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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第五章
85/124

支配人

 

「第一の演目、死者の誘い」


 その声と共に先程まで倒れ込んでいた騎士が襲い掛かってくる。目から生気は感じられず、不死者に落ちたことが分かる。

 それが全部で五つ。大事な騎士達だと言っていた癖に、酷い扱いだ。


「(いや、私が殺したからこうなったのか。じゃあ、後ろにまだ控えている可能性がある。か)」


 騎乗槍(ランス)で近づいてきた騎士の腹を叩き、距離を開ける。吹き飛ばされた騎士の後ろから投擲刃が飛んでくるが、首を振って回避する。

 騎士達の動きは先程とは違い、速く、強い。不死身となったのだから、これまで無意識に止めていた枷が外れるのは当たり前なのだが、人間ではなかった分動きが速い。

 一撃で全員を薙ぎ払えたのだが、蛇のようなぬるぬるとした動きで回避してくる。避け切れずに受けても、直撃を喰らうことを避け、芯をズラすか、後ろへ飛んで威力を半減させている。


 器用なものだ、とガンドライドは冷めた目をしながら思う。細かな動きを五体それぞれにさせているのに、完全に壊さないように気も配っている。


「案外アンタ器用なのね。それで、人形劇でもやってれば? アンタの奇抜な格好と相まって人気が出るかもしれないわよ」

「お褒め頂きありがとう。でも、人形劇は遠慮しておくよ。やっぱり、舞台の上で踊るのは人でなくてはならない。生きてもいない奴らはダメだ。そんなの僕の舞台じゃ主役は張れないよ」


 人形術師の方が似合っているぞと軽蔑を含めた言葉を耳にしても男は落ち着いた口調で返す。

 頭に直接響いてくる言葉を不愉快に思ったガンドライドが頭を軽く振るう。


「ふん、それならこいつらはどうなの? これが演劇なら、こいつらは舞台の上の人形じゃない。まさか、元人だから大丈夫とか今更言わないでしょうね」

「そんなことは言わないさ。それに勘違いをしないでくれ。この演劇はこいつらを際立たせるためのものじゃない。こいつらは唯の脇役。言っただろう? 人形は主役は張れないと――今回の演劇の主役は君だよ」

「あら、そう。ならどんな風に躍らせてくれるの? つまらないものなら、容赦はしないわよ」

「おや? 付き合ってくれるのかい?」

「馬鹿言うんじゃない。ただ、興味が湧いただけだよ」


 五人の屍と戦う姿をどこかで見ている男に向かって笑顔を作る。それは決して好意的なものではない。面白くなかったら、()る。と脅しをかけた冷徹の笑みに近い。


「そうか、なら――存分に楽しませなきゃねぇ」


 ガンドライドの笑みに対し、男が口元を吊り上げて答える。


「なら、そろそろ次の幕に移ろう」


 その言葉を皮切りに死人達の動きが激しくなる。同時にガンドライドは自分の体に違和感を感じるようになる。


「オラァ!!」


 まるで、少しだけ体が重くなるような。背中に何かが張り付き、引き摺っているような感覚を覚えながらもガンドライドは近づいて刃を振るってきた死人の騎士に槍を突き立てる。胸のど真ん中――肺どころか心臓まで抉り、串刺しになった死人はそれを狙っていたかのように騎乗槍を抑え込む。


「チィッ――面倒くさいことをっ」


 騎乗槍を抑え込み、動きを制限されたガンドライドに残り四人の死人が四方から迫る。舌打ちを一つ零すと動かなくなった騎乗槍を捨て、徒手空拳へ。一人目を真正面から殴り、地面へと叩き付け、横から来た二人目を回し蹴りで、吹き飛ばす。後ろから三人目が続く。

 体勢を崩した状態を何とか無理やり直し、飛び掛かってくる死人の顔を手の甲で叩き付けるが、今のガンドライドの状態で迫る死人を退けられるのは、ここが限界だった。腕を大きく投げ出すことになったガンドライドの懐目掛けて、剣を持った死人が飛び掛かる。

 そして、無防備な懐に剣を突き刺し――


「私にそんな玩具が通じるとでも?」


 ――体が、崩れる。

 ガンドライドの腹の辺りを突き刺すはずだった刃は空振りし、女性の形をなくし、水となったガンドライドが四人目の死人の後ろへと回り込み、そこで体の再構成を行う。


「別にくらってもよかったけど、なんか癪に障るし、汚い奴らには触られたくないのよね」


 時間にして一秒にも満たない動きで、後ろを取ったガンドライドは拳を握る。メキィッ――と凄まじい力で拳を握りしめたガンドライドは、大振りの一撃を振るった。

 泥や臓物で鎧が汚れたこと、騎乗槍を奪われ、素手での戦闘に持ち込まれたこと。これまでの苛立ちが込められた拳は見事に死人の後頭部へと叩き込まれる。


「オッラァ!!」

「うわぁ、すごいね」


 容赦のない一撃は、死人を地面に何度も体を打ち付けながら五メートルも吹き飛ばす。能天気な声が聞こえたが、ガンドライドには届いていない。

 むしろ、今まで以上の手応えと存分な腕力を使って打ち出した一撃を喰らっても吹き飛ばされるだけに終わった死人を凝視する。


 手加減何てしてはいない。得物が自身の手の中にないから何て理由もあり得ない。これでも腕力だけで殴っても人を肉片に変えることはできる力を持っている。それなのに、吹き飛ぶ程度で終わるのはおかしい。

