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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第五章
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石の囲みの中で

 

「それでは、貴方達は王国の者ではないのですね」

「あぁ、そういうことになるな。不満か?」


 蝋燭の炎の灯りが部屋を照らす。炎が揺らめくたびに、影が揺れる。それはまるで、幽鬼が忍びよって来るような動きに似ていた。

 子供ならばこの不気味な部屋に入れられただけで泣き出していただろう。しかし、ここにそんなことで泣き出すような者はいない。

 そもそもシグルドもガンドライドも幽鬼程度に後れを取るようなものではないし、レティーはここに住み慣れているため、見慣れた光景なのだ。ちなみに、ミーシャは用件を伝えた後、早々に奥の部屋に引っ込んでいる。


 この部屋にはシグルドとガンドライド。そして、二人を値踏みするかのように観察するレティーしかいない。時折何処から入り込んだのか鼠が姿を現すが。揺らめく陰に驚いて直ぐに身を隠している。


「殿下が選んだ方々です。私から貴方方には言うことはありません」

「……そうか」


 奥へと続く扉を背に、質問に答えていそうで答えていない回答を無表情で口にする。

 お前達に言うことはないが、ミーシャにならある。それは、お前達に聞かせることはない。何故なら信用できないから。

 そうとも聞こえるような内容だが、特に追及はしない。自国出身でもない者が王族の近くにいるのだ。警戒されるのも不信感を募るのも仕方がない。むしろ、よく邪険に扱わないなと思うほどだ。

 自身の感情を隠し、どんな存在に対しても礼を尽くすように見せる。それは簡単のようで難しい。それを可能にするのは、国に対する忠誠心故だろう。

 そのことに敬意を抱いて口を閉ざすシグルドだが、レティーのことが気に食わず、喧嘩を売る者が一人。


「おいコラ、そこどけや。お姉様の所に行けないだろうが」


 案の定ガンドライドである。

 お前はどこのチンピラだと言いたくなるような態度でレティーに詰め寄るガンドライド。後少しだけ静かにしていられないのだろうか。


「お姉様? 殿下に妹君はいられなかったはずですが? それに、どう見ても貴方の方が年上のように見えます」

「関係ない。お姉様はお姉様だからお姉様なんだよ」


 他人には訳の分からない理論を振りかざし、前に行こうとするガンドライド。粗暴な行動にレティーの眉がピクリと上がる。

 例え、異国の素性のハッキリしない者でも礼儀を尽くすレティーに対し、自身の欲望に忠実なのがガンドライドだ。上手く粗利が合わないのも無理はない。

 二人の間で火花が散る前にシグルドはグイッ――と襟首を掴んで引き寄せる。


「止めとけ。今はアイツも疲れてるんだ。一人でゆっくりさせてやれ」

「離せ、私はお姉様の所に行きたい」

「後で時間作って貰うから今は我慢しろ。お前にここで暴れられると空間ごと潰されちまう」


 説得――などできたこともないが、努力するシグルド。だが、その程度でガンドライドが止まるはずもない。他人の迷惑だろうが何だろうが関係なくミーシャか自身の欲望を優先するのがガンドライドだ。

 最初からシグルドの言葉などに耳を貸すことがあれば、脇腹を貫かれることもなかっただろう。

 首根っこを掴まれた状態から抜け出せないと分かるとスキルを発動させ、肉体を水に変換しようとする。


「せいっ」


 だからこそ、最終手段に出る。

 肉体を水へと変えて脱走を図ろうとしたガンドライドの首筋に向けて手刃を落とす。首を痛めない程度、しかし、確実に気絶する力加減で落とされた手刀は首経由で頭部を揺らし、脳震盪を発生させる。


「無理やりですか」

「残念ながら、こいつを止められるほど俺は弁舌に長けてる訳じゃないからな」

「……貴方の言葉でも止まらないのですか。殿下と出会う前はお二人で何を?」

「傭兵であっちこっちに流れてた。と言っても俺一人だけだ。こいつはミーシャと出会ってから合流したんだ。だから、二人で旅をしていた訳じゃない」


 白目を剥いたガンドライドを床に外套をひいてその上に寝かせる。瞼を閉ざすことも忘れない。女性を冷たい床に寝かせたり、白目を剥かせたまま寝かせることは一人の男としてできないのだ。…………例えどんなに粗暴でも。


