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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第五章
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作戦会議2

 

「では――この度は私が腕を振るいたいと思います」

「よろしく頼む」


 酒場の台所で買い物から帰ってきたレティーは早速腕まくりをして気合を入れるのを目にし、ミーシャが頷く。


「はい殿下。殿下の口に入れる物は本来ならば、専属の料理人(シェフ)が手間暇をかけて作るべきですが、この度は私が料理を務めさせていただきます。手を抜くつもりなど毛頭ございませんが、専門分野ではないので、お口に合うかどうか……ご容赦ください」


 城に勤める王族御用達の料理人達。潜伏期間内に料理の腕は鍛えたものの、ここは酒場。飲むことが主流の場所だ。彼らに比べれば、天と地ほどの差がある実力で舌を唸らせるものなどできる自信がないレティーが申し訳なさそうに再び頭を下げる。


「安心しろ。ここに来るまでにそこら辺に生えている草木を食べたこともある。それに比べればご馳走だろう」


 しかし、ミーシャはそんなことを気にする様子もない。何故ならここに来るまでに不味いものなどいくらでも口にしてきたのだ。まともに食事も取れなかった日もあるぐらいだ。それに比べれば、ちゃんとした料理が出てくるだけで恵まれている方だろう。


「何か……ご希望はありますか?」


 ミーシャにとっては気にするな、と言ったつもりで口にした言葉。それでもレティーからすれば身が凍るような出来事だ、王族の辛い逃亡生活の一部を聞いてしまって、流せるはずがない。

 表情には出さないものの体の筋肉が強張り、少しでも美味しいもの、ミーシャの好きな料理を作り、傷を治して貰おうと決意する。

 鉄仮面の下に燃えるような決意を宿したレティーのことなど露知らずに、ミーシャは一番最初に頭に思い浮かべたものを口にした。


「肉……肉厚ステーキが食べたい。中までじっくり火を通してくれ。後は、果実水に冷たい果物でもあれば良い」

「畏まりました。では、少々お待ちください」


 奥にある食糧庫に食材を取りにレティーが消え、しばらくして戻ってくる。手には巨大な塊の肉、まるで大型の獣から取り出したかのような大きさの肉の塊を抱えていた。


「へぇ、そんな大きな肉があるのか。初めて見た」

海象(シーマンモス)の肉です。柔らかく、たっぷりと脂がのっており、貴族の者達も好んで食べている品物です。先程の買い物で購入したものですよ」

「そうなのか……あぁ、確かに肉屋に寄ったな。あそこでか」

「えぇ、かなり融通を効かせて頂きました」


 初めて見る肉の大きさに感嘆の声を上げるシグルドにレティーが淡々と答える。だが、いつもの違い、声は僅かに機嫌が良さそうに聞こえた。


「そう言えば酒場は? 開けないのか?」

「この時間帯はまだ開けません。いつもは騎士や仕事帰りの商人達が帰る時間帯に合わせて開いています。丁度、夕日が沈む頃ですね。それでも来る人はいますが、ご心配なく。表の看板を変えておきましたから当分は近寄らないでしょう」


 ミーシャが店の中にいるのだ。常連でも店の中を覗かせる訳にはいかない。そうならないようにレティーは、店の前に『新メニュー開発中。覗いたら罰として通常の五倍をぼったくります。アタシはやると言ったらやる女だゾ♡』と書かれた看板を置いておいたのだ。こうすることで、店の窓全てにカーテンがかけられ、店内が見られなくても違和感はない。それに、このようなことは今回が初めてではないのだ。酒場のメニューを増やす時はいつもこうやっている。そのため、誰も近づくことがないということは分かりきっていた。


「そうか。なら、食事ができるまで打ち合わせをするぞ」

「はーい」

「……」


 じっくりと肉が焼けるのを見ているのも悪くはない。と思っていたのだが、待つ時間がじれったくなったミーシャが気を失っていたガンドライドのためにも作戦の確認を行おうとする。

 何処か焦るようなミーシャの姿を見つつもシグルドは黙して頷き、ガンドライドは元気に返事をした。


「それじゃあ、まずはこれを見ろ」


 そう言って懐から取り出したのは何重にも折り畳まれた紙だ。丁寧に広げ、長机の上に広げるとそこにあったのは街の地図。インクによって手書きで描かれており、所々に注意書きのようなものもあった。


