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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第五章
77/124

食べすぎにはご注意

 

【三日月の下の猫】の一階にある料理店。

 そこは、宿泊者以外にも利用できる料理店となっている。流石都市で二番目に根を張るだけあって金額も高く、様々な食材が使用されている。大陸の中央辺りに位置するこの場所によく運んできたなと思えるほどの海と山の幸。フワフワで焼き立てのパンに分厚く、肉汁たっぷりのステーキ。周りから漂う匂いだけで腹の虫が鳴ってしまう。


 時刻は丁度昼前、もう少しで最も忙しい時間帯になる頃。しかし、今は雨の影響か、人が宿に戻っており、いつもより早く騒がしくなっていた。

 あちこちから漂う匂い、それは空腹なものにとって最早拷問のようなもの。

 美味しそう。食べたい――熱々のシチューを飲み干し、鉄板の上のステーキに嚙り付きたい。その誘惑に負けた者は、懐にある金貨を片手にこの料理店を訪れ、腹が満たされるまで存分に食事を楽しむことになる。


 それは決して悪いことではない。食欲を満たすことで人は精神的苦痛(ストレス)を和らげることができ、笑顔を取り戻すことだってある。食べるのが趣味だという者もいるだろう。少なくとも、食べている最中に悲しみの涙を流す者はいないはずだ。


「ぐぅうっ」


 そういないはずだ。()()()()()()()()……


「すまん……ミーシャ。こんなに混んでるとは思わなかった」


 料理店の隅に置かれた丸机を囲んで座っているシグルドが申し訳なさそうに小さな声で呟く。

 いつもならば、この時間帯はまだ人がいない。しかし、急な雨のせいで外に出ていた者達は戻ってきてしまっている。それに宿に泊まっている者以外にも雨宿りとして利用している者も多く、料理店はいつもより人で溢れかえっていた。

 店側としては売り上げが上がるため、嬉しいだろうが、そのせいで下唇を噛むことになった者が一人いる。


「うぅ」


 姿を隠した状態のミーシャが頭を机の上に乗せて蹲る。目の前の美食の匂いがミーシャの空腹を加速させていく。

 しかし、安易に手を伸ばすことはできない。ミーシャという人物はここにはいないことになっているのだ。透明状態で食事などすれば怪しさ満点である。


「お姉様、心配しないで!! ちゃんとお姉様の分は確保してる!!」


 そんなミーシャに対してガンドライドが巨大な皿一杯の上に食材を乗せてミーシャが座っている席の前へと移動させる。

 食材はミーシャの頭よりも高く積み上げられており、客側の視線を遮った。

 これならば、食事はできる。できるだろうが、シグルドは気になることが一つあった。


「これ、全部私のか?」

「そうそう。ほら、お姉様は育ちざかりなんだからいっぱい食べないと」


 善意でやっている分たちが悪い。シグルドは思わず顔を顰める。

 山盛りになっている料理はどう見てもミーシャ一人で食べられる量ではない。どれもこれも味の濃さそうなものばかり、それに、上の重量で下の食材は潰れかけている。

 確かに育ちざかりの子供には腹いっぱい食べさせることも大事だろうが、食べさせ過ぎても駄目だろう。というか、食べさせてどうするつもりなのだろうか。

 ガンドライドの目が肥え太った獲物を追い詰める獣みたいになっているように見えて、別の意図があるように思えてしまう。

 疑わしいような目線を向けられていると、それに気付いたガンドライドはシグルドを睨みつけた。


「何だ、文句あるのかよ」

「ミーシャが残したら、お前が食えよ」

「別にいいわよ………………グフフ、お姉様との間接キス」

「(あ、逆効果だコレ)」


 助け舟を出したつもりが逃げ道を塞がれることになってしまった。隠れているはずのミーシャからの視線も痛くなる。


「そう言えば、必要な道具は全て揃ったのか?」

「強引に話を変えて来たな。別にいいけど」


 居た堪れない空気に我慢できず、無理やり話を変えるシグルドに呆れながら、食材の山にフォークを刺す。


「必要なものは、後は霊薬だけだな。 治療道具は揃えたし、ルーン石(ルーンストーン)を買った」

「ルーン石に魔力を込めたのか?」

「あぁ、もうとっくに終わってるよ。後は、使うだけだ」

「そうか――そう言えば、ルーン石を用いた魔術とその場でルーンを刻んで行使した魔術、何が違うんだ?」


 蒸したジャガイモを平らげたシグルドが、何か思いついたのかミーシャに尋ねる。

 どちらも速攻で魔術を出せることには変わらない。素人から見れば石に文字が刻んであるか、空中に刻んであるかの違いしか分からないのだ。


「違い、か」

「え、無いのか?」

「いや、あるぞ。ただ、私にとっては当たり前のことだったからな。今更聞かれるとは思ってなかった――で、違いだったな。別に大したことじゃない。 魔力の温存みたいなものだ」


 皿に盛られたパンが千切られ、空中に漂ったかと思えば、一瞬で消える。恐らく、ミーシャが千切って食べたのだろう。

 もごもごとした咀嚼音が聞こえた後、少し遅れて言葉が耳に届く。


「ルーン単体で使うと自分の中の魔力を使うからな。すぐに魔力切れを起こすことだってある。だから、ルーン石に魔力を込めてストックしておいて、いざという時に使うんだよ。それに、陣を作る時にも便利だからな」

「陣?」

「そうだ、ルーン魔術は一つの文字で魔術を行使できる。他の魔術は、例えば炎系だと魔力から炎へと変換、そして、飛んでいく方向、距離、炸裂する時間を術式で命令しなきゃいけない」

