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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第五章
83/124

強化兵4

 

 炎がスラムを包んでいく。

 雨も強くなっていくが、炎を消すには至らない。悲鳴が聞こえた。焼ける匂いがした。それがどんな人物だったのかはミーシャは知らない。そして、気にすることもなかった。

 どうでも良い。一言で言ってしまえばこんな感じだ。

 敵――というには、微妙であるが味方でもない。だから、だからどうでも良い。恨むのならば勝手にしろ。復讐も自由だ。ただし、してきた場合には対処するだけだ。


 脇目も降らずにミーシャは騎士へと近づいていく。一点突破型破壊魔術、アルヴィス・イコルスによって腹部から胸部にかけて大きな穴を開けられた騎士は当然ながら絶命していた。

 最後の最後まで屈辱を噛み締めていた騎士にとって、幸運だったことは苦しまずに死ねたことだろう。兜を取ると飛び込んできたのは目を見開き、驚きを露にしている表情。間抜けにも口をポカンと開いている様子は、()()()()()()()()()()()()()ミーシャも腹を抱えて笑っていたはずだ。


「鱗……」


 兜を取り、目に飛び込んできたのは男の首筋にびっしりとある黒い鱗。遠目から見れば、痣と見間違えてしまうかもしれないが、今の状況ではありえない。

 鱗だ、魚類や爬虫類などについている正真正銘の黒い鱗がそこにはあった。

 幻覚でも何でもない。試しに触ってみれば、ザラザラとした感覚が肌に伝わる。光沢があるように見えて滑らかかと思えば、その表面は粗い。少しでも加減を間違えれば、指が切れてしまいそうだ。


「まるで、()だな」


 熱感知対策に炎で周りを燃やした効果は抜群だった。あれだけ正確にミーシャの位置を捕捉していた騎士は突如として捉えきれなくなり、右往左往していた。

 姿が見られていた訳ではなかった。最大の懸念が外れたことに大きく案著しながら、ミーシャは額の汗を拭う。

 ミーシャの視線の先にあるのは今も変わらず黒い鱗だ。

 騎士の装備に魔術道具(マジックアイテム)らしきものが一切ないことから、これまでの騎士とは違うのはこの鱗のせいだと考える。


 黒い鱗、帝国の騎士。最近シグルドから聞いた内容が頭に浮かんでくる。


『帝国の奴らが騎士に黒竜の血を打ち込み、人体実験をしている』


 地下下水道に潜んでいたという怪物から聞いた情報。人語を話すものは僅かしかおらず、その条件も分かっていない。それならあまり問題視はしなくても良いと切って捨てていたが、軽く見ていい問題ではなくなった。


 目の前に倒れている騎士はシグルドに聞いた話とはかなり違う。話が通じるかは試していないので分からないが、人の形は保っているように見える。

 最後には人語を話し、対話もできた者もいたはずなのにそれが完成されたものではないのか。それともこれが完成体なのか、それともこれも失敗作なのか。

 どちらにしろ。それで帝国が騎士を強化していることは明白だ。


「(だとすると……他の奴らもコイツ同様に強化されている可能性があるな)」


 思い出すのは鉄槌を持った騎士より後に来た者達だ。

 拘束魔術で身動きを封じてから破壊(ハガル)による一撃を喰らわせたもののこの男と同じように強化されているのならば生きている可能性だってある。


「(この強化兵がどれだけの耐久力を持っているか分かればいいのだが……また戦う時に高位魔術を使うしかない何て魔力もルーン石(ルーンストーン)ももたないぞ)」


 購入したばかりのルーン石を何でこんなにバカスカと使わなければならないんだと憤慨する。金貨を湯水のように使っていた王都での生活が懐かしい。

 しかし、こんな所で思い出に耽る訳にもいかない。

 このような状況になったこと事態ミーシャは望んでいないのだ。戦闘になったせいで、死体を引き摺った跡がある場所からは遠く離れてしまっている。それに加えてこの雨――今頃は他の場所にあったはずの痕跡も消されているだろう。


「くそ――これじゃあ騎士団がどこにいるかも――っ!!」


 時間をかけすぎたことに苛立ちを感じ、死体になった騎士を蹴りつけようとした時――()()()()()()()()()のを目にする。

 途中まで重力に引っ張られて地面へと水滴が落ちていたというのに、急遽進路を変えて一点に集まっていく。天変地異の前触れかと思ってしまうその光景、それにミーシャは覚えがあった。


