第二十一章 告白の返事は……
『第二十一章 告白の返事は……』
「わ……私と付き合ってください!」
そう言われた時、俺はさすがに焦った。
ナニを隠そう……いや間違った。
何を隠そう、俺はまだ童貞だった。
そのため、もちろん彼女がいたことだってないし、男女特有の行為に励んだことすらない。
まったくの未経験だ。
だからこうして面と向かって告白されたとあって、俺はこうなることをあらかじめ予期していたとはいえ、やはり緊張してしまうのだった。
相手はなんと、俺がテロリストから庇ったああの時の女子。
名前は、ええっと……。
「五月歌子です。えっと……よろしくお願いします」
俺が名前を尋ねると、彼女は素直に答えてくれた。
体育館外の物陰にて、俺たちは青春の一ページともいえるシチュエーションに立っていた。
「こちらこそよろしく。それで、答えだけど……」
「はい!」
五月さんは目をきらきらさせながら、でも内心では怯えているのか、わずかに身体を震わせていた。
きっと今からおこなう俺の告白の返事を聞くのがおそろしいのだろう。
それでも俺は誠実さを心がけ、彼女へと答えを返さなければならないのだ。
「ごめん。五月さんとは付き合えない」
最初から予想はしていたのだろう。
五月さんは一瞬顔を曇らせるも、すぐに笑顔になって見せた。
我慢して無理に作った笑顔はすぐにでも泣き顔に転じそうではあるが、それでも俺へと台詞を紡いでいく。
「そう言うと思ってました。先輩、妹さんのことすごく大事そうにしてましたし……」
眼鏡をかけているせいか、やけに彼女が落ち着いて見える。
よっぽど俺のことを想ってくれていたのか、その目元には涙のしずくが浮かんでいた。
「それでも諦めません! 私、まだまだ東條先輩のこと、諦めたりしませんから!」
今になって知ったことだが、どうやら五月さんは一年下の後輩だったらしい。
俺は彼女のことを何もかも知らないな。
これからもっと知っていけたらいいと、切に願った。
「それと、私の能力も、先輩にあげます。Cランクのよわよわ能力ですけど、どうか受け取ってください!」
彼女は俺と副会長との戦闘を見ていたのだろう。
その小さな頭をこちらに差し出してきて、自分の頭を撫でてもらいたいかのようにお辞儀の姿勢を取った。
「それなら、遠慮なく五月さんの能力、使わせてもらうぜ」
俺は彼女の頭に手を置き、その能力を吸い取った。
それでも五月さんが再び能力を使えるよう、全ては吸収しない。
あくまで少しばかり、譲り受けるだけだ。
「私、また先輩とお話ししてもいいでしょうか?」
まるで小動物。
今まで出会った誰よりも臆病そうに見えるが、告白する勇気を持ち合わせている心の強い娘だった。
「ああ。もちろんだ」
「……よかった! ちなみに私の能力は、物体を人形に変える能力――『マテリアル・ドールズ』です! 先輩のお役に立てれば、これほど嬉しいことはありません! それでは!」
五月ちゃんはそう言うと、告白に振られて悲しいはずなのに、無理して作り笑顔を浮かべたまま、最後まで笑って去って行った。
「……悪いことしちゃったかな」
それにしても、「物体を人形に変える能力」か。
これもまた、色々な使い方ができそうだ。
そうこうしているうちに、時刻はもう夕方から夜に差し迫ろうとしていた。
今晩はまた由美が料理を作ってきてくれる。
早く寮に戻らなければ。
「あーにーきー……!」
「Fランクの分際で告白されるだなんて、まったく豚は豚小屋に帰るべきだわ」
「東條くん、あなたって人は……」
「あれ、みなさん何用で……?」
後ろを振り返ると、そこには鬼の形相を浮かべた由美と生徒会長、そして呆れたように頭を抱える副会長がいた。
「何用じゃあないでしょ! わたしたちに隠れて用事って、こういうこと! はっ、良いご身分ね!」
由美は見るからに怒り心頭だ。
しかしなぜ怒る必要があるのか、いまいち俺にはよくわからなかった。
「由美さんの言うとおりです。よくもまあぬけぬけと……。これは生徒会メンバーとして、しっかりと教育していかなければならないようですわね」
そうしてまた、なぜか如月生徒会長まで怒っているご様子。
俺は悪くない。
俺は悪くないぞ。
「それでは用も済んだことですし、四人でティータイムと参りましょうか。とはいえもうすでに時間も時間なので、ティータイムと言うよりは晩餐会、と言ったほうが正しいですが」
そ……そうか、二人は自分の約束よりも五月さんとの約束を優先したことに怒っているわけだな。
それなら話は早い。
俺は五月さんを見習って、どうにか作り笑顔で対応することにする。
「じゃ……じゃあ飯にするとしようか。は……ははは……」
けれどもそう言っても彼女たち二人のキレ具合は収まらず、俺はとうとう匙を投げた。
「兄貴にはしっかりと今後の方針を伝えておかないといけないみたいね。生徒会は生徒の規律を守るのが仕事。その本人が入って早々問題を起こすだなんて、やっぱり良くないことよねえ?」
「そうですわね。ここはきっちりとうちのやりかたってものを教え込まなければなりませんわね? お覚悟はよろしくて?」
二人の目は据わっている。
これは本気の目だ。
俺は浮かべていた作り笑いすらできなくなり、苦笑いへと変わった表情のまま、女子寮のほうへと連行されていった……。




