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第二章 一度目の転生

  『第二章 一度目の転生』



「ふはははは! よく来たな、勇者よ」


「きたぜ、魔王! 妹を返してもらう!」


 ここは、異世界。


 大魔王が支配する最深奥ダンジョン、その最下層にまでやってきた俺は、ついに全ての災厄の元凶、魔王の目の前にまで辿り着いた。


 巨大な竜の姿をした魔王はその肢元に我が妹ユミルを置き、俺に対する人質として彼女を扱っていた。


「おにいさま! わたし、きっとおにいさまが来てくださると信じておりましたわ!」


 妹のユミルが感涙のしずくを頬に滴らせ、俺の到来を喜んだ。


 ――そう、ここに来るまでに色々なことがあった。


 前世でカフェイン中毒という死を遂げた俺は、「童貞・無職・引きこもり」という三重苦から抜け出し、一躍異世界にて冒険者となった。


 それからは以前までの駄目だめな生活が嘘のように上手くいき、転生特典として女神様に与えられた相手の死線――つまりは「相手の弱点を見抜く」能力によって着々とレベルを上げていった。


 そしていつしか信頼できる仲間もでき、こうして世界を牛耳る魔王の巣窟にまで来ることができたのだった。


「ユミル! お前を助けるために、今あいつらが魔王の幹部、四天王たちと戦ってくれている! あとは俺が魔王を倒し、お前を助け出すだけだ!」


「できるかな? たかが人間風情に」


「できるさ。たかが人間じゃないってとこを見せてやる」


 俺の仲間たちには妹を魔王から助け出すため、立ち塞がる四人の敵の相手を任せている。


 エルフ族、マーメイド族、エンジェル、そして人間の四人だ。


 みんな信頼できる女の子たちだし、俺に厚い好意を向けてきてくれる。


 なにより、前世でのあの女上司とはまったくの逆。


 正反対。


 真逆もいいとこ。


 この世界で俺は、ようやく自分の居場所とも言える場所を手に入れたのだ。


「だから――」


 俺は負けるわけにはいかない。


 妹を救い、世界を救い、美少女たちとのんびりスローライフを満喫させてもらう。


 そのためには、まずはこいつを倒さなければ。


「だから俺は負けるわけにはいかないんだ!」


 漆黒のベールを纏いし黒竜が、口から大気を震わす業火を吐き出してきた。


 辺りは瞬く間にして炎の渦に飲み込まれ、気温が一気に上昇した。


 ただでさえ洞窟然として密閉されたこの場所が、酸素を失ってさらに窮屈さを感じさせる。


 だが関係ない。


 俺はもう、妹に心配されるほど弱くはない。


「ァがッ」


 首が飛んだ。


 誰の首か。


 決まっている。


 黒竜の姿をした、魔王の首だ。


「おにいさま!」


 俺は魔王に捕らえられていた妹をすぐに救い出し、自分の手に迎え入れた。


「ごめんな。時間が掛かっちまって」


「いえ! おにいさまなら、全部なにもかも即時に解決してくださると、ユミル、信じておりました!」


 嬉し涙を流して俺に抱きかかえられた格好となったユミルは、一瞬にして倒された竜の姿を見た。


 勇者の聖なる剣によって首を一刀両断され、あっさりと死んでしまった魔王。


 黒い鱗を持った巨体が大きな音を立てて床に転げ落ち、俺たち兄妹は再び結ばれた。


「これで――終わったのですね」


 物語の終わり。


 クライマックスからのエピローグ。


 俺が全て終わらせた。


 何もかも全部。


 跡形も無くすべて。


「……まだ、だ……」


「――――な」


 しかし、まだ終わりではなかった。


 妹を抱き締める力を強くしながら俺は、竜のかたちを取った魔王が変質していくさまを見ることになった。


 黒い巨体の腹部より、同じく真っ黒な血を滴らせながら、中から一人の女性が出てきたのである。


「まだ終わらんぞ! 勇者!」


「ひッ」


 どろどろの血にまみれた魔王の第二形態を一目見るや、妹が怯えた声を上げた。


 無理はない。


 一度倒したと思った黒竜は仮の姿。


 魔王はまだ死んではいない。


 真の姿を見せたのだ。


「これは、俺も本気でいかなければならないようだな」


 魔王は怒りを体現するかのような真っ赤なロングへアをしたがえており、その一本いっぽんが意思を持っているかのごとくゆらめいている。


 竜の腹を突き破り、中から這い出て来たその姿はまさしくホラー。


 爛々と輝くルビーの瞳は、まっすぐにこちらを見据えている。


「さあ、第二ラウンドといこうか!」


「ふッ」


 そうして、俺と魔王による長いながい戦いが始まった。


 魔王は俺と同じように長剣を振るい、二人の武器が何度も交錯してはぶつかり合う。


 お互いダメージを受けながらも着実に。


 一刻として休む暇も無いまま、時間だけが経過していった。


 妹だけがただひとり、俺の戦いを見守っていた。


 今度は情けない姿を見せたりはしない。


 戦いの決着が着いたのは、それから三時間半後のことだった。


「これで終わりだ。魔王」


「く――ッ」


 俺は地面に倒れ伏した魔王――人間の女の姿をした世界征服者に剣の切っ先を向けながら、相手の敗北宣言を待つ。


 長い戦いの末、女魔王がようやく観念したのか、とうとう命乞いが始まった。


「どうか、命だけは助けてくれ」


 戦っていたからわかる。


 魔王は本当に強い敵だった。


 なにしろこの俺に瞬殺されることなく、三時間半も生き延びたのだ。


 普通のモンスターレベルでは、こんなことはあり得ない。


 素直に賞賛に値する。


「お前は俺の妹をさらった。容赦はしない」


