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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第五章
97/124

微睡の夢

 

「■■■■!!」

「――ハァッ」


 至近距離から放たれるブレスを回避し、カウンターに蹴りを腹に叩き込む。光明(オセル)のルーンで視界を確保し、魔剣を使わずとも体術のみで対等に渡り合う。しかし、打撃の効果は薄い。魔剣を持ってくるべきだったと後悔するが、ないものねだりをしてもしょうがない。

 蹴りを受けたアルゥツが数歩後ろへと下がり、再びブレスを放ってくる。それを掻い潜り、距離を縮めながら、シグルドはこれまでのアルゥツの行動を分析する。

 近づけば鋭い爪を振るい、離れればブレスが跳んでくる。一つ一つの威力は脅威だ。だが、それだけだ。当たれば致命傷を負う一撃でも、今のアルゥツの動きは単調。地下下水道で襲撃してきた時のような武の動きを見せてはいない。


 呼びかけにも応じず、戦い方も違う。

 全ての理性がなかった怪物は始末したと思っていたため、アルゥツだと思ったが、本人ではない可能性も出てきた。


「アルゥツッ」


 もう一度、名前を呼ぶ。当然ながら返事はなく、返事の代わりに返ってきたのはブレスだ。魔剣もないシグルドはそれを避けるしかない。右斜めに体を捻り、そのままの勢いで駆け出す。


「返事がないのなら、排除するしかなくなるぞ?」


 それは脅しだった。

 シグルドの目から見て今のアルゥツは理性がないようには見えない。こちらを殺そうとはしているものの獣のように見境なく襲ってくるのではなく、考えて動いているように見えるのだ。

 シグルドの脅しに対してまたしてもアルゥツは口を開かない。こちらを見据え、ブレスを放ってくるだけだ。


「警告はした!!」


 これ以上の警告は無意味と判断し、シグルドも手加減をやめる。地面を蹴り、更に身を低くして加速。地下下水道の壁を走り、アルゥツの横顔に蹴りを叩き込む。

 大きく体が仰け反り、隙を見せた瞬間にルーンを刻み身体能力を強化。そのまま流れるように体術に繋げる。

 腕が振るえぬように肩の関節を狙い、ブレスを吐き出せないように顎に掌底を打ち付ける。大きく仰け反っているものの大して効いてはいない。なんせ、相手は黒竜の鱗を纏っているのだ。流石に黒竜並みの耐久はないと思うが、単純な打撃程度で殺せるとは思っていない。


 ――と、シグルドは少なくとも思っていた。


「――――え?…………あれ?」


 攻撃の初動を潰し、更に連撃に繋げるために放った顎への掌底。そこから更に拳を叩き付けようとして気付く。

 アルゥツの意識がなくなっていたのだ。

 シグルドにしてみればあまりにも呆気なく、予想もしなかったこと。手応えというものがまるで感じられず、実感が湧かない。

 崩れ落ちるアルゥツを見て思わず声が出てしまう。


「(どういうことだ? 俺と戦う前にダメージでも受けていたって訳でもないのに)」


 崩れ落ちたアルゥツの体を調べてみると損傷はなく、シグルドと戦う前に何か致命傷を受けた様子もない。では、一体何があったのか。とそこまで考えていた時、アルゥツがほんの僅かに動くのを確認した。


 これまでの疑問も考えも頭の中から消し飛ばし、起き上がろうとしていたアルゥツを抑えつけ、拳を握る。何をしようとしていたのかは分からないが、もし、死んだふりだったのならばお粗末すぎる演技だ。手応えの無さから警戒をしていたのだ。こんなものに引っ掛かる訳がない。

 生きているのならば仕留めるまで。拳を固く握り、ルーン魔術で肉体を強化、加速させる。死んだふりなどもうさせはしない。

 死ぬまで拳を振り下ろすつもりでシグルドが魔拳と化した一撃を繰り出す――。


「――ちょっと待ってくれっ」

「――!!」


 瞬間、倒れ伏したアルゥツが声を上げた。

 寸での所で拳を止め、抑えつけていた腕を離す。


「あぁ、良かったよ。殺されるかと思った」

「…………アルゥツか?」


 胸を撫で下ろし、立ち上がるアルゥツを見てシグルドが問いかける。拳は握ったままで、警戒を解いていないのは先程の理性を持ったまま暴れていたことが原因だろう。


「他に誰がって言っても仕方がないか。信じられないかもしれないが、実はさっきまで操られていてな。意識を軽く飛ばしてくれたおかげで洗脳が解けたらしい」

「本当か?」

「疑うのは分かる。証拠もないから信じてくれとは言えねぇよ。だから、俺に聞くんじゃなくてアンタが判断してくれ。危険だと思ったのなら排除すりゃいい。その時、俺が抵抗したらそれはまだ操られている証拠だからよ」


