第二十章 ブルーティアーズ
『第二十章 ブルーティアーズ』
氷堂副会長のおでこに手を遣ると、確かに俺が能力者であると、俺自身が確信することができた。
もしもこおの能力が本当なら、俺は由美に対してそうであったように、氷堂先輩の「氷結系能力」をも奪えるはずだ。
「まだ……まだ、負けてはいません……」
先輩はまだ強がって見せているが、水を大量に吸い込んでしまったことで、ぜえぜえ……と荒い息を続けている。
――さて、そろそろいいだろう。
俺は彼女の額より手を離すと、実際にこの場において、「能力を奪う能力」が使えるかどうかを試すことにした。
「――はあッ!」
またたくは、氷の槍。
きらめくは、氷の山。
いろづくは、氷の棘。
俺はすぐさま自分の能力が本物であると実感した。
体育館、俺と氷堂先輩の周囲一帯には、透き通る氷の世界が広がっていく――。
「ば……ばか、な……。それは、わたしの能力……っ」
「その通りです。俺は、あなたの能力を継承した」
俺はかつて先輩がそうして見せたように、透明にして見えづらい、氷のトラップをも創り上げていく。
それが相手の周りに六つ。
六花の氷層が氷堂先輩を取り囲んでは、俺はもう一度敗北宣言を待つ。
「これが俺の、相手の能力を奪う能力です。今度こそ負けを認めてください。その場から一歩でも動けば、俺が仕掛けた氷のトラップが一斉に起動します」
「な……っ、あ……あ、あ……っ」
やがて氷堂先輩は諦めたかのように諸手を上げ、
「参りました。あなたの生徒会入りを認めましょう」
と言った。
それを聞いた由美と如月生徒会長が、大喜び(?)で俺に駆け寄ってくる。
俺はそれを見て、すぐに自分のものにした「氷結系能力」を解除した。
「おめでとう、兄貴。これで一緒に働けるね!」
(ユミルはまたしても、おにいさまの活躍を目の当たりにしてしまいました! さすがです、おにいさま!)
「ありがとう、由美、ユミル」
「まあ、テロリストを倒したのですから、みなみと互角以上に渡り合えても不思議はありません。それにしても、あなたの能力を奪う能力とやらは、本当に人を不愉快にさせるちからのようですわね」
(あああああああッ! よしッ、よーしっ! すばらしいご活躍ですわ、英雄様っ! わたくしあなたの勇姿を間近で見られたことを光栄に思いますわ! ささっ、早くティータイムにいたしませんと! 本日はお紅茶が美味しいに違いありませんわ!)
「そう言われると、なんてお答えしたらよいものか……。ははは……」
「能力を奪う能力」。
そんなもの、人からすれば不快でしかないだろう。
自分が努力した成果を「俺が手を触れる」だけで奪われるのだから、堪まったものじゃないだろう。
ただ一つ言い訳をさせてもらうと、俺は氷堂先輩の能力の全てを奪うことだってできた。
何を隠そう、この能力は「相手の能力を奪う能力」。
もちろん、相手が能力を使えなくなるまで吸収し続けることだって可能なのだ。
俺は先ほど氷堂先輩の「氷結系能力」を奪ったが、あのまま頭に手を当てたままにしておけば、彼女を無能力者――そ、Fランクにすることだってできたはずなのだ!
