第十章 異能力者狩り狩り
『第十章 異能力者狩り狩り』
時が止まった世界では、たとえテロリスト集団といえども、それを制圧するのは赤子の手を捻るよりも簡単だ。
「まずは銃弾を打ち落とす」
撃たれた銃弾は、十六発。
五,五六ミリ口径から発たれた銀色の鉛玉は、俺を狙うもわずかに捉え損ねて後ろの生徒たちへと直進していた。
俺に当たるはずだった五発も、静止した世界にて俺が避けてしまえば、まず間違いなく他の生徒が犠牲になるだろう。
そのため、俺は空中で固まったように動かなくなった銃弾の一つひとつを回収する作業から始めることにした。
たしかベトナム戦争時代から使われるようになった「ブラックライフル」の異名を持つこの銃の有効射程は五〇〇メートル。
このまま直進していけば、速度を落とすことなく確実に誰かに当たる。
それを食い止める。
「よっと」
とはいえ、そんなに難しいことじゃない。
俺はさながら木の実を集めていくかのように一つずつ、発たれた弾を摘まんでいった。
そうして一個いっこ、自分の学生服のポケットに入れていく。
「まるでゴミ拾いのボランティアだ」
わざわざ学校に侵入していたテロリスト集団のお世話をすることになろうとは。
人生いつ何が起こるかわからないものである。
やがて十六発すべての弾丸を無事にポケットへと仕舞った俺は、間抜け面を浮かべたテロリストの男を標的に据えた。
「散々人を虚仮にしてくれやがって」
まずは、もう一発。
顔面にパンチをお見舞いしてやった。
次に金的に向けて蹴り上げる。
だがしかし相手のリアクションはゼロだ。
当然だが、時が止まるということは相手は無防備だということ。
無防備であるということは、こちらの攻撃に対して反応さえできない《・・・・・・・・》ということ。
殴り放題、蹴り放題。
今までの鬱憤を晴らすかのように、俺はそいつをボコボコにしてやった。
だが、つまらん。
こんな止まった人形相手では、話にならない。
いくら腹を殴っても反応が無いのでは、殴っているこっちが疲れてしまう。
「敵を倒すって言っても、つまらないな」
その後、俺は相手をボコすのにも飽き、そろそろ時間停止を解除しようかと考えた。
なぜなら、感情の無い人形をいくら殴ってもおもしろくないからだ。
俺は妹が泣き叫んだぶん相手にも泣き叫んで欲しいのに、これでは殴り損だ。
パチンッ。
――と指を鳴らし、再度時間を動き始めさせる。
「あ……が……ッ!?」
気づけば傷だらけ。
それが敵の末路だ。
俺に刃向かったのが運の尽き。
妹を泣かせた時点でお前の負け。
全ては決まっていることなんだよ。
「な……ぜ……俺がこんなことにィ……ッ!?」
「気づかないのか? 俺は時間を操ることができる」
俺はまだ状況がよく飲み込めていないテロリストの男に向けて、ゆっくりと解説を施してやる。
「俺はこの学校に張り巡らされた、全ての結界装置を機能停止に追い込んできた。そしていま、お前が撃った銃弾も全て打ち落とした。どうしてかわかるか?」
ここまで言っても、テロリストはまだ頭が付いていっていないらしい。
俺は溜め息を吐き、説明を続ける。
「要はお前たちは負けたんだよ。一人のFランクにな」
「く……くそがァああああああッッッ!」
男はもはやわけがわからずといった様子で、再び武器を構えた。
――いや、構えようとして、できなかった。
「そうそう。その銃ももう鬱陶しいから元の形態に戻しておいた。ただの鉄の塊。銃が持っていた、本来の形状だ」
「――……な…………ッ」
男は、今まで自分が手にしていたはずの銃を見て、唖然とした様子を見せた。
そう、なぜならその銃は今や、分解されてただの鉄の集合体と化していたからだ。
M16を精製する過程で生じたであろう行程のいっさいを取り除き、原材料へと戻してしまった。
それが俺の能力。
時間逆行の能力だ。
「あ……あり得ない……どうして俺の銃が…………?」
「簡単なことだ。俺が手を触れたから。だから銃がありのままの形態に逆もどりした」
「意味が……わからない……。意味が…………」
「意味なんてわからなくていい。一生な」
俺はとどめの一撃を繰り出した。
ただの拳だが、戦意を喪失した男にはそれで十分だった。
顔面に向けられたパンチは見事にテロリストの頭部を直撃し、男は床に倒れたっきり動かなくなった。
それを見ていた他のテロリスト集団も仲間がやられて緊急事態だと判断したが、もはや何もかも手遅れだった。
「――遅い。人生二つぶん遅い」
それから俺は、あっという間にテロリスト集団を制圧した。
時を止め、全員が手にする銃をただの部品へと変え、そこにいた者共すべてを黙らせた。
息を吐く暇すら与えなかった。
全校生徒から見れば、二十人余りをものの一瞬で片づけたように見えただろう。
けれども実際は、俺の時を止める能力あってこそ。
最後の後始末として、俺は学校の隅々まで見て回ることにした。
先ほど指環を介して通信をおこなっていた仲間を見つけて気絶させ、一人ずつ体育館へと運んでくるのは非常に手間だったが、もしまた誰かが被害に遭ってしまっては元も子もない。
俺は静止する時間の中で体感二時間ほどを掛けて校内すべてを見回り、五人のテロリストを発見して沈黙させた。
残るは、警察に突き出すのみだ。
「やったね、兄貴!」
再びパチンッと指を鳴らすと、第一声に妹の喜びが聞こえてきた。
「ああ。お前のおかげだ」
そう言って俺はもう一度、由美の頭を撫でてやる。
「わたしは何もしてないよ。全部兄貴が解決した!」
妹は謙遜しているのか、自分の能力によって全てが解決した事実に対し、それを俺の手柄だと言ってのけた。
俺も妹に負けじと、謙虚な言葉を返せるよう努める。
「俺は何もしてないよ。もしも俺の妹に時を止めるという才能が無かったら、たぶん俺は何もできなかった」
妹はぶんぶんっと頭を振り、急に兄に抱き着いてくる。
「なに格好つけてんのよ。……好き」
「は、はあっ?」
妹からの突然の告白に面食らう俺だったものの、無事に事件を解決できてなによりだ。
それに、どうやらテロリストが全滅したことを受けて、生徒たちも居ても立ってもいられなくなったようだ。
突然全校生徒全員が俺に駆け寄って来たかと思うと、屈強な男共中心に俺を胴上げし始めた。
「おいおい……なんだこれは」
まったく意味がわからなかったが、やめろと言っても聞いてくれなさそうだったので、しばらく男子生徒たちに持ち上げられてやることにする。
「はあ……っ、まじで意味わからんな、人生」
良くも悪くも、人生何が起きるかわかったもんじゃないな。
俺は三度目の人生でそのことを思い知ると、絶叫から歓喜に変わった生徒たちの叫びを聞いて、ほとほと呆れ返るのだった。
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