第十七章 フロスト・ペイン
『第十七章 フロスト・ペイン』
「それでは、これより東條カイトの生徒会入りを賭けた一対一の模擬戦を執り行いたいと思います! 二人とも、準備はよろしいですわね?」
俺たちは現在、かつてテロリストとも対峙した場所である体育館へと集まり、対戦の準備を始めていた。
如月先輩は「やれやれ。どうしてわたくしがこんなことを……。わたくしはもう東條さんの入会を許可しておりますのに……」とぶつぶつ言いつつも、俺と氷堂先輩との一騎打ちの判定役を務めてくれていた。
「それにしても……」
見ると、体育館にはどこからか騒ぎを聞きつけた生徒たちの姿が。
一年生から三年生まで満遍なく、SランクからFランクまで揃いもそろって、俺たちの戦いを見物しに野次馬たちが集まってきていた。
これは非常にやりづらい……。
「わたしは手加減というものが苦手でしてね。何でも本気、全力でやらないと気が済まないタチですの。今からあなたをボコボコにすると思うと、今から楽しみでしょうがありません」
「…………」
黒髪をさらりと手で掻き上げ、特徴的なスクエアフレームの眼鏡をくいっとやる生徒会副会長。
気合い充分という出で立ちだが、俺としてはやはり負ける気がしない。
――はっきり言おう。
「時間を操る能力」は無敵だ。
何者もこの能力には敵いもしない。
俺と対等に渡り合えるのは、由美のような同じ時間系能力者くらいのものだろう。
「負けるなよー、東條ー!」
「テロリストを倒した実力をもう一度見せてくれー!」
「手加減するなよー!」
さっきから野次馬たちの声がうるさいが、俺はあまり人から注目されるのに慣れていないんだ。
さっさとこの戦いを終わりにして、優雅な放課後ティータイムを満喫しようじゃないか。
「では始めます。両者見合って」
生徒会長がついに対戦開始の告知をすると、俺もわずかに緊張してきた。
能力使用の準備はできている。
いつでも来い。
「 はじめ! 」
ダッ。
会長の合図と同時に、氷堂先輩が回り込むように駆け出した。
何をするのか知らないが、一瞬で片をつけさせてもらう。
――キュィイイイン。
加速だ。
もしくは、減速。
俺は時を止めた。
自分にとっては時間を加速させるにも等しいが、相手にとっては減速に違いない。
時を止め、動かした瞬間には勝負は終わっている。
ただそれだけの話だ。
なんのことはない。
俺は静止した時間の中で、手が光り輝く対戦相手の姿を認めた。
すでに能力を使っていたのだろう。
あまりの早さに俺は驚くも、そんなことは関係ない。
俺は固まって動けないでいる先輩にゆっくりと近づいていき、しげしげとその顔を眺めた。
きりっとしたその瞳は強い意思を感じさせ、その長身と相俟って、とても凛々しい印象を人に与える。
テロリスト相手の時は同姓相手だったから容赦なく拳を振るえたが、今回は相手が女性だ。
顔を殴るのも忍びないし、さてどうしたものか。
とはいえ、どうにかして負けを認めてもらわなければならない。
目線を横に移すと、野次馬の中に由美の姿も見える。
妹の前で、情けない姿は見せられない。
俺は動けなくなった相手の前まで歩いて近づいていき、その足を引っかけて転ばせつつ組み伏せるべく、まずは足払いを敢行しようと試みる。
「な――ッ!?」
――しかしどうだろう。
この時が止まった世界の中で、どういうわけか俺のほうが足を取られていた。
ぐっと力を込めてもその場から一歩たりとも動けず、なおかつ足元から冷気を感じる。
驚いて下を振り向いて見ると、あろうことか体育館の一部――ちょうど氷堂先輩を取り囲むかたちで、氷の結界が敷き詰められていたのだ。
「ばかな……」
俺は慎重に動いていたはずだ。
目線を下にずらしてはいなかったとはいえ、こんなトラップに気がつかないはずがない。
「トラップ……?」
――まさか。
まさか、俺が時を止めて自分に近づくことをあらかじめ読んでいて、周囲一帯に不可視の罠を仕掛けていたのか……?
だが、肝心の氷堂先輩は俺の能力下にあることは確かなようで、俺と同じくその場から一歩たりとも動けはしない。
まばたき一つすら、できないのだ。
それなのに、俺の足元の氷は間違いなくじわじわと太もものほうへと這い上ってきていた。
「ふっ」
おもしろくなってきたじゃねえか。
まさかこの時が止まった世界で俺に抗ってくるとは。
俺はパチンッ、と指を鳴らして、再び時を動かし始めた。
あとがき
毎日少しずつですが、小説を上げていきます。
生徒会編が終わったら、次は体育祭編を予定しておりますのでお楽しみに!




