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Half truth  作者: 雪乃 直
2/22

第2話 秘密のスキャンダル

「一人じゃないって分かってもらえました?」

「……うん」

「ふふっ、今はまだ信用しきれなくてもいいです。夏目さんとの絆はこれから築いていきますから」

「えっ」

「信じてください。私は絶対にあなたを裏切りません。夏目さんに私の全てをかけますから」

「……そんな、大袈裟ですよ」

「マネージャーは自分の担当と運命共同体ですから」

「そんな台詞、恥ずかしくないんですか?」

「はい」

「こっちが恥ずかしいですよ……」

 私の言葉を聞いて佐野さんが微笑む。その優しい笑顔にこの人は他の大人とは違うかもしれないとどこか安心感を覚えた。

「じゃ、そろそろ帰ります」

「……はい」

 佐野さんが離れる瞬間にふとさみしいって思った。でもこれは、さっきまで感じていたさみしさとは違う気がする。一人になるさみしさじゃなくて……

「明後日、事務所で打ち合わせです。詳細は明日メールで送りますね」

「はい」

「それじゃ、お疲れ様です」

「有難うございました。お疲れ様です」

 あなたが帰った後もあなたと彼女の香りだけが部屋に残ったまま。さみしい。


 【撮影早く終わったんだけど、今夜時間ある?】夏目さんのマンションを出たタイミングで携帯に届いたメッセージはとても嬉しい急なお誘いだった。最近忙しいみたいでなかなか会えていなかったから、やっと会えると思うと自然に頬が緩んでしまう。


こっちも今終わったよ。 どこで合流する?

明日は午後からだから、家でゆっくりしたいなー。いい?

了解。ご飯どうする? 何か買って行こうか?

久しぶりに一緒に作るのはどう?

いいね、作ろっか。食材大丈夫?

大丈夫だと思う。だから早く来てね

うん、急いで行くね


 理佐の家でゆっくり過ごすなんていつぶりだろう。久しぶりのお泊りにちょっと緊張するなと想いつつ、足早にマンションへ向かう。


 有り難いことに私はグループ卒業後も沢山お仕事をさせてもらっている。これはアイドル時代から変わらず応援してくれるファンの皆さんの力と女優として再スタートした私を新たに見つけて応援してくれる方たちのおかげ。でも、最近はスケジュールがハードでゆっくりなおと過ごす時間がないのが悩みでもある。美由紀の鬼スケジュールはいつまで続くんだろう。我が儘だけど、正直もっとなおとの時間が欲しい。はぁ……美由紀が聞いたら怒りそう。

 そろそろキッチンに行って準備を始めようとソファーから立ち上がったと同時にインターホンが鳴る。さすがナイスタイミング。念のため、モニターを確認すれば、そこには会いたくて仕方なかった愛しの恋人の姿。

「はーい」

「あ、お疲れ。遅くなってごめんね」

「ううん、大丈夫。今開けるね」

「ありがとう」

 オートロックの解除ボタンを押すとなおはモニターに向かってにこっとはにかんでから扉に向かって歩き出した。なに今の笑顔……かっこいい……暫く会っていなかったこともあるけど、なおの格好良さが増している気がする。あぁだめ、どきどきしてる。どうしよう……。ピンポンと今度は玄関のインターホンが鳴る、なおだ。

「いらっしゃい」

「久しぶり」

「入って」

「うん、ありがとう」

 リビングに向かって歩き出すなおから懐かしい香りがした。

「なんかなおから懐かしい匂いがする……」

「えっ?」

「うーん、この甘い匂い……」

「あぁ、夏目さんの匂いじゃない?」

「夏目って、由香?」

「うん、さっきまで夏目さんの家に居たから」

「えっ、なんで?」

「まだ公表は先だけど、夏目さんうちの事務所に入ることが決まったんだ。あっ、因みに、私が担当。それでさっき渡しそびれた打ち合わせ資料とアンケートを夏目さんのマンションまで届けに行って会ってた」

「嘘でしょ、由香なおのとこに入るの?」

「うん」

「……私たちのこと話した?」

「ううん」

「話すの?」

「……言わない」

 

 佐野なおは、櫻井理佐の恋人。人気アイドルグループの中心メンバーとして活躍した彼女は、グループ卒業後に女優へと転身しアイドル時代の人気が追い風となり演技の世界でも人気を博している今最も世間から注目される存在だった。