「それは、簡易化されてるから簡単って――イッ!?」


 いきなり机の下で脛を蹴られたシグルドが声を上げる。それに釣られて周りから奇怪な人物を見るかのような視線がシグルドに突き刺さる。

 しかし、それも一瞬のこと、何が起きたかも分かっていない周囲の人々は直ぐに自分の机にある温かな料理へと視線を戻した。


「馬鹿者、ルーンを習得するのにどれだけかかると思ってるんだ。ルーンの意味、その中の術式の解明までやらなきゃ、使いこなすことなんてできないんだぞ……ホント、何でお前は使えてるんだよ」


 姿は隠れているが恐らく怒っているのだろう。

 ゲシゲシと小さな足がシグルドの脛に何度も当たる。先程よりも軽いが何度も的確な場所を狙ってくるので反射で体が動きそうになる。


「それにルーン一文字を扱えるようになったからって、単体だけじゃあ大魔術レベルのものは出せないんだぞ。ルーンの配置とかもずれたら意味ないし、ルーンを二文字以上行使するには詠唱だって必要になってくるだぞ」

「悪かった。悪かったから、執拗に脛を蹴るのは止めてくれ…………でも、ルーン文字って詠唱はいらないって言ってなかったか?」

「一文字のみ使用する時は必要ないけど、二文字以上使う時は、ルーン文字を連結させるための詠唱が必要なんだよっと」


 脛への蹴りが続く中、新たに出てきた疑問に考え込む。

 霜の巨人を討伐する時に出てきたものは格好つけでもなんでもなかったようだ。詠唱は必要ないと言われていたので、てっきり口上か何かかと今まで思っていたのだ。


「それじゃあ、ルーン多く使えば使うほど、詠唱は長くなるのか?」

「そういう認識で構わないぞ。 ルーンに限らず、どんな魔術でも術式が多くなればなるほど詠唱は長くなる……例外として詠唱を破棄して魔術を行使する輩もいるがな」

「詠唱破棄……」

「あぁ、もうそれはスキルと言っても良い。 一つの動作で全ての術式を起動するもんだ。ホント、ずるいよ」


 カタンッと小さく机が揺れる。ミーシャが机の上に頭を乗せたのだ。


「ふぅん、そんな奴いるんだな」

「…………何言ってんだよ。お前の近くにその規則外がいるだろうが」

「え? 誰?」

「お前の目の前」


 首を傾げるシグルドに対し、ミーシャは軽く言い放つ。

 静かに目線を正面へと向ける。そこにいるのはガンドライドだ。野菜が嫌いなのか、フォークでチマチマと端に寄せている。


「………………そう言えば、詠唱聞いた覚えなかったな」

「今更だな」


 今思い出してみると、確かに詠唱を聞いた覚えはない。魔術について詳しくはないシグルドだが、ミーシャの反応からしてかなり凄いことなのだろう、と判断する。


「詠唱時間なしで大魔術何て撃たれてみろ。金剛の盾でも紙みたいに吹き飛ばす魔術がバンバン飛んでくるんだぞ。想像したくない」

「ガンドライド以外だと、他には誰がいるんだ?」

「私のお父様」

「マジかよ」


 そこで国王の名前が出てくるとは思っていなかったシグルドは目を丸くする。国王何て玉座に座るイメージしかないシグルドにとっては魔術で敵を薙ぎ払う姿など想像できなかった。


「――――あっ、雨上がった」


 唐突に窓から外を見たガンドライドが声を上げる。

 釣られて視線を外へとやると、確かに雨は上がっている。黒く分厚い雲の隙間からは太陽が顔を出しており、光を大地に降り注いでいた。


「よし、少し早いが行くぞ」

「いや、お前食い終わってないだろ?」


 これ幸いとばかりに席を立とうとしミーシャだが、シグルドの言葉に体を固まらせる。

 目の前には未だに山になっている食材。休まずに食べていたにも関わらず、一向に減った気がしない。

 腹はパンパンに膨れているというのに、目の前には聳え立つ食糧の塔。朝は空腹だったのに、今はもう見たくないとさえ思い始めている。

 なので、ミーシャは皿を無言でシグルドに押し付ける。


「食え」

「いや、これ全部は流石に」

「食え」

「聞いてるのか? せめて、山のてっぺん辺りでいいから食ってくれ」

「食ぅ~えぇ~」


 押し付けるどころか、山をシグルドの方へ倒す勢いで攻めまくる。示談も交渉もしない。全てを押し付けた方がこの場においての勝者だ。

 しかし、それでも目の前の料理に手を出そうとしないシグルドにミーシャが切り札を出す。


「お前に預けた金」

「食べさせて戴きます」


 即答速攻でシグルドが頷き、皿を引き寄せる。

 満腹だろうが、関係ない。それを出されてしまったら、もう言い返すことはできないのだ。


「あ、お姉様。デザートいる?」

「貰おう」


 問題を片付けたミーシャは意気揚々と食後のデザートをガンドライドに注文させる。

 腹がいっぱいなんじゃなかったのかと思わなくもないが、口にした所で目の前の料理が減る訳でもない。

 肩を落としたシグルドは、仕方なくフォークを片手に持ち、冷めた料理と格闘するのだった。


「お姉様、後どれぐらい追加する?」

「取り合えず、メニュー表をもう一周しろ」

「イエッサー!!一人だけイラストを用意された裏切り者に天誅を下します!!」

「その意気だ」


その後、白めになりながら苦しそうにフォークを口に運ぶシグルドの前に大量の料理が用意されたとか……

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