「お願いだ! 私はまだ死にたくない! 死にたくないんだ!」


 かつてあれほど猛威を振るっていた魔王が、今や俺の前で必死に懇願している。


 その様子はある意味滑稽だが、どことなく憐れにも思えてくる。


 しかし相手は何人もの人間を殺してきた大重罪人。


 生かしておくことはおろか、許すだなんてとんでもない。


 こいつをこのまま放置しておけば、また次の被害者が出るだろう。


 決して見逃すわけにはいかない。


「ほ……ほらっ、この身体もおまえにやろう。おまえの好きにしていいんだ」


 あろうことか、その場で服を脱ぎ始める魔王の姿がそこにあった。


 生命欲しさのあまり男に媚びを売り、なんとかして自分が殺されまいと必死なのだ。


 胸は大きくぷるんっとして、見るからに美しい。


 はだけた服の隙間から垣間見える谷間は、まさしく男のロマンだ。


 それに――いま自分が屈服させた相手が膝を突き、上目遣いで懇願してくるさまも、悪くはない。


 俺は今しばらく、女魔王の言い分を聞いてやることにした。


「勇者様、私の負けだ。このとおり」


 なんと魔王はその場で頭を下げ、額を地面に擦り付けると土下座の姿勢を取り始めた。


 これには俺も動揺せざるを得ない。


「な……何をしている! や、やめてくれ!」


「では、どうしたら助けてくれる。足を舐めればいいのか?」


 すると、今度は俺の足元に近づき、靴にキスしようと縋り付いてきた。


「そんなことをする必要はない! 俺はお前を倒さなければならないんだ!」


「どうか……どうか見逃してはくれないか。……そ、そうだ! 金か? 金が欲しいのか?」


 そう言うと、次は転移ゲートを開いて数々の金銀財宝や宝石といった類を俺に披露する赤髪魔王。


「よ、よせ。俺は金なんか欲しくない。今持っている分で十分だ」


「なら、やはり私の身体で償おう。私はおまえのものだ、勇者。何度も言わせるな」


「だから、やめろと――ッ」


 ――その時だった。


 今まで大人しく俺たち二人の様子を見守っていた妹が、参戦してきたのは。


「だめです! おにいさまはユミルのものなのです! あなたに渡すわけにはいきません!」


「なにを言う! 勇者様は私を屈服させたお方! 私はずっと自分よりも強い男が現れるのをこの場所で待っていたのだ! ようやく見つけたこの男を、人間の小娘ごときに奪われてたまるか!」


「おい、二人とも……」


 わいわいがやがや……と、二人の女性が俺の所在について討論を開始してしまった。


 俺としてはこれでようやく魔王を倒し、平和な世界になって喜んでいたのだが――


「おにいさまはユミルのものです! 魔王さんには負けません」


「言ったな小娘。私に勝とうなどとは千年……いや、万億年早いわ!」


「ちょ……ちょっと二人とも……」


 二人は俺の制止も何のその、俺の顔をお互いの胸で挟んだまま、熱い議論を交わしている。


 一歩も譲る気はないと、大好きなおもちゃを自分の物だと主張するかのように抱き締めたまま、放さないのだ。


 妹の胸こそ慎ましやかだが、魔王の巨乳は凄まじいほどだ。


 すっぽりと俺の頭部が覆い隠され、瞬く間にしてその双丘の中へと埋まってしまう。


「ぅ……ぐ……っ」


 ほとんど呼吸ができないほどだ。


 俺は二人にストップをかけようと両手で肩を叩くものの、二人は俺の取り合いでまるで気にする様子はない。


 やがて息も吸えなくなった俺はこうしてはいられないと魔法を使おうと試みるも、そういえばこの世界では詠唱しないと魔法は使えないんだったなと思い出し、あわてて武器を取り出そうとするも時すでに遅し、魔王の乳房に口を塞がれて窒息してしまっていた。


 頭が真っ白になり、――数分後――、ようやく俺の異変に気づいた二人が様子を確認する頃には、俺の意識は空へと浮かんでいた。


「って、あれ!? これ死んでますよね!? 魔王のおっぱいに殺されてますよね!?」


 そう。


 なにあろう。


 俺は転生した次の世界でも、死んでしまったのだ。


 それも魔王のおっぱいに挟まれて窒息死するという、なんとも情けない死に方で……。


「おにいさま! しっかりしてください! いま治癒魔法を掛けて差し上げますからね!」


「無駄だ。このダンジョンでは治癒魔法はおろか、蘇生魔法すら無効化される」


 魔王の言うとおりだ。


 この最終ダンジョンでは傷を回復する治癒魔法も、生命を復活させる蘇生魔法も使えない結界が張られているのだ。


 それによってこのダンジョン最深部へ辿り着くのも一苦労だった。


 それを知ってか知らずか――いや、知らないわけがない――、妹が必死に打開策を模索する。


「そんなことありません! 呼吸が止まったおにいさまを、必ず生き返らせる方法があるはずです!」


「結界は一度張ったが最後、それを張った私にも解除不可能だ。そのためには、エンジェルたちが棲む天空島へ行き、特別なアイテムを入手するより方法がない」


「そんな……! では、おにいさまは……!」


「死ぬ。不覚にも私が殺してしまった。せっかく私よりも強い男に出逢えたというのに」


 妹と魔王が協力して人口呼吸を取りおこなうも、努力むなしく一人の男は息を引き取った。


 二人はいつしか手を取り合い、さっきまでいがみ合っていた事実はどこへやら、俺の遺体を囲んで泣き始めてしまった。


 ダンジョン『魔王の巣窟』には女性二人による一人の勇者の死を惜しむ声が響き渡り、その音を聞きながら、俺は次なる来世へ向けて、魂を空へと運ばせた。


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