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Half truth  作者: 雪乃 直
5/22

第5話 ルール違反

「なおに会いたい」

 楽屋で一人寂しく想いが零れた。最後に会ったのはいつだったっけ……。

 スケジュール帳と記憶を照らし合わせてなおに会った日を頑張って思い出す。たぶん、もう一か月くらい会えてない。ゆっくりお風呂に入っても、睡眠をとっても、美味しいご飯を食べても、心の奥にある疲れは全く取れなくて、体全体が重くて気分が晴れない。原因なんて分かってる。私の中のなお不足が限界を超えているから。

「会いたい……」

 昼間に送ったメッセージは、夜になってもまだ既読になっていなくて寂しさで泣きそうになる。会えなくてもせめて返信だけでも欲しい、なおからの言葉が欲しい。


「理佐、そろそろスタジオ行くよ」

「……はーい」

 楽屋で返信を待ち続けるのはタイムオバーだと美由紀の一言が私にそう告げる。なおからの返信を受け取ることもできなかった。きっと、なおの仕事が終わる頃、私はまだ収録中のはず。返ってきていないメッセージに追加で文字を打ち、今日もお疲れ様。おやすみ。と、心の中でなおに囁く。


「どうしたの? 最近ずっと疲れた顔してない?」

 前を歩く美由紀は軽くこちらに目線を向けて声を掛けてきた。なおとの時間が足りないから元気が出ないなんて口が裂けても言えない。でも、正直最近のスケジュールはなかなかハードだと思う。もう少しくらいセーブしてもいいと思うのに……。

「もうちょっと自分の時間が欲しいなーって」

「私のスケジュール管理に不満があると?」

 おどけた感じで言ってみれば、美由紀はそこに立ち止まり笑顔で私に言葉を返す。

「美由紀、目が笑ってない…よ?」

「ん? なに?」

「……なんでもないです」

「そう? じゃラスト一本、頑張って」

「……はい」

 冷たい表情で微笑む美由紀に口答えできる人なんてこの世にいるのだろうか。いるとしたら飛鳥くらい? いや、ももちゃんも無邪気に言い返しそうかも、そんな疑問を浮かべながらスタッフさんに案内されてスタジオに入る。

「よろしくお願いします」

 スタッフさんや他の出演者の方に挨拶をして自分の席に向かう。この収録が終われば今日の仕事は終わり。押さないといいな、もし巻きで終わってくれたら、なおがまだ起きてるかもしれない。もし起きてたら部屋に行きたいな、久しぶりに会ってぎゅーって抱しめてもらいたい。


「五秒前―、四、三……」

 フロアの人のカウントが聞こえてはっとする。本番始まるんだからちゃんと集中しなきゃ。一度ぎゅっと目を瞑り気持ちを切り替える。


 以前にも増して、最近は理佐とのすれ違いが多くなってきた気がする。その理由の殆どが理佐のスケジュールの忙しさにあるんだけど、これは嬉しい悲鳴だから素直に理佐の活躍を嬉しく思う。会う時間が欲しいって気持ちもあるけど、今は少しでも休んで欲しい。メッセージで送られてくる、おはようとおやすみの時間を見れば分かるけど、きっと睡眠時間も足りていないんだろうな……。

 朝から事務所のデスクで事務作業をしていて集中力が切れたのか、不意に理佐のことを考えてしまった。今はまだ仕事中だし、プライベートなことは極力考えないようにしなきゃ。そう思ってキーボードに指を乗せた時、後ろから声を掛けられた。


「佐野さん」

 声に特徴があるこの人は、顔を見なくてもすぐに誰か分かる。

「どうしたんですか、夏目さん」

「えっ、なんで私だって分かったんですか?」

 隣に座った彼女は、驚いた表情で私の顔を覗き込みながら聞いてくる。

「夏目さんの声は分かりますよ」

「すごーい。声だけで分かってもらえるなんて嬉しいなー」


 今の夏目さんの表情を言葉にするならキラキラって言葉が一番合うと思う。綺麗な大きな瞳を輝かせて嬉しそうな笑顔は眩し過ぎるくらいだ。

「あれ、でもなんで事務所に? 今日って夏目さんオフの日ですよね?」

「ふふっ、うん。今日はオフですよ?」

「え、じゃなんで此処に?」

「佐野さんに会いに来ました」

「えっ?」

 キラキラと微笑む彼女に思考が追い付かない。何か連絡ミスがあっただろうか、仕事の資料や郵便物はこまめに、ファンの方からのプレゼントや手紙は定期的に渡しているし、新しい案件の説明もこの間したばかり、わざわざ私に会いに来るほどの理由って……

「あの、なにか伝達漏れとかありましたか?」

「えっ?」

 今度はきょとんと目を丸くする彼女にこっちが動揺する。

「えっ、だってメールや電話じゃなくてわざわざオフの日に来るほどですし、何か連絡ミスでもしてしまったのかと……」

「ふふっ、違います。連絡ミスはありませんでしたよ?」

 にこにこと笑う彼女に色んな表情をする人だなって思って、理佐もこんな風によく表情がころころ変わるなーと不意にまた理佐のことを思い出してしまう。お腹が空いて機嫌が悪い時は、眉間に皺を寄せたり、口いっぱいにご飯を頬張って嬉しそうに食べたり、疲れたり脱力した時のへにゃってした顔や、虫を見つけた時の怖がる表情だって好き。ずっと傍で理佐の色んな表情を見ていたいって思う。会いたい。


「佐野さん?」

「えっ、あ、すみません。ちょっとぼーっとしてました」

「大丈夫ですよ」

 夏目さんが目の前にいるのに理佐のことを考えて心配されるなんて……。

 会えていないことを理由に仕事に支障をきたすのは良くない。それよりも今は夏目さんが来た理由を聞かなきゃ。今もにこにこと私を見つめる彼女に問いかける。

「夏目さん、今日はどうして事務所に?」

「だから、佐野さんに会いに来たんです」

「……会いに?」

「うん」


 ふふっと楽しそうに微笑む彼女に何とも言えない気持ちを覚えた。最近の息苦しさやどうにもできない苛立ち、不安がふわっと何かに包み込まれてすーっと消えていく感じがした。サポートする立場なのに逆に夏目さんの笑顔に癒されている。

「夏目さんの笑顔って凄く癒されますね」

 思ったことを素直に声に出してみれば、彼女はこれでもかと頬を紅く染め瞳を揺らしながらじっとこちらを見つめている。

「夏目さん?」

「私も佐野さんの笑顔に癒されます。笑顔だけじゃない、真剣な表情とかスケジュールで悩んでる時とか、色んな佐野さんの表情に癒されたりどきどきしたり……」

 隣に座る夏目さんといつもより距離が近いことや、いつになく真剣な眼差しの彼女に少しどきっとする。


「私、佐野さんのことが好き」

 吸い込まれてしまいそうなほど澄んだ綺麗なその瞳を見ていれば、これが冗談を言っている訳でも、好きの意味がスタッフとしてではなく恋愛としての意味だと言うことは何となく分かる。

 これはルール違反だ。そう冷静に考えておきながら胸の奥に微かに走る痛みには気付かないふりをして目を背ける。担当との恋愛なんてこの世界では禁断中の禁断。しかも、これから事務所が力を入れて売り出していこうとしているタレントが相手だなんて、絶対にあってはいけない間違い。


 もうこれ以上、ルールを破る訳にはいかいよ……。


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