「そうですか。なら、今後はしっかりと手綱を持って貰いたいものですね」

「努力はする――が、こいつは鋼の手綱でも引きちぎりそうなんだがな」


 そう言ってシグルドは一つ溜息をつく。勿論唯の比喩表現だ。本気で縛ろうとするつもりはない。だが、それだけ大変なのだと知ってほしかったのだ。

 ガンドライドは暴れ馬に近い。それも相当巨大な。むしろ、ミーシャが持ってくれた方が喜んで従いそうなのだが、本人が嫌がりそうだなとお仕置きをしても喜んだ姿にドン引きするミーシャを思い出す。

 どうしたものかと考えていると緩んだ空気を締め直すかのようにレティーが口を開く。


「それで――貴方はどんな覚悟をしているのですか?」

「それは、帝国を敵に回すと言う意味か? それなら俺はとっくにしているさ。あの()の泣き顔を見た瞬間からあの娘のために戦うって決めている」


 あの時叫ばれた言葉――命だけは助けるという同情染みた助けなどではない。そんなものをやったとしてもあの娘の傷は埋められない。もし、逃がすことに手を貸していたら自分は惨めに生きていただろう。

 あの時のシグルドの行動は絶壁で震えて動けない子供に安全な場所からロープだけを吊るして昇ってくるのを待っているようなものだ。安全策を用意して自分は付き合わない。そんな行為だ。そんなことをしていた当時の自分に唾を吐き付けたくなる。声を掛けるだけで終わるな。助けるつもりなら覚悟を決めて自身の手を伸ばせ。それができないのならば戦士を名乗るな。


「だから、心配は無用だ。俺は最後まであの娘のために戦うよ」


 戦士として胸を張れるように――。未だに戦士としての活躍などできてはいないが、ミーシャという少女を助けることに関しては迷うことはない。そうシグルドは言い切る。


「――――貴方の目からは強い決意が見て取れる。嘘ではないようですね」


 間者として、長く人を見てきたレティーがミーシャという少女のために戦うことは嘘ではないと判断する。


「……随分、あっさりと信じてくれるんだな」

「誤解がないように。私は貴方の覚悟を嘘ではないと判断しただけです。貴方を信用したわけではありません」

「なるほど。つまり、今見極めている最中って訳か」

「そうなります。できれば言葉遣いから口出ししていきたい所ですが、そんな時間はありませんしね。精々、認められるように振舞って下さい」


 まるで家庭教師。眼鏡があれば、キラーン!!と光っていたに違いない。もしかして姉もこんな感じではなかったのではないだろうかと思いながら、苦笑いをする。

 言葉遣い……確かに意識をすることはなかった。

 ミーシャからも最近は特に言われなくなっていたので、気にしていなかったが、やはり王族なのだから礼儀は必要かと今更ながらに思う。

 ふと、視線を感じる。顔を上げてみれば、レティーが目を細めてこちらを凝視していた。


「……何か、あるのか?」

「いえ、不躾な視線を向けてしまい申し訳ありませんでした」


 他に聞きたいことでもあるのだろうかと問いを投げるが、何でもないと首を振り、頭を下げられる。

 その綺麗な所作を見てメイド服であればしっくりきただろうなぁと思っていると、奥の扉が開くのが目に入った。

 レティーも気付いたのだろう。扉が開く瞬間に振り返り、奥から来るであろう人物を迎え入れるために頭を下げる。


「…………何でガンドライドが寝ているんだ?」

「部屋に突撃しそうだったから――」

「なるほど、分かった。もういい」


 ガンドライドが気絶することになった原因を少しだけ話すと先を予想が出たのかミーシャが止める。

 そして、もう興味がなくなったのかミーシャは二人へと向き直る。レティーに出会ってから出ていた弱弱しい雰囲気はもうそこにはない。いつも通りの強気にものを言うミーシャがいた。


「ガンドライドが起きないのなら後で言うだけだ。まずは、レティー。情報を貰いたい。協力してくれるか?」

「殿下の命であるのならば、直ぐに――では、まずはこの街の地理から話を始めましょう」


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