「私達のいる場所がここ、平民区画の北門近く。ここから、半刻ほど歩いた所には北門があり、門兵がいる。緊急時には城壁の上にいる門兵が鐘を鳴らして知らせを送る手はずになっている」

「見張っているのは内側もか?」

「いいや、外しか見ていない。だけど、派手なことをすれば目に付く位置にこの酒場はある」


 だから初めの行動は慎重にする必要がある。言葉には出さずともミーシャの言いたいことを受け取った二人は頷く。


「殺しちゃう?」

「物騒だな……確実だけど」

「それはいけません」


 目立つ行動を取らぬように迅速に動くことを考える最中、見張りそのものをなくした方が良いのではと考えたガンドライドが提案するが、それをレティーが却下する。トレーで飲み物を持ってきたレティーがそれぞれに飲み物を配っていく。


「北門のある城壁からはこちらも目に届くかもしれません。しかし、彼らが一番見ているのは国境付近です。貴族が暗殺された事件が過去にあるのですが、その暗殺者は実はヴァルガ一族の者だったとの噂があるのです」

「ふぅん…………それがどうしたの?」


 飲み物を配り終わり、トレーを胸に抱えたレティーにガンドライドが興味なさそうに尋ねる。


「もしかして、噂があることが問題なのか?」

「……はい。その通りです」


 ガンドライドの机に肘を置く態度にレティーが視線を鋭くさせるが、シグルドが二人の会話に割り込むことで衝突を回避させる。


「証拠として出されたのはヴァルガの者達が身に着けている民族装飾品。貴族を殺されたことでヴァルガに正式に賠償金を請求したのですが、ヴァルガの者達は自分達はやっていないと。冤罪だと抗議しまして……」

「帝国と遊牧国家の両国が険悪になったと」

「正確にはこの街と遊牧国家です」


 シグルドの言葉をレティーが修正する。

 意味が分からずに首を傾げているガンドライドとシグルドの両者にミーシャが説明するように口を開いた。


「この事件だが、図書館の中でも見かけなかった。歴史書には貴族が暗殺されたとしか書かれていない。抗議何て帝国もこの街もしていないことになっているんだよ」

「それって……」

「あぁ、そうだ。帝国、というよりもこの街の上層部の独断だろうな。都合が悪いから消したって感じだ。賠償金を取ろうと考えちゃいない。戦争が目的ならもっと帝国側から詰め寄るさ。暗殺者は出たという噂はある。証拠もある。だけど、侵入経路も姿形もはっきりしていない。おまけに暗殺された貴族は二重の城壁の内側にいておまけに防衛設備の整った屋敷の中にいた。さて、お前なら誰にも見つからずに貴族を殺すためにはどうする?」

「無理だな。絶対に無理だ」


 ミーシャからの問いかけにシグルドが即答する。

 二重の城壁の上には警備が目を光らせており、壁を超えるのは無理だ。門から変装して侵入できる可能性はあるにはあるが、それは外側の門まで。貴族区画を守る城壁には外側よりも厳しい警備がされており、入り口も分厚い鉄の門で守られているし、入るにも内側にいる貴族に街の上層部からの許可も必要だ。

 訓練された騎士の警備に魔術による防衛もされている城壁を超え、その後に防衛設備が整った屋敷に見つからずに侵入する?

 ハッキリ言って無理である。


「正面突破ならまだしも見つからない何て無理だ。内側に協力者がいない限りな」

「そ。だから、外から侵入何て考えられないのさ。だから、私達は内側の奴らのせいだと思ってる」

「内輪揉めか?」

「大体そんな所だろ。内容に興味はないけどな」


 レティーが持ってきた飲料、果実水を口に含む。内容に興味がないと言うのは本当だ。今、重要なのは内輪揉めがあり、それをあたかもヴァルガの者達がやったように見せたこと。


「そのせいでこの街は色々と恨まれているのです。街の近くにある集落は睨みを利かせていて隙あらば攻め込もうとする者もいますから……だから、北門は厳重な警備が付けられています」

