
切っても切っても断ち切れない、運命の糸――血の鎖で結ばれた存在。
それが俺、東條カイトと東條由美の関係性だ。
「俺にも、能力があったらな……」
ふとこぼれたその台詞が、誰かの耳に届くことはなかった。