第十九章 ほんの少しのアイデア
『第十九章 ほんの少しのアイデア』
「さて、そろそろ負けを認めたらどうです? 最弱の……Fランクさん?」
俺はまたしても時間停止能力を解除していた。
時間を止めても氷が追ってくるというのなら、どうにかして氷そのものを水に変えながら敵に近づくしかない。
俺は先ほどと同じように自分の掌に纏わり付いた氷を水に変え、勢い良く氷堂先輩へ向けて駆け出していった。
「無策な。あなたはわたしのトラップを警戒していないのですか?」
案の定、視界の両脇から次々と氷山が突き出てくる。
大きさは最大で二メートルほどにもなる氷の山。
俺はその一つひとつに手をかざし、水へと変えていく。
――バシャアッ。
「ずいぶんと強引ですね。ですが、くだらない」
体育館の床から生える氷山に気を取られていると、氷堂先輩がかざした槍の先端から幾本もの氷柱が飛び出した。
「そんなもの!」
俺は手を盾にして氷を元の状態へと戻し、難を逃れていく。
「その両手で庇い切れますか?」
直線状に振りかざすだけではない、今度は凪ぐように槍を振るうと、横一直線に氷の棘が表出した。
バシュッ、バシュッ、と俺に向かってくるそれらを水に変えた途端、一瞬の水しぶきで視界が遮られてしまう。
「時間を止めてはいかが?」
なんと目の前にいたはずの氷堂先輩が忽然と姿を消していた。
敵の言うことに従うのは癪だが、不意を突かれるよりはいい。
俺はもったいぶらずに即、「時間系能力」を発動させた。
――キュィイイイン。
「どこだ?」
後ろを振り返っても、横を向いても、生徒会副会長の姿は見えない。
「ならば上か!」
そう思って頭上を見上げると、案の定彼女がそこにいた。
もしも俺の能力の発動があと少しでも遅れていたら、俺はその氷槍で貫かれていただろう。
俺は確かに静止している彼女に手をかざし、攻撃を加えようとした。
しかしその直前、俺の思考が何かに気づく。
「――いや、これこそがトラップなのか!?」
もしもそうだとしたら。
もしも自分を囮にして俺を攻撃するためのトラップを別に設けていたなら。
それは紛うことなき策士の所業。
俺はすかさず地面を見た。
――やはり。
「なんて人だ」
床には透明色で一見見えづらいものの、確かに氷の膜がいくつも並んでいた。
ほぼ密接した円形のそれらは、俺の動きに反応して攻撃してくるだろう。
はなはだ疑問だが、なぜか氷堂先輩が能力で創り出した氷は俺のちからの効力外。
「時間を止める能力」が効かないのだ。
今ほどはすぐに手を止めたため反応していないが、もしも時を止めたこの世界で俺が彼女を攻撃すれば、瞬時に氷のトラップが発動するだろう。
そうなれば良くて相打ち、仕留め損ねれば、氷の山で貫かれる運命が待ち構えている。
「だがしかし、気づいてしまえばやりようはいくらでもある」
俺はまず時が止まった世界の中で、氷のトラップを解除することにした。
対戦相手を囲むようにして配されたトラップは、六つ。
氷結六花のトラップを解除するには、いつも通り水に変えてやればいい。
体育館の床にいくつも設置された氷膜に自身の時間遡行能力を発動させていき、自分への危機を事前に解除する。
「俺にはどんなトラップも効かないぜ」
そうして、ゆるりとメインディッシュに取りかかる。
本当に、戦いのアイデアはなかなかのものだった。
さすがは生徒会副会長というだけある。
俺は黒髪が舞う氷堂先輩を、至近距離で眺める。
すると一つ、おもしろいことがわかった。
「この瞳……」
氷堂先輩の瞳は青く輝き、まるでサファイアのような光沢を見せていた。
それは人間に具わるものにしては少々異質で、由美の身体の痣のように神秘的だった。
「まさか、これも何かの能力なのか……?」
瞬間閃いた発想は、我ながら的を射たものであるように思えた。
もしも異能力とは別に、彼女が「時を止める能力」に対する有効打を持っていたとするなら?
それなら、さっきの氷の動きにも納得がいく。
それにこの瞳にはどうしてだか、魅きつけられるものがある。
由美における龍の痣にも近しい、何か奇妙ともいえる神秘的なオーラを、俺はその瞳に感じた。
「さて、仕上げだ」
少々酷だが、俺も彼女に自分の存在を認めさせなければならない。
そのためなら、少しばかり強引な手段でも致し方ないだろう。
俺は先ほどと同じように氷堂先輩の槍をただの水に変えると、その水を掻き集めて彼女の頭部に被さるように持っていった。
無重力空間のように水も重力の流れに従わず、この時が止まった世界では自由に空気中を泳がせることができた。
おおかた水が集まったことを確認すると、俺はその水の球体に自分の能力を行使する。
そして、再び時を動かしていく。
「ぶば……っ!?」
「どうです、苦しいですか? 俺は先輩に一つの質問をします。早く答えないと酸素不足であの世行きとなるでしょう」
時間が動き出すと、氷堂先輩は武器を失い地面へと着地した。
それと同時に、自分に纏わり付いた水のマスクに気づいて驚いている。
よほどびっくりしたのだろう。
着地と同時に大量の水が気道に入ってしまったらしく、透明な球体の中で激しく咳き込んでいる。
「……って、聞くまでもないか」
俺はさすがに拷問じみた水責めは可愛想だと思い、すぐにロックした時間を解除してあげた。
「……ぁあッ、がはッ、ごほッ……」
「大丈夫ですか、氷堂先輩?」
「ごへっ、……ぐほっ」
「大丈夫じゃないみたいですね」
なんだかやり過ぎたみたいで猛省する俺。
水の玉で口を塞ぎ、俺の生徒会入りを認めるまで酸素を吸えない状態にしようかとも考えたが、即刻取り止めて正解だったみたいだ。
「さて……」
俺は氷堂先輩のおでこに手を宛てがうと、自分の本来の能力が正しく発動できるか試す意味合いも込めて、「能力を奪う能力」を発動させていく――。




