強化兵2
騎士が倒れ込んでいる所など見ている暇はない。後ろで四肢が飛び散っていようが泥が飛んでこようが、この場から直ぐに離れるために前を走り出す。
もう少しで衝撃音を聞きつけた他の騎士達も駆けつけてくる。姿隠しの指輪を持っていても何らかの力で位置を把握されていることは明白。
姿を捉えた騎士達は全て始末した。また、姿を見られると無駄な戦いが増えてしまうのは、ミーシャも望んでいないのだ。
姿隠しの指輪を過信し過ぎていたことを正直に認める。まさか、見破られるとは思っていなかった。しかも、気付いたのは魔力を感知できる魔術師ではなく、ただの騎士だ。魔術を使えば、どうにでもできると思っていたこともあって、ミーシャの心中は穏やかではなかった。
認めたくない思いはあるが、変な意地を張っている時間はないと自身に言いつけ、気分を抑える。
「…………」
気分を押さえつけ、中にある黒い感情を息と共に吐き出す。その時、再び鉄同士が擦れる音に気付く。
どうやら再び追手が来たと分かると、魔力を溜めて待ち構える。もう一度、動きを封じてから息の根を止める。これが確実であり、最も時間を取らない方法だ。
――バキバキバキッ!!と凄まじい音が響く。後ろを見ると連なって建てられていた家が倒れていく所だった。壁が破壊され、物にぶち当たる度に破壊音が響き渡り、家が炎に包まれる。まるで、怪物が壁を破壊して近づいてくるような光景だ。
ミーシャの横に並ぶと追跡者は進路を変える。土煙を撒き散らし、家具を飛び散らせ、進路を塞ぐように立ちはだかる。
「全身鎧だったとしても、頑丈ってレベルじゃないな」
壁を破壊しながら進むという常識外れなことをして追いついてきた追跡者に冷や汗を流す。当然壁を破壊すれば、天井も落ちてくる。例え、全身鎧で守っていてもただでは済まない。
「これでも、喰らってろ!!」
そんな者とまともに戦う気などない。追跡者が動き出す前に逃げるに限る。
破壊のルーン石を投げつけ、横にある家と家の隙間――人一人が通れるかどうかの空間に体を滑り込ませる。
後ろで轟音が響いた。小柄なミーシャなら何とか通れる程の隙間を外套の端を引っ掛けながらも通りきると出口に罠を仕掛け、走り出す。
それは感のようなものだった。アイツはあの程度では倒せない。通れない場所でも全てを破壊して追いかけてくる。そんな予感があった。
「(私の姿を見れることといい、壁を破壊したり、帝国の騎士は人間をやめてないか!?)」
憎々しくとばかりに目を細ませると同時に、ドンッ!!ドンッ!!と続けざまに轟音が響く。それは、ミーシャが仕掛けた罠が発動した合図だった。
周りから鎧の音は聞こえない。あの追っ手一人だけで事足りると思っているのか、そう思っているのならば、侮った付けを清算してやろうと怒りを募らせる。
「(落ち着け、考えを巡らせろ。アイツ等はどうやって私の存在に気付いたんだ?)」
魔術破り、生命・音・匂い、探知結界……魔術、魔術道具を使えばそれぐらいはできる。だが、魔術の詠唱を聞いた覚えはないし、魔術道具も高額だ。そんなものを騎士に貸し与えたりするのだろうか。
ふと、ミーシャは指に嵌めてある銀色の指輪に目を落とす。
――もし、魔術破りなどの魔力で発生させた事象を強制解除させるものなら、姿隠しの指輪は無意味だ。しかし、熱や音で居場所を把握しているのならば、容姿についての判別は難しい。
「(万が一のためにも、付けていた方が良いだろうな)」
自分の正体がバレていない可能性があるのならば、わざわざ敵に正体をバラすような行動は避けるべきだ。正体がバレて追っ手が増えるのでは目も当てられない。
「(可能性を一つずつ潰していくしかないか、魔術の詠唱も初めからやっていた。後方で、魔術師が前衛にそういった付与魔術をかけていた。魔術道具も高額だけど貸し与えてます何て可能性だってあるんだし、それも潰さないと)」