 【ノンスキャンダル】毎日毎日どこかしらの週刊誌記者に追われているにも関わらず、櫻井理佐のスキャンダルネタは掴めない。これは業界で有名な話で世間からは、純白の櫻井と呼ばれている。でも、純白の櫻井なんて真っ赤な嘘。グループ卒業後すぐに恋人ができたが、週刊誌記者も世間も恋人を見つけることができなかっただけ。元々、男遊びをしない理佐は、恋人候補すら見当がつかず、いくらマンションの前で張り込んでも男一人出入りしない。故にネタを掴めない。

 それもそうだ、櫻井理佐の恋人は男じゃなくて女なのだから。


 グループに入る前、彼女がまだ千葉に住んでいた時に知り合い、すぐに仲良くなった。スポーツ少女だった彼女は、今では想像もできないが肌もこんがり焼けて毎日泥まみれになりながら汗をかいていた。

「なお!」

 学校で見かけるとすぐに声を掛けて駆け寄ってくる君にときめかなかった日はない。その綺麗で眩しい笑顔が大好きで名前を呼ばれるたびに嬉しくて苦しく愛おしかった。自分の気持ちに精一杯で、君の頬がいつも紅いのは、ソフトボールの練習終わりだからだと、ずっとそう思ってた。だから、君の気持ちに気付くのに沢山時間が掛かっちゃったね。もっと早く気付いていれば、もっと沢山一緒に居れたのにごめんね……。

「暫くはこのまま誰にも言わないでいいと思う」

「うん。私もそう思う」

「ごめんね」

「えっ、なにが?」

「誰にも言えないってなおに辛い思いさせてないかなって……」

「辛くないよ。理佐と一緒に居られるのに辛い訳ないでしょ? 幸せだよ?」

「……本当?」

「うん、本当」

「ありがとう、なお。大好き」

「私も大好きだよ」


引っ越す?

うん、埼玉の高校に行くことにしたの……

埼玉……

ごめん

なんで謝るの? 理佐はなにも悪くないよ

でも……

埼玉でやりたいことがあるんでしょ?

……うん

それなら応援する。二度と会えない訳じゃないし。ね?

うん。また絶対会おうね

うん


理佐

なに? お母さん

ちょっと話があるんだけどいい?

話? なに?

噂を聞いたの……

噂?

……あなたが女の子と付き合ってるって

えっ……

本当なの?

……

……理佐


 選択肢が無かった。あの時の私には選択肢なんて無かった。ずっとずっと好きだったなおにやっと想いが届いたって言うのにどうしてだめなの? どうして私となおは付き合っちゃだめなの? 好きなのに……大好きなのに、どうして――。

 私のせいで家族もばらばらになって、私はお母さんと一緒に埼玉に引っ越して、お父さんとお姉ちゃんは千葉に残ることになった。そして、まるでお母さんは私の監視役のようで窮屈な生活が続いた。

 会いたい、なおに会いたい。【会いたい】そうメールを打っても送れなくて、会いたい気持ちと寂しさだけが大きくなっていく。あの時、なおはきっと全部知っていて私を送り出してくれた。だから、本当はもう二度会えないって分かってたのに……。

「また絶対会おうね、なお」

 あの頃、毎晩寝る前に私はなおに届かない声で一人約束してた。また絶対会おうねって。


「理佐? ぼーっとしてどうしたの?」

「ううん、なんでもない」

「やっぱり疲れてるでしょ? ご飯は私が作るから理佐は休んでていいよ?」

「大丈夫、大丈夫。それに久しぶりになおと一緒に料理したいし」

「本当に大丈夫?」

「うん」

 不意に昔のことを思い出してしまった。あの頃は辛かったなとか荒れてたなとか今ならそうやって簡単に思い出に出来る。昔の辛い思い出のおかげで今、こうやってなおと一緒に居られることの有難みを凄く感じるし、私にはなおしかいないと思える。

 もう誰がなんと言おうと私はなおから離れないし、なおを傷付けない。誰にも私たちの邪魔はさせない。だから、私たちのことは誰にも話さずにいる。

 私は一生、純白の櫻井を演じるの。例え、家族や友達、スタッフさんであっても人はなにかあれば裏切るものだから。裏切られたくない。裏切られたくないから、私たちは二人で話し合ってこの恋は誰にも言わないことにしたの。誰にも批判されないように、誰にも傷付けられないように。なおを守るために。

「じゃ、今夜はなに作る?」

「うーん、ハンバーグは?」

「いいね」

「冷凍できるように多めに作ろうね?」

「うん」

「じゃ、なおは玉ねぎ切って」

「了解」

 なおと一緒に居るだけで、嬉しくて楽しくて幸せだと実感できる。

優しい気持ちになれる。

なお、私を選んでくれてありがとう。


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