妹の頼み
ジッと妹の目を見詰める。
夜の国――太陽が沈んだ国とも言われている極東の島国。
太陽は平等に大地に光を注ぐ。しかし、この島国だけは太陽の光が届かない。
島国が太陽の届きにくい場所に位置している訳でも、特殊な気候によってそうなっているという訳でもない。そして、それは呪いでもない。
その原因が何なのか、心当たりのあるウルはすぐに思いつく。
「いやよ、言ってるでしょ。忙しいのよ」
だが、心当たりがあると言っても首を縦に振ることはない。
「それに何で今更なの? もしかして単純に姉妹旅行がしたいって訳じゃないでしょうね?」
「そんな訳あるか。アタシの所に一人の客人が来たから、その客人の要望を叶えてやろうとしてるだけだ」
「なるほど、男か」
「だから違うって言ってんだろうが、その耳は飾りか?」
再び喧嘩腰になり始めるヴェルにウルは肩を竦める。何でもないように振舞っているが頭の中では妹の元に来た客人という人物に非常に興味が湧く。
砂漠地帯に住んでいたという妹。魔物の活動が活発になっている地域は年々増え続けている。人間の生存圏は、少しずつであるが狭まっていき、後五十年もすれば昼間でも街の周辺に魔物の姿が確認できるだろう。
神々の時代が終わった現在は、獣の時代とも言ってもいいくらいだ。
そんな中、一人で旅をするのは実力者か、余程の馬鹿だ。
「その客人は何で貴方の所に来たのよ? もしかして、奴らの関係者じゃないでしょうね?」
「関係者……とも言えるが、アタシに敵意は持ってないな。むしろ、出会ってソッコー土下座というものをされた」
「土下座って何?」
「極東式最終謝罪形態って言ってた」
「何それ面白い」
謝罪に頭を下げる以外の形態があったとは思わなかったウルが目を丸くする。……恐らく使わないだろうが。
再び話が逸れたことにヴェルが気付くと咳払いをして話に気切りを付ける。
「それで、そいつの目的だが、故郷に太陽を登らせたいんだとさ」
「却下」
「早いな、少しは考えてもいいだろう」
切り捨てるように言い放ったウルにヴェルが食い下がる。そんなヴェルにウルは本気で言っているのかと疑わしい目を向けた。
「無理よ、知ってて言ってるの? あそこには未だに神が存在している」
「あぁ、だけど、表には出てきていない。アイツの所にいる神と同じように歪みから逃れるために身を隠している」
「…………」
不満げに、何かを思い出しているかのように目を細める。
「何故今になって蘇らせようとしてるの?」
「うん…………いい気分だな。いつも上から目線で語ってくるアンタが何故何故何故って言ってくる。 いつもこんな感じだったのか」
「話を逸らすなよ愚妹。今私達が力を行使すれば、神々の時代に逆戻りだ」
「夜の国とこの大陸は崇めている神が違うし、名が残っている。信仰されている神を対象にすれば問題ない」
「……やけにこだわるのね。神の復活に」
自分と同じように神を敵に回した者とは思えない。それに、復活したならば必ず報復してくるだろう。神なんて自己中心的で傲慢な奴らなのだ。自分達のしたことを笑って許してくれるような慈愛なんて持ち合わせているはずがない。
そんな奴らを復活することが考えられなかった。
「世界にはまだ神を必要としている人間がいる」
故郷を追われたにも関わらず、その国を愛しているから救ってくれと目の前に現れた男がいた。
見返りも、名誉も望まずにただ純粋な愛があった。
これは自分のやるべきことだと笑って答えた。
「なら、責任を果たすべきだろう」
目の前の妹を見詰める。
これまでとは違う。人と関わり合うことを嫌っており、流されるままにしていたというのに、それが今は感じられない。
あの頃を知っているウルからすれば、今のようになることは思いもしなかった。
「(…………やっぱり、恋じゃん)」