 力の入れ具合をミスしたのかと手をブラブラさせて体の調子を確かめる。体に外傷もない。しかし、何かが欠けてしまったような。針の先程の小さな違和感を感じ取る。

 そのガンドライドの様子に気付いた男が口を開き、声が何処からともなく響き渡る。


「やっと気づいた? いやぁ、焦ったよ。ホントは聞いてないんじゃないかって思ってしまったよ」


 露程も思っていないことを軽く口にしてやれやれと息を吐く。その姿はガンドライドからも想像できた。眉を顰め、相手を睨み付け――ることはできないので殺気を放ち、男を威圧する。


「何をしたの?」

「答えると思うか?――何てケチなことはやめておこう。これは演劇だからね」

「――チッ」


 冗談交じりの男の言葉にガンドライドが舌打ちを零す。

 吹き飛ばした死人が立ち上がるのを確認する。拳をもって叩きのめした計四体の死人。それら全てが全力で殴ったにもかかわらず、未だに動いている。


「僕がやったのはただの付加魔術さ」


 死人達の攻撃を捌きながら、男の声に耳を傾ける。


「効果は動体視力低下、筋力低下、魔力低下。おまけに僕自身が解除するまでの持続付きさ」

「んなもん何時かけやがった!! 詠唱何て聞いてないぞ!?」

「全ての魔術師が魔術を発動させることに詠唱が必要何て思わないことだよ。時には無詠唱で魔術を起こす人もいるんだ」

「なるほど、アンタは無詠唱で魔術を使ってたってことか。チマチマと面倒くさいことをしてくれたわね。いっそのこと能力を低下させるんじゃなくて、命を奪えに来れば良かったじゃない」

「確かにね。それができれば良かったんだけど、残念ながら他の魔術はからっきしなんだ」


 男に向けてガンドライドが挑発するもそれをすらりとやり過ごす。そのことに舌打ちを打ち、迫ってきた死人の横腹を蹴り飛ばす。


「本当に、大変だったよ。両親は付加魔術しか使えない無能とか言い出すし、友人にも馬鹿にされた。だって、付加魔術って地味だからね。魔術師でもない奴らには、よく侮辱されたよ」

「そうっか――よ!!」

「うん、だから、嬉しかったなぁ。先生に会えた時や皇帝陛下からお言葉を貰った時は……僕には才能があると言ってくれて、万全な環境まで用意してくれた。いやぁ、涙が出たよ」


 思い出すのは虐げられていた日々。そして、そこから救い出してくれた二人の恩人だ。一人は皇帝陛下。もう一人は、魔術の師である女性。この国では珍しい黒い髪を靡かせた宮廷魔術師だ。平民であった自分が国を統べる人物を目にすることができる栄誉を賜ることすら恐れ多かったというのに言葉もかけられ、騎士にも任命されたのだ。更に、才能を見抜き、ここまで自分を育て上げてくれた。二人がいなければ今の自分はいないだろう。


 それでも軽蔑の視線は消えたかと言うと、そうでもない。無詠唱で魔術を発動させることができても所詮は付加魔術、平民上りがと馬鹿にされることもあった。特別扱いされた自分に嫉妬した兄弟子達にも洗礼を受けることもあった。

 それに嫌になりそうになり出ていこうとも思ったことがあったが、二人の姿を思う度に思い出すのだ。軽蔑と侮辱の日々から救ってくれたことを――。


 帝国に栄光をもたらせと言葉を頂いた。この出会いは必然で運命だと微笑んでくれた。だから、応えなければならない。

奇抜な衣服を纏って陰に埋もれそうな自分を際立たせ、油断してくる敵を自身の独壇場に引き込み、死ぬまで踊り続けさせた。

そして、いつしか支配人と呼ばれるようになり、今回ようやく部下を連れ歩くようになれた。


「だからね。任務の部外者はサッサと消えてくれないかな」


 失敗は許されない。自分は下見を任された身なのだ。異分子など消えてなくなればいい。皇帝陛下の威光が届かない汚れた場所も一緒だ。


 陽気だった声がガラリと変わり、一見して死人の体のように冷たい声がガンドライドの耳に届いた。


「第二幕――騎士の罪。思う存分に楽しんでくれ」


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