第一章 童貞、無職、引きこもり
現代転生 ~異世界人の俺は妹を護るために現実無双します!~
『第一章 童貞、無職、引きこもり』
――学生の頃は良かった。
将来のことを心配せず、放課後になればすぐにゲーセンへ行き、気心の知れた友達と馬鹿話をしながら遊んだもんだ。
彼女こそいなかったがそれはもう楽しい毎日で、俺たちは格ゲー、音ゲー、麻雀ゲームまでなんでもやった。
夜暗くなるまで目一杯はしゃぎ、気づけば学生が補導されてしまうような時間までゲームをしたこともあったっけ。
――それが、どうだ。
俺はいま、自分の部屋に引きこもり、ゲームをしている。
もう学生ではない。
二十七歳、無職、童貞。
年齢イコール彼女いない歴というなんとも不名誉な称号を、今のいままで背負い続けてきた負け犬だ。
最初からこうだったわけではない。
俺なりに、いつだって努力してきたつもりだった。
だが人生とは、一度の失敗だけで全てが崩壊してしまうこともあるのだ。
それが三年前――四年制大学を卒業してすぐに入ったゲーム会社で、当時二十四歳だった俺は女上司から凄絶なるパワハラを受けた。
立場が上だから、何でも言えるんだ。
口での説教、仕事ができる同期との差別、そして意味不明なほどの量の残業の押し付け……。
終電が無くなるまで飲みに付き合わされるなんてこともあったっけ。
ともかく俺はその会社へ入るや否や早々、鬱になった。
それからの転落人生は、それこそ崖から転がり落ちるかのように止まることがなかった。
とうとう上司から受けるパワハラ行為に耐え切れなくなった俺は、統合失調症になってしまった。
何事にもやる気が起きなくなり、会社を辞めると同時、俺は両親に養われるかたちでニートとなった。
「俺だって……最初からクズだったわけじゃない……」
脳内で繰り返されるのは、あの日々の中で受けた仕打ちの数々。
もう思い出したくもない。
俺は結局逃げ出したんだ。
言い訳の余地も無い。
でも仕方がないじゃないか。
あんな状況になったら、誰だって死にたくなるだろう。
しかし俺は死ぬことを諦めて、何もしないことを選んだ。
その結果、俺は童貞、無職、引きこもり――人間のクズになった。
「はあ……っ」
わかっている。
わかっているさ。
いつまでもこうしてはいられないってことくらい。
いつまでもニートのままではいられないってことくらい。
でももう少しだけ、静かに暮らしていたい。
俺を責める、そんな人間がいない世界で。
「……クソッ」
FPSゲームは、反射神経ゲーだ。
エイム力は元より、その場その場の状況判断が物を言う。
疲れ切った思考では、どうしても集中できないし、続かない。
そのため俺は、いつしかエナジードリンクを飲むようになっていた。
中毒と言ってもいい。
多い時は一日四本。
食事よりも多い本数、エナドリを飲む。
「……んぐっ、んぐっ……ぷはぁ」
さて、これでまた集中できる。
今回は負けてしまったが、勝負はまだこれからだ。
――コンコンッ。
「おにいちゃん、ごはんできたよー」
そんな時、俺の部屋の外で妹の声が聞こえてきた。
俺よりだいぶ歳の離れた妹は、こうしていつも夕食を部屋まで届けてくれる優しいやつだ。
でも今はゲーム中だ。
構っている暇は無い。
……いや、言い直そう。
本当は顔を合わせるのが怖いのだ。
高校生になったばかりの妹は、トイレに行く際、親の話を盗み聞きしたところ、相当な秀才らしい。
なんでも、日本国内でも偏差値の高い高校受験において、トップの成績で入学したとのこと。
それが理由で一年生ながらも生徒会に入ることが決まったそうで、その日は盛大なごちそうが俺の部屋にも運ばれてきた。
「由美子……」
俺は部屋でひとり、妹の名前を呼んだ。
当然、当の本人には聞こえないように。
だってそうだろう?
かつてまで仲の良かった兄が会社を辞め、今じゃこんな有り様だ。
働きもせず、家でゲーム三昧の生活をして、おまけにタダ飯で生きているんだから。
こんな情けない姿を、妹に見せられるわけがない。
俺は妹の由美子が下の階に下りていった足音を聞くと、ゲームの対戦の終了とともに廊下へ出た。
「俺はいつまで……」
今日の夕食はハンバーグか。
俺の大好物だ。
「俺はいつまで、こんなことをしているんだろうな……」
ふと、本音がこぼれる。
俺はいつまで、こんなことをしているのだろう。
もちろん、このままではいけないことくらい、人に言われるまでもなく自分が一番よくわかっている。
けれどもどうしようもないじゃないか。
努力しても、努力しても、駄目だった。
いくら努力しても人間関係が上手くいかないんじゃ、全部無駄だ。
仕事ができなくたって、コミュニケーション能力があれば一目置かれる。
むしろ俺のような馬鹿真面目な人間は
、仕事を優先するあまり他の人間とのコミュニケーションを疎かにしてしまう。
そうして目をつけられた俺は、女上司から陰湿ないじめ――ひいては除け者として扱われ、よく陰口を叩かれた。
「本当に俺って、ゴミみたいな人間だよな……」
誰に問い掛けたわけでもない。
ただ、誰かに「そんなことないよ」って、否定して欲しかった。
自分の存在を否定するんじゃなくて、肯定して欲しかった。
――ただ、それだけなのに。
由美子が運んで来てくれた料理にはラップがされており、お盆のすぐ端には妹が書いたらしきメモが置かれていた。
『おにいちゃん、早く元気になってね 由美子』
たったそれだけだ。
たったそれだけのメッセージなのに、俺はなぜか、不意に泣けてきてしまった。
ぼろぼろと涙が止まらなくなり、自分のあまりの情けなさ、現状に腹が立った。
もしいつか生まれ変われるのなら、今度は絶対に妹に心配されるような生き方はしない。
もし来世で妹みたいに優しい人と出逢えたのなら、俺は断じて格好悪い生き様は見せない。
――そう思った、直後だった。
「――――うッ!?」
突然胸が苦しくなり、動悸が止まらなくなった。
心臓が爆発しそうだ。
全身の血液が一か所に集まり、内側から俺の身体を突き破ろうとしているかのようだ。
「うがァッ……!?」
俺はその場でうずくまり、床に膝を突いた。
今までエナジードリンクの飲み過ぎで心臓がばくばくすることはあったが、ここまでひどくなるのは初めてだった。
身体が燃えるように熱く、それに反するかのごとく冷や汗が止まらない。
「な……ん、で…………」
その台詞は、ともすると俺の人生そのものに対する問いかけだったのかもしれない。
人生における幸せは、歯車が一つ噛み合わなかっただけで簡単に崩壊する。
もっと上手くやれたんじゃないか。
もっと賢く器用に生きられたんじゃないか。
そういった、諸々を含めての疑問。
自分への問いかけ。
「 ……がァッ…… 」
俺はいつしか息すらできなくなり、指一本、動かせなくなった。
(そうか、俺は死ぬのか)
思えば、なんてくだらない人生だったんだろう。
何もできなかった、無意味極まりない人生。
願わくば、来世では幸せになりたい。
そう思って。
――俺は死んだ。




