第十五章 初めてのラブレター
『第十五章 初めてのラブレター』
「そ……それじゃあカイト、お楽しみを邪魔しちゃ悪いし、親友のおれは気を遣って先に教室に行ってるぜ」
「お、おいっ! 裏切り者!」
この状況のどこが楽しそうに見えるんだ。
いかにも委員長をしていそうな見た目の長身眼鏡美女から指を差され、何のことやら啖呵を切られた。
この状況が楽しそうと言って逃げるたあ、俺の親友も良い性格してやがるぜ。
「ええと……何の用ですか?」
俺が事情を尋ねると、眼鏡女子はすかさず俺に向けて言葉を発つ。
「わたしは生徒会副会長の氷堂みなみ。あなたが生徒会に入ると聞いて、こうして抗議しにやってきたというわけです!」
「なるほど」
合点がいった。
まあ、お約束イベントのようなものだろう。
生徒会に入りたくば、わたしを倒せ。
わたしすら倒せないと言うのなら、あなたはこの学校のSランク集団「生徒会」に入る権限はない。
大方そういうところだろう。
「事情はわかりました。ですが話はまた後にしましょう。そろそろ朝のホームルームが始まってしまいますので」
俺がそう言った直後、きーんこーんかーんこーんと、朝の予鈴が食堂に鳴り響いた。
「ふむ」
根は真面目なのか、氷堂先輩は素直に俺の言に応じてくれた。
「我が校の生徒会長は本日あなたから答えをもらうと言っています。ですので今日の放課後、きっちりと話を付けましょう」
俺はそう言ったきり踵を返して去って行った美人女生徒を見送り、自分も南条の後を追い、急いでFランク教室へ向かうことにした。
大事にならないといいんだが。
Fランクの教室に入ると、どういうわけか人が殺到していた。
「おっ! ヒーロー様のお出ましだ!」
「昨日はありがとなー!」
「まじ感謝だぜ! 俺たちの生命を救った英雄様々だ!」
なぜか俺が教室に入るや否や、クラスメイト全員で俺の元へと駆け寄って来るではないか。
最初は何事かと訝しむ俺だったものの、しばらくするとだんだん状況が掴めてきて、どうやら昨日のテロリスト集団を倒した功績が認められたらしい。
なにぶんここはFランク教室ということもあって、男子生徒ばかりなのがなんとも悲しいところではあるが。
それでも、人から感謝されるというのは気持ちの良いことだ。
俺は片手を挙げて、みんなの声援に応えるだけに努めては、自分の席に座る。
するとFランク教室唯一の無能女子(こう言っちゃ失礼だが、一つ上のEクラスから、俺たちはそう呼ばれている)、大宮さくらがこちらをじっと見つめてきていた。
「な……なんだ……?」
大宮さんは隣の席の男子をしげしげと見つめたまま、何も言葉を発しない。
居ても立ってもいられなくなった俺が声をかけるも、その姿勢は変わらない。
……かと思えば、彼女はいきなり口を開くのだった。
「……ふひっ。ふひひひひ……」
「…………?」
怪しげに微笑む大宮のことは、放っておいていいのだろうか。
……ところが一時間目の授業が始まり、異能力授業とは別に設けられた通常の国語の授業にて、俺は教科書を忘れるという痛恨のミスをしてしまった。
「あの、大宮さん。よかったら教科書を見せてくれないか?」
俺は隣の席の大宮さんにそう尋ねると、彼女はここでも「ふひひひ……」と奇怪な笑みとともに、自分の教科書を見せてくれた。
「あ……ありがと」
元から変な人だとは思ったが、いつもはここまで不気味ではなかった。
とはいえ、次の一言を聞くと、彼女も俺に対して好意を抱いてくれていたんだなと気づく。
「東條くん……、昨日はグッジョブ。ふひ、ふひひひひ……」
……いやはや、男子よりも女子のほうが異能力に目覚めやすいとはいうが、Fランクの大宮さんにはそれとはまた別に、何か人より優れないものがあるのかもしれない。
それが何かは、今の俺にはまだわからないけれど。
午前中の授業が無事に終わると、お昼休みがやってきた。
各自机を並べて談笑を交わし、持って来たお弁当などを食べ始める。
中には学食に向かう生徒もいて、俺は今日も由美の到来を待っていた。
「おっ、由美。待ってたぞ」
そう声をかけたものの、俺の声はまたしても一人の人間に殺到する人間たちの喧噪によって掻き消された。
「昨日はまじ痺れました! 俺たちを守るためにテロリスト相手にあんなことを言うなんて、まじ惚れます!」
「さすがはSランクの生徒会メンバー、東條由美さん! おれはあの瞬間、一生由美さんに付いていこうと決めたぜ!」
「ははあ……東條兄妹に救われた生命、絶対無駄にはしませんよ、ぼくは……!」
なにやら由美もまた人気者になったらしい。
由美は「やめてください、先輩方……。私はべつに……」と謙遜しているものの、少々照れている様子だ。
と、そんな微笑ましい光景を目にしている中、ふと机の奥に手を伸ばした俺はある物を見つけてしまう。
「なんだこれ……?」
教科書類に押されて少しくしゃくしゃになってしまっているが、明らかに俺宛てへの手紙だ。
しっかりと薄いピンク色の便せん、その裏には「東條先輩へ」と名前が書いてある。
そしてその手紙には、封を止めるために一枚のシールが貼られていた。
俺はそのシールを見た瞬間、ビビビッ、と電流のようなものが自分の背筋から頭へ流れていくのを感じた。
「これはまさか……」
ラブレター、ってやつか?
俺は早速中身を見てみると、その予想がそこまで外れていないことを知って一気に心臓が高鳴った。
まさか俺が、こんなものをもらう日がくるなんて。
以前までニートの童貞をやっていた頃には考えられないことだ。
やっぱり家に引きこもってばかりじゃなく、ちゃんと外に出て学校に行って、生徒を襲うテロリストでも倒したほうが、人生楽しくなるものなのかもしれない。
……いや、今のは軽い冗談だが。
「あんた、なに見てるの? 今日もお弁当作って来てあげたけど」
「うぇえ!? い……いや、なんでもないけど!」
「あ、あやしーい。今なにか机に隠したわよね?」
「い、いやあ……」
俺は由美にラブレターを見られるのが恥ずかしくなり、咄嗟にそれを机の中へと押し込んだ。
自分でもどうして隠したのかわからないが、もうそうしてしまった以上引っ込みもつかない。
俺はその後、怪しむ由美からの追及を退けながら、兄妹二人で昼食を摂ったのだった。