俺は改めて自分のこの能力のおそろしさを実感した。
いま俺が使える能力は三つ。
・幼馴染み「宮藤あずさ」の「心の声を読む能力」
・妹「東條由美」の「時間を操る能力」
・生徒会副会長「氷堂みなみ」の「水を氷に変える能力」
この三つだ。
あるいは、”まだ“三つとも言える。
まだこの異能力養成学校のトップである生徒会長の能力を俺は知らないし、ヒーローやヴィランといった連中からも能力を引き継げるかもしれない。
そう思うと、わくわくした。
三つだけじゃない。
もっと強くなれる。
その可能性で胸がわくわくした。
俺は負けを認めた氷堂先輩の言葉を聞いた。
「まさかわたしのブルーティアーズをもってしても見切れないとは……。く……っ。一生の不覚です」
俺が氷のトラップを解除したことで副会長は立ち上がり、対戦相手に自分の瞳のちからについて教えてくれた。
「ブルーティアーズ? もしかして、その瞳の能力ですか?」
「気づいていたのですね。ええ。この瞳は人から人へ代々受け継がれる、相手の行動を見切る目――通称『見切りの瞳』です。この瞳を持つことでたとえ時が止まった世界においてでも、わたしはあなたの行動を読むことができた」
「そんな……ちからが……」
だがしかし、それでは静止した時の中で氷を動かせた理由にはならない。
そのことを俺が尋ねると、
「ええ。本来ならわたしの能力諸共あなたの……いえ、元々は由美さんの能力の範囲内に入っていたでしょう。ですがこの青の瞳は、相手の呪縛からも逃れられる。つまり時間系に対してのみならず、たとえば相手を石化させたり、意思を剥奪させたり、暗闇を発生させるといった自分の動きが制限されている状況下でも能力を発動および発生させることができるちからも持つのです」
「能力の制限を受けない瞳……」
俺にはまだそのシチュエーションの類がぴんときていないが、もしかしたら今後、そういった自分の行動を制限してくる能力者と当たる日がくるかもしれない。
そう思考していると、氷堂先輩は言った。
「この瞳をあなたに差し上げます。代々この瞳は、強き者へと渡っていく仕組み。わたしの意思にかかわらず、ちからというものは受け継がれてゆくのです」
そう言ってまばたきをした次の瞬間には、対戦中に青く輝いていた瞳は元の黒いものへと戻っていた。
日本人を表す、茶色が混じった黒色の瞳孔。
「瞳が受け継がれてゆくとは、いったい……?」
「明日の朝になればわかります。わたしを見事打ち倒したのですから、誇りなさい。それがあなたの使命です」
そう言ったっきり、氷堂先輩は戦いの疲れからかよろよろと体育館から歩き去っていった。
「それは五つの瞳のうちが一つ。ブルーティアーズです。五色それぞれに異なる効果がある瞳は、勝者から勝者へと移り変わってゆく性質を持つ。みなみが負けを認めたことで、次の日からはあなたがブルーティアーズの継承者となるのです」
「はあ」
まだ俺にはそのブルーティアーズというものがよくわかっていなかったが、どうやらすごい能力を手に入れられるということだけはわかった。
それにしても、明日になればわかるっていったいどういうことなのだろう?
「さて、それではお茶会にしましょう。今日はあなたの生徒会入会を祝して、最高級の茶葉でおもてなしいたしますわ!」
(ああんっ! 早く、はやくぅーっ! わたくし英雄様とのティータイムをずっと待っておりましたの! 早く生徒会室へ参りましょう!)
「すみません。実は俺、このあと用事があって……」
「用事?」
そう尋いてきたのは由美だった。
由美は訝しむかのようにこちらに疑いの目を向けると、どうしてか少し不機嫌な様子になっていた。
「わかった。またあの同じクラスの男子……ええっと、その……、誰だっけ? ともかくその男子と遊びに行く約束をしているのね? でも今日くらい、生徒会に入った日くらい、わたしたちに付き合ったらどうなの?」
南条……どうやら由美はお前の名前すら憶えていないみたいだぞ。
俺は親友に対して憐れんだ感情を覚えると、妹に対して謝罪の意を表明した。
「違うんだ。実はその……女の子から呼ばれてて……」
「「 女の子!? 」」
するとびっくり。
なぜだか由美と生徒会長、二人して大きな声を上げて驚いていた。
「なんでそんなに驚くんだ……?」
俺はそのことに疑問を抱くも、体育館に設置された掛け時計を見て口を開いた。
「じゃあそういうことだから、……すまん! あとで埋め合わせはちゃんとするから、今日は急ぐな!」
呆気に取られている二人を余所に、俺はラブレターの主の元へと足を運ばせた。