人が変わるとしたら心境の変化。ここまで妹を変えた男―男と断言されていないが―とはいったいどんな人物なのか。ぼんやりとそんなことを考える。
真剣に話をしているのに思考が変な所にいっているが、帽子を深く被っているおかげでヴェルには気付かれていない。
「返答を聞きたい」
ヴェルが答えを聞く。腕を組み、足を組んだヴェルからは魔力が発せられる。まるで、断ることは許さないと言わんばかりに。
それに対してウルは小さく笑みを浮かべた。
言いたいことなど分かっている。この話が出てきた時点で最終的にどんな結果になるかなど互いに分かっていた。
だから、ウルはこう答える。
「絶対に嫌だね」
「――――」
静かにそっと目を瞑る。
姉妹と言えども互いに関心は薄く、互いを殺そうとしても感じることはないだろう。
だから、ここからはやり方を変える。
ヴェルが睨みつけ、ウルが不敵な笑みを見せる。
「なら、実力行使するしかないぞ」
「ふふ、そっちの方が面白いわね」
軽く指を鳴らす。
音とともに世界が塗り替わる。店舗や中央通りから人が消え、騒がしかった街全体が静寂に包まれる。
街並みを木剣を持って走り回っていた少年も、街角に立った花売りの少女も、窓から身を乗り出していた青年も、街並みを見降ろしていた老人の姿もない。
「幻術……じゃないな、ここは結界の中か」
周囲を見渡して冷静に判断する。人がいなくなったのではない。自分が世界から消えたのだ。
ここはコインの裏側のような場所。世界に境界を引き、反転させた場所。今頃、自分達がいた場所では、これまでのように人々が今までのように生活しているだろう。
「やり合う前に、一応断る理由だけでも聞いておこうか?」
「今更? 別にいいけど」
互いに陽気な態度を取っているが、状況は真逆。徐々に魔力が高まっており、発せられる魔力だけで空気が震え、空間が歪んでいく。
こんなことを表で行えば、発せられる魔力に充てられて病人が大量発生していただろう。
「第一に神々の時代になれば復讐されるのが目に見えてる、 第二に私は神とそりが合わない。 そして、最後に…………妹が姉に指図するな」
指を一つ一つ立てながらこの日一番の笑顔でウルが丁寧に理由を説明する。ただ、最後のはいらないと思うが……。
「ふん、洗脳してでも連れていくぞ」
「やってみろ、愚妹」
世界の裏で衝突が起こる。
それは魔術師の頂点に立つ者の戦い。
魔術師にとって戦いとは互いに積み重ねた魔術全てを曝け出す場所。全ての魔術には術式があり、それを読まれればどんな魔術が来るかが相手に知られてしまう。
途中で術式を作ることも、変更することはできず、無理に術式を弄ろうとすれば、魔術自体が上手く発動しないこともある。
だから、魔術師は基本的に戦いの前に準備する。知識を蓄積し、自分だけの魔術を作り上げ、血族のみにその術を伝授する。
「啜り、喰らい、滅ぼすもの――汝は『飢え』そのもの」
「切られた。斬られた。伐られて、消えた」
術式を稼働させるための詠唱を口にする。
走るなどと無理なことはしない。互いに運動音痴なことは知っている。文字通り住宅街を高速で飛び回り、優位に立とうとする。
「顕現せよ。無限の可能性を喰らってなお足りぬ、暴食の化身」
「されど、世界を支える偉大な聖樹は育ち、癒し、我らを囲う」
詠唱が続く。
視界が遮られようとも関係ない。魔力感知を使用すれば、位置など手に取るように分かってしまう。
ひしひしと感じる魔力の流れと同時に互いが直感する。最大限にまで魔力を込めた一撃が放たれると――。
「満たされることのない飢えを持つ巨獣に骸を送ろう」
「命を育む聖樹よ。今一度、我が身を護りたまえ」
目が合った。詠唱を終えたのは同時。加減をする必要も、手心を加えることもない。
長年蓄え続けられた知識が解放される。
「バシュリズ・ニーズヘック」
「ウェフテル・ユグドラシル」