方法が分からないのなら、全ての可能性を潰していくしかない。 魔術破りの線は最後として、基本的なことから潰していくことを決意する。
家の中へと駆け込み、呼吸を整える。扉のすぐ横に張り付いて外を伺う。
外は静かで、誰も追ってきている気配はない。こちらの様子を窺っているのか、それとも振り切れたのか――そんな考えが浮かぶとミーシャは否定するように頭を振るう。
楽観視など追い込まれている者にとっては最後の逃げ道を塞ぐ障壁でしかない。思考を停止するな。現状を理解しろ。あらゆる可能性を考えろ。そうしなければ、困難を乗り越えられないのだ。
「(空間遮断……これで、匂いと音は消える)」
ルーン魔術で周りを囲むように透明な膜を出現させ、音と匂いを遮断し、向かいの家の中へと飛び込む。足跡で居場所がバレる何てヘマを二度としないために盾のルーンで足場を作ることも忘れない。
音を感知していたのならば、心臓の音すらも遮断した状態のミーシャを見つけることは困難だろう。同様に匂いで追ってきている場合も同じだ。
雨の音が異様に大きく聞こえる。さっきまでの衝撃音や破壊音が嘘のようだ。
意図が張り詰めたような時間が流れる。
撒けたのか――そう思った瞬間に、ミーシャの体に影が差した。
「(――後ろ!?)」
飛び退くと少し遅れて壁が鉄槌で破壊され、騎士の姿が露になるとミーシャは目を見開いた。
そこには、あの時の騎士がいた。あの最初に炎に包まれて死んだはずの騎士がそこにいたのだ。
鉄槌を振るわれる様子を目にし、ミーシャが動き出す。硬直している暇はない。少しでも動きを止めた瞬間に、肉塊に成り果てるのは目に見えている。
鉄槌を振るうために踏ん張った両足をすり抜け、外へと飛び出し、後ろにルーン石をばら撒いて脱兎の如く走り出す。
「何でアイツ、生きてるんだよっ」
鎧を溶かす炎をまともに食らっておきながら普通に歩いている大柄な騎士。家が燃えていたということはあの騎士、少し前までずっと燃えていたのだろう。そんなことならさっさとくたばっておけ、と言いたい所だ。
再び、衝撃音が耳に届く。
空間を遮断して音や匂いを断ったにも関わらず、居場所を特定された。足跡を辿ってきたのならば、まずは向かいにある家を調べたはずだ。それなのに、ピンポイントでミーシャが身を隠している場所に来た。ということは音や匂いで居所を探知したという線は消える。
「(音、匂いが違うのなら、他に考えられるのは――熱、魔術による探知、使い魔による居場所の特定、魔術破り)」
死んだと思っていたはずの騎士が現れたことに面を喰らったが、切り替えて次の手段を冷静に探し始める。
探知魔術が使われているかを調べるために魔術痕を調べ、使い魔が追ってきていないか視界を端々まで使い確認していく。
隠れては見つかり、隠れては見つかる。それの繰り返しだ。こちらの魔術に反応しているのかと魔術を使わずに、隠れてみたものの結果は同じだ。
選択肢はドンドンと少なくなっていく。どれもが効果がなく焦りそうになるのを抑え、魔術を行使し続ける。
一つ、また一つと効果のない選択肢が消え、最後に残ったのは熱による居所の探知だった。
「(熱感知……体温を下げれば、良いんだろうけど上手く調整できるか?)」
魔術を使えば大体のことはできる。しかし、体温を下げれば身体機能、思考能力の低下など体全体の機能に影響が出始める。魔力の操作にも影響が出るだろう。
「(いや、待てよ。 何も体温を下げる必要はないか)」
体温を下げるメリットとデメリットを天秤にかけ、どちらを取るかを考えているとふと気づく。
体温を下げるデメリットが大きいのならば、周りの温度も上げてやればいい――そんな単純なことだった。
この家を、スラムを、全て燃やしてしまえば、試せるではないか。
ニヤリ――と、善人からは程遠い笑みを少女は作った。