 清々しい程に怪しいと判断したら殺せばいいと口にするアルゥツ。そこまで言われたならシグルドも一応戦闘態勢を解くしかない。


「犯人に心当たりはあるか?」

「すまん、突然のことだったからな。仲間を運んでいたら、体の自由が利かなくなっていてよ。そんであの様だ」

「……そうか」


 後でミーシャに見て貰った方が良いかもしれない。もし、魔術で操られていたとなれば、自分にできることは少ない。だが、問題が一つある。


「(これ、どうやって説明しようか)」


 食事を始める最中に襲撃をしてきたのはアルゥツだとあの三人は思っているだろう。突然、操られていて解除できました何て言われても信じるかどうかだ。自分も信じてはいないもののできるのならば助けたいとは思っている。しかし、他の三人が同じ考えを持つとは限らない


「取り合えず、戻ろう。俺の視界の中にいてくれよ。色々と知りたいことができたんだ」

「あぁ、俺を使った奴のことだろ? 勿論協力するさ」


 取り敢えず、出たとこ勝負で頭を下げるしかない。などと口にすれば秒で敗北宣言しているではないかと突っ込まれるようなことを考えながら、シグルドは歩き出した。





「オラァ!!」

「よーし、やれ。やってしまえ。そいつに食い物の恨みは恐ろしいと教えてやれ!!」

「はーい♡」


 身の丈以上の騎乗槍を手にしたガンドライドが()()()()に向けて振り下ろす。振り下ろされた鉄の塊をアルゥツが後ろに下がることで回避するが、ガンドライドの猛攻にアルゥツは次第についていけなくなっていた。

 その様子を目にしたミーシャが後ろから指示を飛ばす。

 せっかくの高級ステーキを台無しにされた怒りは未だに収まることはないらしい。隙あらば魔術を叩き付ける気満々で魔力を放出させている。ガンドライドもミーシャの怒りに充てられて殺る気に満ちている


 後ろに下がったアルゥツをガンドライドが追う。

 逃がす気など毛頭ない。後ろに水壁を出現させて、退路を断ち、敵を袋小路に追い込む。


「ハハハハ!! お前、私に喧嘩を売ってきた奴だよな!?」

「――――ッ」

「私を殴ったのに私は殴れなかった!! だから嬉しいよ。あの時の借りをここで返してやる。お前の腕を潰して、脚を引き千切って、最後に頭を潰してやる!!」

「■■■■!!」


 一度地下下水道に潜った時、突然現れたアルゥツにガンドライドは奇襲を受けた。特に損害を受けた訳ではない。傷がついた訳でもない。しかし、そんなことはどうでもいい。ガンドライドにとっては喧嘩を売られたならば、買うだけだ。

 目を血走らせるガンドライドに咆哮を上げて、アルゥツが牙を剥いた。





「いったぁ……」

「馬鹿か、お前は……何でスキルを使わずに真正面から殺し合うんだよ。しかも、こんな狭い場所でそんなでかい得物を使って」

「うぅ、だって……これがしっくりくるんだもん」


 生傷をつけたガンドライド力なく壁に寄りかかり、ミーシャによる治療を受ける。シグルドとは違い、ルーン魔術に長けているミーシャは傷跡一つ残さずに傷を消していく。

 尊敬している存在に治癒をして貰っている。それが目的で敢えてスキルを使わずに正面から戦ったのだが、上手くいった。下水道の水で足が濡れて気持ち悪いが、その事実だけで頬が緩みそうになる。


「(ふっふっふ……今はお邪魔無視はいないし幸せだなぁ~。いっそこの時間が永遠に続けばいいのに続けばいいのに)」


 傷跡がないかを確認しているのか、ミーシャの細い指がガンドライドの肌を撫でる。だらしなく頬が緩むのを必死で抑える。こんな顔を見られてはまた怒られてしまう。そうなったらこの時間も直ぐに終わってしまう。


「全く、何だそのだらしない顔は……」

「ご、ごめんなさい」


 頬を緩ませないようにしていたつもりだったガンドライドだが、残念ながらミーシャにはお見通しだった。指摘されたガンドライドが口元を急いで腕で隠す。そんな様子を見て、ミーシャはクスリと笑った。

 いつもならば、身の危険を感じてガンドライドから距離を取るが、ガンドライドのおかげで胸が空いたのは間違いないのだ。だから、こんな時ばかりはご褒美をあげてもいいだろうと思う。


「ガンドライド、ほら」


 そう言って、両腕を広げてガンドライドを呼ぶ。

 一瞬だけ首を傾げるガンドライドだが、直ぐにその意味を理解する。体を好きにしていいよと受け取ったガンドライドがミーシャを抱き上げ、首筋に顔を埋める。


「ちょっ――ガンドライド。くすぐったいぞ」

「エヘ、エヘヘ……お姉様ぁ」


 首筋にかかる鼻息を擽ったそうにするものの離れようとはしない。優しい表情を浮かべたミーシャはまるで妹を褒めるようにガンドライドの頭を撫でる。

 いつもならばガンドライドを止める者はここにはいない。ガンドライドは誰に邪魔されることなく幸福の時間に酔いしれるのだった。





 薄暗い地下の下水道に遅れて飛び込んだレティは、戦闘痕を辿り、その光景を視界に収める。一番最初に怪物と共に飛び降りて行ったシグルド。一体何があったのか。その男は、ただ茫然と立ち尽くし、意識を失っていた。


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