「排除すれば変化を感じ取って攻めて来ると?」

「集落の長達は戦争を恐れていますが、血気盛んな一部の者達がいますから……ないとは言い切れませんね――あ、そろそろ調理に戻ります」


 思い出したように台所へと戻って行くレティーを見送り、再び地図に視線を落とす。


「なら、俺達が騒ぎを起こしたら攻め込まれるんじゃないか?」

「可能性はあるな。だけど、一部の奴らに何ができる? 戦争するならまだしも準備すらしてないとレティーが言っていた。攻めるのは守るのより難しいというのは私でも知っているぞ」


 城の上にはバリスタ。そして、門は直ぐに閉じられるように警備が目を光らせている。そんな中、血気盛んな若者が攻めて来たとしても功績を上げられる訳がない。よって無視していいことだとミーシャは判断した。


「決行は街の住民が寝静まる夜半に行う。お前はここから貴族区画の北門まで馬で一気に駆けて貰う。誰にも見られずに北門まで行くルートは頭に叩き込んだか?」

「バッチリだよ。後で荷車の調子も見ておこう」


 シグルドへと顔を向けると返事が返ってくる。作戦を立てる時も一緒にいたので、もう必要ないと思ったミーシャは次にガンドライドの方に顔を向ける。すると、満面の笑みがミーシャを迎えた。


「じゃあ、私はお姉様と一緒に――」

「お前には別の仕事がある。一番最初の陽動をやって貰うぞ」

「そんなの聞いてないっ!?」

「寝ていたからな」


 シグルド(邪魔者)がいなくなり、二人っきりとでも思ったのかガンドライドが幸せそうな顔をするが、残念ながらそう上手くは行かない。きっちりと彼女にもミーシャは役割を与えることを忘れてはいなかった。というかむしろ真っ先に決めたのがガンドライドである。


「お前のスキルは潜入向きだ。この街の食糧庫に侵入して貰うぞ」

「それじゃあその後、お姉様に合流?」

「いや、レティーが侵入するためにもう一度陽動をしろ」


 そう言って詳しい内容をガンドライドに教え込んでいく。その様子はさながら勉強を教える姉のようだ。

 ガンドライドも泣く泣くミーシャの言葉に耳を傾けて頭に叩き込んでいる。シグルドやレティーが教えれば、絶対に聞きもしないだろうが教えるのがミーシャならばガンドライドも忘れることはないだろう。そんなことを考えているとこんがりとした匂いが三人が座っているテーブルにまで漂って来た。


「お待たせいたしました。海象のステーキとなります」

「む、来たのか。なら、一時中断だな」

「お姉様と、お姉様と一晩も離れ離れ……」


 鉄板の上にのった巨大な肉を目にし、ミーシャの目が輝く。鉄板の上で焼かれているということも感動するポイントが高い。毒見をするために焼き上がりを食べることなんて滅多になく、久しぶりの高級肉とあって食欲は一気に上がっていた。


「さて、それでは頂こうか!!」

「あぁ、そうだな」


 机の上にある地図を折り畳み、もう一つの紙切れがあるポケットに入れて食器を手に取った。

 久しぶりにみた分厚い肉汁たっぷりのステーキ。パンの切れ端のような肉片や押し潰されて冷たくなった安い肉などではなく貴族も食するほどの高級料理。

 涎が口の中で溜まるのを感じながらも落ち着きを持って、ナイフを入れる。肉は驚くほどに柔らかく、ナイフの重みだけで沈んでいく。肉の繊維を切る度に肉汁が溢れ出すのを目にし、思わずごくりと喉が鳴った。

 ニンニクの匂いが食欲をそそる。それでもゆっくりと、優雅に切り分けるのは王族として叩き込まれたテーブルマナーがそうさせる。


 そして、遂に、遂に小さく切り分けられた海象の肉が、ミーシャの口の中へと運ばれていく――――時だった。


 横から伸びてきた腕がミーシャを長机から引き剥がされる。強引な力で引き寄せられたため、もう少しで口の中に入ったはずの海象のステーキはフォークの先端から飛ばされ、床へと転がる。


 そこから先は文句を言う暇もなかった。

 何故なら――目の前で食事を取るはずだった長机が、下から出てきた巨大な蜥蜴によって吹き飛ばされたからだ。


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