「あれは、あいつ(ガンドライド)の魔術……それに、あれは」


 メレット迷宮で見たことのある水流操作魔術。それは、近くで戦闘が起きている証だった。









 時を少し遡る。


 ガンドライドが飛び出したミーシャを追ってスラムへと足を踏み入れる。予想していた通り、ゴミと埃が酷くむせ返りそうになるが、寸での所で我慢する。あちこちにいるカラスを視界の隅に入れながら進むと、彼女の目に飛び込んできたのは、偶然にもスラムの住人を殺そうとしている騎士だった。


「た、たすけて!!」


 今のガンドライドは辺りを見渡しやすいように兜を脱いでいる。騎士団と違い、顔を晒して眉を顰めている同性。騎士団と違うことを感じ取った女性が髪を掴まれ、刃で背中を切り裂かれた女性がガンドライドへと手を伸ばす。


「…………」

「…………」


 対して騎士は現れた侵入者に対し、警戒を露にする。装いは騎士のそれ。しかし、帝国のものではないことは確かだった。


「貴様、何者だ? 帝国の騎士ではないな。一体何の目的で現れた? もしや、この惨状を止めるためとは言うまいな? これは全て帝国をよりよくするための行動だ。それを止めるということは貴様は――」

「あ~ハイハイ。そういうの良いから、分かった分かった」


 投げやりに、面倒くさいとでも言うように手を振るガンドライドに騎士は青筋を立てる。

 無礼な態度だ。戦士としての矜持も騎士としての慎ましさも感じられない様子だ。見ているだけで気に障ってしまう。


「それで、アンタは帝国の騎士で良いのよね?」


 その問いかけに騎士は鼻を鳴らして小馬鹿にした態度を取る。

 先程言ったことを何も聞いていない。この鎧を見ても帝国の騎士であるということを瞬時に分かっていない。

 学のない女――そう騎士は決めつけた。


「ふん、何を聞いていたのだ? そうに決まっているだろう!! この私の名は――」


 そこから先、言葉が紡がれることはなかった。

 ガンドライドを嘲笑い、忘れぬようにと高らかに名を告げようとした男の顔面に巨大な騎乗槍が突き刺さる。

 兜を砕き、脳幹を貫いた騎乗槍による一撃は男に苦しみを与える暇もなく絶命させる。


「ひっ――ヒイィ!!」


 投擲によって男が死体となったことに胸を撫で下ろすのではなく。女は恐怖する。正義を謳う訳でもなく、怒りに身を震わせるのでもなく、そして、自身を助けるためでもないのに人を殺したガンドライドを恐れ、歯を震わせる。


「あ……あぁっ」

「ん? アンタ何やってんの? さっさと逃げなよ」


 へたり込み、動けなくなった女性にガンドライドが首を傾げて声を掛ける。それでも、何も言わない女性にガンドライドが近づき、顔を覗き込んだ。


「ちょっとー、聞いてんの? もしもーし」

「ひぃっ」


 引き攣った声が女性から漏れる。

 ガンドライドの瞳を見たのだ。まるで、見てはいけない部屋の扉を開けてしまったかのように、そこから出てくる怪物を解き放ってしまったかのような感覚に陥る。

 瞳は月を思わせるように輝いているのに、女性にはその瞳は黒く、暗く、深い闇を思わせた。


「イ、イヤアアァアア!!」


 恐怖状態に陥った女性はガンドライドを無視して走り出す。泥に脚を取られ、倒れても四つん這いになって前へ前へと逃げていく。

 その光景をガンドライドはポカンとした表情で見ていた。


「何あれ?」


 首を傾げて突然の奇行に走った女性を見届ける。

 何かあったのかと考えるが、すぐにガンドライドは考えることをやめた。今すべきことはこんなことではない。直ぐにミーシャの傍へと行かなければならないのだ。無駄なことに時間を割くわけにはいかなかった。


「ハハハハハ!! お姉さん、一体彼女に何をしたの?」


 ――だと言うのに


「はぁ、また塵が来たか」

「へぇ、面白いこと言うね」


 彼女の前に、吟遊詩人のような服を着た童顔の男が現れた。


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